人だからこそ、できること

 ヘンリエッタの話を聞き終え、オレは姉上と顔を見合わせる。


「ふむ。魔道具はともかく、魔物の魔石や体はなんとでもなる、か?」

「まあ姉……お姉ちゃんの実力ならば問題ないでしょうね」

「ふふん、当然だ」


 とはいえ、姉上一人にすべてを任せるつもりはオレにはない。


「ヘンリエッタ、ダンジョンマスターであるオレがダンジョンを離れるのは問題か?」

『はい艦長、定期的に魔力の供給をいただかなければなりません』

「具体的には?」

『最低でも三ヶ月に一度は。長期的に留守にされますと、私は近辺の強力な魔物の中から新しいダンジョンマスターの選出をしなければなりません』

「三ヶ月か、魔大陸まで戻って強力な魔物を回収できればと思ったんだが」


 魔大陸は文字通り『魔物』の大陸だ。魔王たる母上が頂点に君臨しているが、母上は魔王城とその近辺しか統治していない。

 言うことを聞く知性もない魔物が多すぎるからだ。


「大陸を超えるとなると、ちょっと難しいな。人族の大陸から魔大陸までは船便なんかでていないし」


 オレの転移魔法ではそこまで遠くまでは飛べない。兄上に使ってもらったような魔道具が必要だ。

 たとえ魔大陸に一番近い陸地から飛ぼうとしても、魔大陸には届かない。


「一週間程度で行き来できる距離ならばジャンプできるんですけどね」

「まあできないものは仕方なかろう。私が近辺の魔物を回収してまわるか」

「お願いします。オレは別の案を実行しようかと」

「別の案?」

「人間の街に行こうかと」

「人間の? 人間には魔石がないぞ」


 や、別に人間を狩りに行こうってつもりじゃないです。


「人間の街には、魔物を退治したりダンジョンを調査したりする『冒険者』と呼ばれる職業があります。オレはそれになり、魔物を集めたいと思ってます」

「人間の街か……だが、それは危険だぞ? お前は魔王たる母の子なのだ。何より人間の街には結界が」


 そう言って姉上は美しい紫の瞳でオレの顔をまじまじと見つめる。


「オレは体が人間ですから。人間の街に入っても問題ありません。ヘンリエッタの話を聞くに、多くの種類の魔物を回収したほうが、生命の秘薬を入手する可能性が高そうです。それならば魔物を専門に倒し、ダンジョンの知識も豊富な人間から情報収集しつつ、魔物を集められた方がいいでしょう」

「だが、一人では危険だ」

「オレは彼らから見れば同胞ですから」

「同種族とて競い合い殺し合うのが人間だ!」

「理由もなく殺されたりはしないでしょう? それにオレは、一人の方が確実に逃げ出せる」


 空間魔法による転移が可能だからね。


「しかし……」

「一刻も早く母上を助けたいんです。お姉ちゃん、オレは大丈夫だから」


 オレは姉上の立ち寄って、優しく抱きとめる。


「……ズルいぞ」

「お姉ちゃんはこれには弱いもんね」


 言いながら頭を撫でると、あからさまに姉上が体の力を抜いた。


「……三日に一度帰ってきなさい。魔物や魔石がなくても、無事であることを見せに。そのあと二日は休息を取るのだぞ」

「えっと、三ヶ月に一度で大丈夫って話なん」

「お姉ちゃんに顔を見せに来たくないと言うのか!?」

「や、城にいた時も姉上が遠征で……」

「ほう、この姉に口答えをすると?」

「いや、ですが三日では一番近い街にもっ! せめて、一週間で!」


 三日で移動してまた帰って二日も休んでは、街につくのにもいつまでかかるか分かったものじゃない。


「近くの町なぞ、半日もあればつくではないか」

「オレは飛べないんですよ?」

「……そうだったな」


 姉上は普段仕舞ってるけど、ドラゴンの翼を持っている。飛行能力はオレの兄弟姉妹達の中でも持っている者がほとんどいない希少な能力だ。


「ちゃんと帰ってくるから、ね?」

「むう、心配だが……あたしが一緒にいければいいのが」

「人間達の大きな街には結界があるからね。結界自体は姉上に効かないだろうけど、魔人というのがバレてしまう」


 魔物の中でも知能があるものは魔人と呼ばれる。人間達に特に危険視されている存在だ。

 オレの兄弟姉妹達は基本的に魔人認定されている。結界に引っかかってしまうのだ。


「はぁ、心配だ」

「頑張るから、ちゃんと帰ってくるから」

「約束だぞ? 帰ってこなければ迎えにいくからな?」

「それは我慢して」


 人の街がヤバいことになるから。


「ふふ、それが嫌ならちゃんと戻ってくるんだ。分かったな?」


 兄弟姉妹の中でも特に弱いオレは姉上に心配されてばかりだ。もっと実力をつけないといけないのは分かっているのだが……。種族的な面を除いても姉上には勝てる気はしないけど。

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