冒険者に、なる
「じゃあまた」
「ええ。落ち着いたら連絡しますね」
ゲイルは一度商業ギルドにも行くらしい。その後は彼の知り合いの職人の家に泊まるそうだ。そこで彼の荷物の一部を返却する予定だ。 荷物を失ったというのは、まあ半分方言である。
失ったことになっている荷物の大半はオレにくれるとのことだが、売り物は返す予定だ。
「でだ、ジャールマグレンだっけ? 登録の初日になるわけだが」
「グレンでいい。どうすれば?」
と聞くのはラファーガにではない。先ほどまでゲイルの相手をしていた受付の女だ。
「あ、はい。お手続きをします。お掛けください。街に入る時に発行した登録カードもお願いします」
「ああ」
ポケットから登録カードを取り出し、カウンターに置く。
「お預かりします、あの。文字は読み書きできますか?」
バカにしてるのか?
「……ああ」
「はっはっはっ、そう怖い顔をすんな。そういう奴は意外と多いぞ?」
「そうなのか!?」
オレは母の卵から孵った瞬間から書けたのに?
「失礼しました。ではこちらの記入をお願いします」
紙と羽ペンを出された。紙は街に入ったときのものより質がいい。
名前はジャールマグレン。男。年齢? まあ15でいいか。職業? 魔王の息子とかダンジョンマスターとかは書けないな。
「剣と魔法を少し使えるって言ってたな。魔法剣士とでも書いておけばいい」
「……魔法はあまり得意じゃない、剣士だけにしておこう」
オレの魔法は空間魔法だ。収納はともかく、それ以外の魔法は魔力をドカ食いするからあまり連発できないのだ。
過去に出入りした街や村の名前、それは三つしか書けない。村にはゲイルと寄っただけだからだ。ついでに彼の買い付けにも手伝った。その代わり宿代は彼が払ってくれたからな。
次いで犯罪歴。そんなものは当然ない。魔王城から満足に外に出入りできなかったからな。こちらにはダンジョン以外での活動はほとんどしていないのだし。
「あんまり書くことがないな」
「まあそんなもんさ。むしろ書くことが多い奴は胡散臭い」
「そうですね。職業欄にいくつも自分の職を書きたがる人も結構多いですから」
「それ、なんの意味があるんだ?」
「目立ちたいだけだ。俺は剣だけじゃなく、攻撃魔法も回復魔法もできるし、罠の解除だってできる! てな具合にな。大半が剣は素人、攻撃魔法は生活魔法の種火クラスで、回復魔法なんて使えやしない。罠の解除も猟師が仕掛けるようなやすっぽい罠が解除できる程度だったりだ」
「……まあそういう奴がいるってのは理解できる」
うちのモルボラ兄上がそのタイプだ。見得と脂肪でできている。
「出身地……クラブラナ山の奥なんだが」
「クラナブラ山? ああ、随分と変なところに住んでんだな。あんなとこに村なんかあったか?」
ラファーガうるさいな。
「村じゃない。爺様と二人で住んでた」
「ほお、あんなところでか。そりゃ腕が立つわけだな」
「はい、あの辺は地竜も住んでると言いますから。あの、本当にそんなところに?」
「地竜。鱗と牙、それに肉も売れると聞いたからいくつか持ってきている」
姉上が倒した個体はヘンリエッタに吸収されたが、外へと繋がる洞窟に別個体がいたので倒しておいた。亡骸は回収してきている。
「ほお! そりゃあいい!」
「それはそれは、高値で買い取らせていただきます。爪ですか? 牙ですか」
「大きさは6メートルほどの個体だ」
「え?」
「ほう。実力はあると思ったが、想像以上だな」
「うん? ああ、小さいよな。あんな小さな個体もいるものだと驚いたよ。一応持ってきたが」
「いえ、その。6めーとる?」
「持ってきた? おいおい、冗談じゃない、よな?」
「ああ。やはり珍しいよな」
地竜は強敵だと思ったが、思いのほか強くなかった。魔大陸の地竜なんか、10メートルでも小ぶりだ。ブレスも吐かなかったし、爪も短い。尻尾の動きも遅かったから難なく倒すことができた。ヘンリエッタの中にいた、姉上の倒した個体はもっとでかくて鱗も硬くて強かったと言っていたから、やはり小ぶりなタイプだったのだろう。
「……どこにおいてあるんだ?」
「空間庫だ」
「空間庫?」
「ああ、空間魔法で保管してあっ」
「ままま! 待ってください! しー! しー! 奥に! 奥に行きましょう!」
受付の女が、声を荒げてオレの口を押えてきた。なんと無礼な女なんだ。
「あんなところでなんてことを口に出すんですか!」
「オレが悪いのか?」
「まあ、あんまり常識的じゃあねえな。空間魔法の使い手ってのは稀有な存在だ」
「……そういえば」
オレの兄弟達でも使えるものはオレ以外には一人しかいない。でも上級悪魔の連中は結構自在に使えたぞ?
「ところでここは?」
「主に商談や、依頼内容を秘匿したい方を案内する部屋です!」
個室に受付の女性に連れ込まれて、睨まれている。ラファーガも困り顔で空間魔法を非常識と言う。
「冒険者っていうのは自分の手の内をある程度隠すもんだ。それに空間魔法の使い手はさっきも言ったが、そうはいない。国に囲われている者がほとんどだ」
「ふむ、つまり?」
「空間魔法の使い手だって、吹聴しないでくださいって意味です」
「なるほど」
吹聴しないほうがいいのであれば、それがいいんだろう。
「しかしそんないいものではないぞ? 収納は便利だがそれ以外の魔法は魔力を大量に使う。一日に二度三度も使えない不便な魔法なんだぞ」
転移魔法はオレともう一人くらいしか移動はできないし、空間系の攻撃魔法は大味なものが多く魔力消費もかなり激しい。欠陥魔法ばかりだ。
「その収納が問題なんです! 魔法の袋がどれだけの値段か知ってるでしょう!?」
「……?」
「知らないんですね! そうですよね! 街初めてって言ってましたもんね!」
「いや、そんな怒られても……」
さっきまで彼女はゲイルに怒られていたはずなのに、気が付いたらオレが怒られている。意味が分からない。
「とにかく! あまり大声でそういうことを言わないでください! いいですね!?」
「は、はい」
思わず頷いてしまう。
「まあ、分かればいいじゃないか。ほら、登録の続きをしてやりな」
「……はい、分かりました。とはいえあとはカードの発行です。登録カードと統一しますがいいですね?」
「まあ、たぶん?」
正直あんまり分かっていない。
「ギルドカードと国で発行している街の登録カードを統一しておくと、ギルドで依頼を受けたとき、一定の税が自動で引かれるんです。冒険者や商人が自由に街の出入りができるのはそういった形で確実に税を納めているからです」
「ああ、そういえば半年……とか聞いたな」
あの丁寧な門番に聞いたものだ。
「実力査定をしておいたほうがいいんじゃないか? 地竜を単独で迎撃できるとなれば実力的に言えばゴールドは固いだろう」
「実績が足りないですから。ですが見習い期間は私の権限内でスキップさせられます。アイアンで発行して、ある程度依頼がこなせるようならシルバーにすぐしても問題なさそうですけど」
冒険者のランクの話か?
「査定か、オレがやっていいか?」
「ええ、ぜひお願いします。訓練場の使用許可とカードの発行手続きをとってきますので、先に訓練場に移動しておいてください」
受付の彼女は書類をまとめると、さっと立ち上がった。
「分かった。じゃあ行くか」
「また移動か?」
面倒な。
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