ダンジョンってのはなんでもある
「ダンジョンっていうのは何でもあるんだな……」
「ああ、晩餐でも開くような豪華な皿に美しいガラスのコップ。氷まであるとはな」
「セレナーデ様、その、とんでもなく輝いていらっしゃいませんか?」
姉上より先に浴室をあとにし、イミュリアの食事の準備が終わるのを待っているとテーブルに例の筒状ゴーレムが食事をテーブルに並べてくれた。
イミュリアが作成したものらしい。
そんな食事を準備していたイミュリアが厨房から顔を出すと、母上の糸で作られた美しいドレスと同等の輝きを見せている姉上である。
「オレも気になっていたんだけど、なんか姉上がゴージャスになってない?」
「グレンもなかなか男前度が上がってる気がするが?」
「男前度って何?」
確かに髪の触り心地は良くなってる気がするけど。
「髪を乾かす魔道具もあったぞ。しかもかなりの小型だ」
「えーっと、それだけじゃないよね?」
「セレナーデ様、何をやられたのですか? 怪しい薬に手を付けたりはしていませんよね?」
『怪しい薬ではなく、お風呂後のスキンケアなどを施しただけです』
セレナ姉上を輝かせたのはヘンリエッタのようだ。
「ヘンリエッタ、姉上に何をしたんだ?」
『入浴後に肌の保湿液などをお勧めいたしました』
ああ、オレにもなんか勧めてきてたやつか。風呂上がりで暑いのと、姉上がいつ風呂から出てくるか分からなかったから断ったんだよな。
「ヘンリエッタは素晴らしいダンジョンコアだな。このような薬を提供してくれるとは。イミュリア、お前もあとで試すがよい。お前も試したうえで問題が起きない様なら、母様への献上品としてお送りせねばならん。それほどの品物だ」
「かしこまりました」
丁寧に頭を下げるイミュリアだけど、尻の後ろの細い尻尾がブンブン揺れている。姉上のように綺麗になれるとなると、やはり女性として嬉しいのだろう。
『生体スキャンを行いましたので、お二人のお体に障りのないお薬を提供することができましたが、どなたかにプレゼントするとなると、お気をつけなければならないかと思いますが』
「大丈夫さ、母様に毒など効かないのだから」
『いえ、毒ではなくアレルギーの、体質の話です』
「……ヘンリエッタが何を言いたいのかは分からないが、母上のお体を毒するなど不可能だ。だが母上に送る以上最高のものでなければならない」
なんといっても母は魔王なのだ。この世のあらゆる存在の頂点にいる存在。そんな母に送る贈り物は、何事においても最高峰のものでなければならないのはオレ達兄弟の暗黙の了解だ。
そんな中で姉上は『献上』と口にした。姉上のお眼鏡にかなったのだ。これは大変珍しいことであり、名誉なことである。
「すぐに決められることではないからな。しばらく我らで試してみて母様を驚かせてやろう」
「そうですね。楽しみです」
母上が喜んでくれる、そう思うだけでテンションがあがるものだ。貰ってばかりで、母には何も返せてないから。
「それではお二人とも、お食事をどうぞ。初めての調味料も多く、味見をしながらでしたが、驚きの味ばかりでした。ご満足していただけるかと存じます」
イミュリアの勧めでテーブルの食事に視線を向ける。
「これは、パンか。随分薄切りだな」
「はい、少々歯ごたえに難があるのでお野菜などを挟んで食べてみるといいかと思います」
言われると気になるので、パンだけを一口食べてみる。
「柔らかいな、それにしっとり甘い」
「確かに歯ごたえが……ほとんど無いと言ってもいいが、なんというか」
姉上の言う通り、パンに小麦以外の味を感じる。
「備え付けのもので、わたくしが焼いたものではありません。お時間がなく焼きあがるのをお待ちいただくのも問題かとも思いましたし、ヘンリエッタの用意した素材をそのままご提供いたしました。そちらのベーカリーという魔道具で焼き目を入れればある程度歯ごたえが生まれます」
魔王城で食べていたパンは硬く、小麦の味を前面に出したものだった。それと比較すると、柔らかく甘みのある味だ。イミュリアの言う通り、何かを挟んで食べた方がいいかもしれない。
「では野菜と肉を」
「オレも同じものを」
「畏まりました」
前もって決めていたのだろう。イミュリアは慣れた手つきでパンに野菜と薄切りの肉を挟んで、オレと姉上の皿の前に置いた。
「これは、うまいな!」
「ええ姉上、ソースの複雑な味に、薄切りの肉はしっかりと味がついています」
二人で夢中になって食べてしまう。
「お飲み物はこちらをどうぞ」
出されたのは水ではなく、白い液体だ。
「ミルクか?」
「はい。ですが少しばかり特殊な味付けで、獣の独特の匂いが消えて飲みやすいものです」
「……試してみるか」
「是非どうぞ。念のため果汁の飲み物もご準備しておりますので、お気に召さなければそちらをご用意いたします」
言われるがまま試すと、確かにただのミルクとは違う。
魔王城のミルクといえば、崖喰らいという大型のヤギの魔物の乳を搾ったものだ。一度火を入れたあとに冷ましてからでないと飲めず、後味も悪かった。
「うまいな」
「のど越しもいい。本当にこれがミルクなのか?」
「ヘンリエッタが言うには、ネオホルスタインという種の牛の乳を加工したものだそうです」
「知らない生き物だね」
「聞いたことないな」
「ご提供前に味見をすべていたしましたが、どれもこれも複雑で驚きの味でした。ですが申し訳ありません。わたくしではこれらの食材を扱いきれず、簡素な食事になってしまいました」
「いやいや、十分だよ。ありがとう」
イミュリアはできる範囲で頑張ろうとしてくれたのだろう。色々と要注意人物ではあるけど、姉上に尽くそうという心意気は本物なのだから。
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