ダンジョンの設備?

「おはようございます、ジャーマルグレン様」

「んあ。え? おはよう……」


 朝起きると、いつもと違う格好で、姉上のメイドのイミュリアが顔を覗かせた。

 あ、そうか。ここはダンジョンか……眠っていたソファから身を起こし、少しだけ硬くなった体の関節を鳴らしながら身を起こす。


「おはよう、イミュリア。その恰好は?」

「ここの隊服だそうですわ。服を洗濯できる施設があるということで、そちらを試している間に着てみましたの」


 白いブラウスに紺色の短いスカート。その場でクルリと回るイミュリアは自信ありげだ。


「似合ってるね。着心地はどうなんだ?」

「着心地はかなりいいですわ、そのうえ見た目よりも肩回りなんかは動かしやすいですね。さすがにセレナーデ様やジャーマルグレン様がいつもご利用されているものには劣りますが」


 そりゃあオレ達の服は母上の糸で作られた最高品質の服だもの。この世界でオレ達の服を超えるものなんかは存在しないはずだ。


「ランドリーと言うのですが、洗濯物を入れるだけで自動で洗ってくれる魔道具がありました。お二人の服が傷むようなことはありませんが、念のためわたくしの服で試してみてますの。問題がないようでしたら、そちらで洗濯をいたしますわ」

「そんな魔道具まであるのか。ダンジョンはすごいな」


 魔王城で働く者は多く、体のサイズが違ったり布団やベッドの大きさも様々だ。洗濯を専属で行う者を雇っているほど。それを魔道具が片付けてくれるとなれば、イミュリアの負担も減るだろう。


「オレの分は自分で片付けるからいいよ」


 そもそもイミュリアは姉上の従者だ、オレの世話をする必要はない。


「で、ですがぁ」

「というか、怖いからやめて」

「昨日の味が忘れられずぅ」

「朝から発情すんじゃねえ!」

「せめて下着だけでも!」

「せめてが攻めすぎなんだけど!?」


 だからサキュバス種をオレは身の回りにおかなかったんです! おかげでオレの家事スキルは兄弟一だからな!


「……分かりました、その話は後程いたしましょう」

「なんでオレが説き伏せられる側になってるんだ?」


 ジト目でイミュリアを見るが、どこ吹く風である。


「さあ、とにかく朝ですので。身支度をなさってください。浴室がございますのでそちらをご利用しましょう。さあ、脱がせてください」

「さぁじゃねーよなんでお前を脱がせるんだ。お前は姉上のお世話に行け」


 昨日遅くまで飲んでたから、姉上とイミュリアにでかいベッドを開けてオレはソファで寝てたんだ。

 このソファはソファで寝心地抜群だったが、夜中に何度か落ちたので次からはちゃんとベッドで寝ようと心に決めたのである。


「えーっと、ヘンリエッタ、でいいのか? 浴室はどこだ」

『艦長室に併設してある浴室と大浴場、どちらになさいますか?』


 静かにオレの横に浮かんでいた丸いのに声をかける。


「個人の浴室があるってことだよな? そっちで頼む」

『畏まりました』


 とても柔らかく、それでいて座り心地のよいソファから身を起こし、ボサボサになった髪を手櫛で治しながら立ち上がる。

 兄上から預かった魔法の袋には、オレの着替えが入っていたから問題ない。それを持ってヘンリエッタについていくのであった。






『お湯に入る前に身を清めてください、そちらの蛇口のノブを上にあげると出ます。右の捻りが温度の設定で、蛇口の上のボタンを押すとシャワーがでます、下のボタンは蛇口用です』

「……当たり前のようについて来るんだな」

『来るなと言われませんでしたので』


 そう言えばそうか。そもそもダンジョンコアに見られて何を恥ずかしがるというのか。


「しかし、さすがに浴室はこれまで見た謎の技術は無さそうだな。強いて言えば湯の流し口が開閉式なところか」


 魔王城の浴室にも蛇口はあるが、それは常にお湯を吐き出している。


『水回りですので。こういった場所で凝ったもを使うには消耗が激しいです。長い航海を想定すると、シンプルで長持ち、かつ交換が簡単なものが採用されております』

「そういやこのダンジョン、船だもんな」


 バカでかい船らしい。


「さて、それじゃ」

『艦長、それは何ですか?』

「モラーム瓜だが?」

『野菜か果物に見えます』

「あー、これで体をこすると垢がしっかり取れるんだよ」


 モラーム瓜は肌に優しいからな。中の果肉で頭も洗える万能アイテムだ。


『……こちらに備え付けのボディソープとシャンプー、コンディショナーがございますので、そちらを試されてみてはいかがでしょうか?』

「?」

『体用の液体石鹸と頭用の液体石鹸です。お待ちください』


 ヘンリエッタはそう言うと、浴室に筒状のゴーレムを呼び出した。そいつから伸びた手が、黒いガサガサしたタオルと、ふんわりした白いタオルを渡してくれる。


『黒いタオルにボディソープ、右手の薬液をポンプから垂らして、お湯と一緒にタオルに揉み込んで体を洗ってください』

「……まあ試してみるか」


 言われるがままにタオルに揉み込む。


「泡立ちがすごいな」

『そちらの泡を体にこすりつけながら洗ってください』

「ああ、分かった……食器になった気分だ」


 食器を洗うときはスポンジとクリーンスライムでこするんだけど、あいつらは凄い泡を出すんだよな。


『生活保全ドローンに洗わせますか?』

「いらんいらん」


 あの筒状のゴーレムに体をまさぐられるのを想像すると、怖くなる。

 言われるがままに、全身を洗う。うん、泡だらけになるな。

 全身洗えたら、泡をお湯で洗い流せばいいらしい。

 シャワーという道具はすごいな。タライにお湯をくまなくていいのはとても便利だ。薪や魔法で水を沸かさなくてもお湯が無限に湧き出てくるし、勢いもすごい。


「なんか体がスース―するな」

『ミント成分も配合されておりますので』


 ハーブを石鹸に入れるか。贅沢な発想だ。


『次はシャンプーをお確かめください』

「これか?」


 同じようにタオルでやるのかと思ったが、そこで止められる。


『ポンプからシャンプー液を手に取って、泡立ててください。その泡を髪につけて、手櫛で梳かすように付けます。頭皮をマッサージするように頭に馴染ませながら揉みほぐします』


 注文が多いな。面倒だ……でも一応試してみるか。

 言われるがままに、髪を洗う。おお、これは気持ちがいいな。


『十分に頭を洗いましたら、お湯で洗い流してください。続いてコンディショナーです』

「頭は二度も洗うのか?」

『洗うのではなく、髪の色艶を良くし、それを長持ちさせるのが目的のものです。軽くタオルで水気を取ってください。コンディショナー液を手に乗せて、それを髪の毛の先から馴染ませていってください。専用の櫛もご用意しております』

「……まあ、やってみるか」


 言われるがままやる。

 うん、心なしか髪の毛の手触りが変わった気がする。


『艦長は文字通りこの艦の長です。常に清潔にし、威厳あるお姿を維持していただきたく思います』

「わざわざついて来て教えてくれたのはそういう魂胆か」

『……』


 沈黙まで表現するとは、ヘンリエッタ、やるじゃないか。

 そんなこんなで妙に綺麗になり良い香りになった体と髪に満足をするオレ。浴槽に体を鎮めると、自然と声がでる。


「あぁー……」

「グレン、入るぞ」

「はぁ!?」


 バンッ! と扉を開き、姉上が浴場に侵入してきた。

 何を考えてるんだこの人は!

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