ヘンリエッタの説明
「ヘンリエッタ、あの筒状のゴーレムは食事が作れるのか?」
『申し訳ございません。生活保全ドローンは食事の調理を行うことができません』
「なんだ、そうなのか」
食事を終えて、食器の片づけをしながらヘンリエッタに聞いてみる。
イミュリアは姉上と共に浴室だ。母上への献上品の精査ともなれば、このような雑用をイミュリアに任せるわけにはいかないので、代わりにオレがやる。
とはいえ、余らせた食材の片づけや食器を水で軽く落としたら、備え付けの箱に食器類を入れるだけだ。説明を聞いた限り、これは食器を自動で洗ってくれる魔道具のようだ。
正直、変な魔道具があるものだなと思った。
『食事の調理をドローンに任せてはいけないと、本艦では認識しております』
「何でもやれそうなゴーレムだけどな、とはいえ食事の準備をしてくれるようなゴーレムなんか聞いたことないが」
髪を洗うのを手伝ってくれたり、食事を運ぶゴーレムというのも初めて見たが。
『本艦の厨房では、人間の調理師が常駐して運用することが義務付けられています。また、常駐する調理師が何らかの事情で調理できなくなったときに、他のクルーが代わりに調理することも想定されております。食器の片づけに関しては、簡単にできる作業をクルーにさせることにより、クルー同士の交流の助けになるとの研究結果の元、クルーが実施することになっております』
「交流?」
『長い航海の中、クルーが艦内で孤立したり引きこもったりしにくくなるような配慮です』
「配慮ねぇ」
ダンジョンコアに配慮って言われてもな。というかダンジョンコアと会話をしている今の状況が変だが。
「お前さんの言う今の遮蔽モードだっけか? あれはあとどのくらいで解けるんだ?」
『あと10時間35分ほどで完了する予定です』
「そっか。それが終わったら自由に出入りができるようになるんだな?」
『肯定します』
つまり、あと10時間足らずでダンジョンが稼働するということだ。
「ダンジョンっていうのは何なんだろうな」
『ダンジョンについてのご説明が必要でしたら、洗い物が終わりましたらご説明いたしますが?』
「は?」
思わず首を傾げて、宙に浮かぶ丸い球を見つめてしまう。
『ダンジョンコアの解析作業と共に、メインコンピュータとダンジョンコアの融合率は上昇しております。ダンジョンコアから吸い出されたデータにより、ダンジョンとはどういったものか、どういった目的で存在するのか、何ができるのか、何ができないのか、何をしてはいけないのかといったダンジョンとしての基礎知識、ダンジョンを運営していくための知識などのご説明が可能となっております』
「メインコンピュータってヘンリエッタのことだよな?」
『正確には、メインコンピュータを含めた当艦の名称になります』
「ダンジョンコアとの融合って?」
『言葉通りの意味です。当艦の製造目的は移民の受け入れが可能な星の調査。その中でも特に重要度が高いのが、未知のエネルギーの発見と解析です。ダンジョンコアという未知のエネルギーを解析した結果、当艦はダンジョンコアと融合をし、ダンジョンとなりました』
「……今更だけど、いいの?」
『ダンジョンコアのシステムは神に作られたシステムです。それに対し当艦は人に建造されたものです。神の作ったシステムの方が、上位に位置します。最初に完全遮蔽モードの実施は、融合が始まって間もなかったため、当艦の最上位命令が優先された結果であります』
どういうことだろう? 分からんが……なんかそういう別の生き物の体や意識を乗っ取るタイプの魔物が魔王城の近くにいたな。ダンジョンコアっていうのはその手の存在と同じなのだろうか?
『メインコンピュータとして、当艦はダンジョンであることを認めております。ご安心ください』
「安心していいのかは分らんが……とにかく、お前はダンジョンとして色々教えてくれることが可能ってことなんだな?」
『そう捉えていただいて構いません』
「なら、いいか」
ヘンリエッタが元々はどういう存在か知らないが、オレの目的は母上の体を治せる可能性のある生命の秘薬の入手だ。
他のことは、そのついで程度に考えればいい。
イミュリアと共に風呂にもう一度入り、更に美しさと輝きが増した姉上。同じく美しさが増したイミュリアが戻ってきた。
「ジャーマルグレン様、いかがでしょうか?」
「……たいへん美しいと、思います」
姉上もニヤニヤしてる。なんという居心地の悪さ!
「こほん、ヘンリエッタがダンジョンについて説明してくれるっていうので、移動をします」
「ほお、それは興味深い。聞こうではないか」
姉上も気になるようだ。頷いている。
「わたくしは、食材関係や生活関係の品をもう少々調査をしたいと思います。お部屋はお二人が過ごされるのに相応しいお部屋でしたが、それ以外の部分も確認しないといけませんもの」
「そうか、それも必要だな」
「イミュリアに任せよう」
イミュリアの意見に、オレと姉上が頷く。
『艦長、副長。映像も使いますのでミーティングルームへお願いします』
『イミュリア様、お手伝いいたします。何なりとご質問ください』
ほぼ同じタイミングで丸い球が浮き上がると、それぞれが誘導を開始する。
姉上と共に驚くが、ダンジョンコアがやることなのでこちらが慣れるしかないだろうな。
そのままヘンリエッタの案内の元、ミーティングルームに到着。
ミーティングルームのテーブルの横に、足の長い椅子が地面から生えた。これに座れということらしい。
『扉を閉じます。退席される場合は開けますので、仰ってください』
ミーティングルームの扉が閉じると、灯り光量が落ちて薄暗くなる。テーブルの上にこの艦のMAPが現れた。
『ダンジョンについてご説明いたします。ダンジョンとは地脈から溢れ出るエネルギーが固定化され生み出される特殊な環境であり、生態系の一つです。地脈の先、この星の奥深くに封印された【破壊の神イレイザー】の復活を阻止すべく、神々が生み出したシステムです』
「破壊神? 悪神レイズナーのことか?」
「いきなりおとぎ話か?」
オレの驚きの声と、姉上の呆れるような声。
『事実です。破壊の神イレイザーはこの星の中心に封印されています。イレイザーは封印されつつも復活を目論んでおり、この世界に流れる魔力の流れ。地脈や竜脈と呼ばれる流れに自らの力を流し込み、その破壊の力を持って外部から自らの封印を解こうとしております。そのままの状態で地脈が星をめぐり続ければ、いずれはこの星にイレイザーの破壊の力が満ちて、封印を解いてしまいます。それを防ぐために【創造の神ホルアーク】によって構築されたシステムの一つがダンジョンです』
なんか壮大な話になっているな。
『イレイザーの体から溢れる力は神の力です。破壊を司るイレイザーの力をダンジョンコアは地脈より魔力と一緒に吸収し、その力を創造の力へと変換します。その創造の力によってダンジョン内の魔物やアイテムは作られるのです』
「は、はあ」
オレでも知っている【創造神ホルアーク】と【悪神イレイザー】の戦い神話。別にオレ達魔王の家系で、イレイザーを崇めているわけではない。ただこの世界が生まれて、初めての争いはホルアークとイレイザーから始まったと伝わっているだけだ。
『破壊の力を吸収し、創造の力に変換するのがダンジョンコアのシステムです。故に、ダンジョンでは半無限に魔物が生まれ、アイテムなどの人々から見れば貴重な品が多く産出されます。破壊の力を創造の力に変換し、それを持った魔物や道具が世に出ます。創造の力によって生み出された魔物は倒されることで星に魔力を注ぐのです。アイテムなどについては、生まれた魔力が地脈へと再び流れるように補助する役割をもっています。こうやって破壊の神の力を削り、世界に魔力をもたらすのがダンジョンの役割です』
「アイテムはともかく、なんで魔物なんだ?」
創造の力っていうんなら、もっと便利な物を作ればいいものを。それこそ生命の秘薬とか。
『破壊の力から新たに生み出された魔力も、世界に循環させなければ一か所に留まり、毒になります。自らの意思で移動することのできないアイテムだけでは成り立ちません。ダンジョンで生み出された魔物が、定期的に外に放出される【スタンピード】と呼ばれる現象がそれに該当します』
「魔物が倒されないと、魔力が拡散しないというのか? なら魔物は魔力を運ぶだけの器か?」
オレの家族や兄弟は魔物ばかりだ。そんな存在なのか?
『それは正しくあり間違っております。ダンジョンで生み出された魔物はその役割を担っておりますが、あくまでも生まれた命。生を全うし、己を磨き、更なる進化を目指し、生き物としてより上の存在になることも、創造の神によって義務付けられております』
義務? そんなものがあるのか?
「魔物とは人を倒し人に倒される存在だ。人もそうだ」
『神の力を神ならざるもののために作り変えるには、魔力に変換させる必要がございます。互いに争いを行うのは、それ促すためにも必要なことです。神ならざるものが、神に近い存在へと昇華するためにも、この星が神々の世界に近づくためにも、闘争というものが必要になってくるのです。そして闘争がこの星からなくなったとき、この神の目的は達成されると言っていいでしょう」
「……姉上、分かりました?」
「正直、半分も理解できん。それとお姉ちゃんな?」
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