星間移民計画用先行調査艦型『ダンジョン』ヘンリエッタ
「うはー、すっごい酒だなぁ!」
「ええ、大変おいしゅうございます」
鎧を脱ぎ捨て、ラフでセクシーな格好に着替えた姉上と、メイド服で給仕をしながら、同じようにお酒を飲むイミュリア。
「意味の分からない名前の酒も多かったが、ワインなら安心して飲めるというものだ! しかもいい味わいだ! とても飲みやすい!」
「とても品のいい飲み口、雑味もなく色合いも美しいですわ。もう少し強くても構いませんですけれども」
ほう、と色っぽいため息をついて、美味しそうにワインに口をつけるイミュリア。
「ほら、お前の酒なんだろ? グレンものめのめ」
「頂いてるよ」
オレはそんなにお酒は得意じゃないんだけど、二人の言う通りとても飲み口のよいワインだ。
姉上はコークという黒い飲み物と同じように、冷たいのに煮えたぎっているように泡が生まれるワインがお気に入りだ。スパークリングワインというらしい。
「イミュリアのオツマミも美味しいね。初めての厨房だというのに大したものだ」
「お褒めに預かり光栄ですわ~、と言いたいところですが、こちらに置かれていた調味料のおかげですわね。ウフフ、研究しがいのある味が多くございましたわ」
赤い顔をしながら、自分の作った料理を見つめるイミュリア。そんなことを呟いているのに、オレの太ももを撫でないで欲しい。尻尾を絡めて来ないで欲しい。
「いーみゅーりーあー?」
「あら失礼、つい本能的に」
「おまえなぁ、いいか? グレンはお姉ちゃんにメロメロなんだ。お前の入る隙なんてないんだぞ?」
「あら、セリアーネ様。殿方とはいつでもハーレムを志すものですわ。ハーレムの構築にはサキュバスが必須。ジャーマルグレン様のような優秀な方を独り占めにしては、世の女性がお嘆きになれますわ。はあ、相変わらずかぐわしいく、わたくしの心を乱す魅力的で蠱惑的で、それでいて崇高な匂い……女王様の血を引かれる、高貴な方の……ペロ」
「ひゃあ!」
「可愛らしいお声ですわ、それにじんわりと舌先に広がる甘い味……」
「おまっ! だっ! それ以上はいかんぞ!」
「良いじゃありませんかぁ、直接いただくのは我慢しているのですからぁ」
人の精を喰らうというサキュバスの最上位種であるイミュリアは、淫らな行為を行わずとも人の精を食すことができる。彼女は時折、こういったスキンシップを求めてくるからオレも自制心を持たないと危ない。
彼女の匂いはオレの心を掻き立てるのだ。
「魔王城付近に住む鬼種達の下品な精は食す気になりませんものぅ、ジャーマルグレン様の味を知ってしまったら、もう他の者を口にするなんてとてもできませんわぁ」
卵から孵ってすぐの頃、といってもまだ五年くらい前のことだが、興味本位でイミュリアはオレの唇を奪い精を吸い取ってしまった。
普段はできるメイドって雰囲気なのに、お酒が入ってそういった面が顔を出してしまったようだ。
「むぐっ!」
むちゅーっと唇を奪われてしまうオレ。
「んむ、あむ、うん。おいし」
「コラ! ダメだ! グレンはあたしのなんだからな! グレン! お姉ちゃんで口直しをなさい!」
むぎゅっと、姉上の豊満な胸に頭を持っていかれる。ああ、姉上のいい匂い。
ぶちゅっと唇を奪われる、ああ、息が……息が……。
「きゅう」
「セリアーネ様、ジャーマルグレン様が目を回しておられますわ。何とお可哀想に、慰めて差し上げなければなりません」
「おまっ! なんで胸元のボタンをはずし始めるんだよ!」
「だってぇ、暑いじゃありませんかぁ。ジャーマルグレン様も脱がれますか? あちらのベッドにいかれますか? ご安心ください、最初の愛はセリアーネ様にお譲りいたしますからぁ」
「む? むう、それならば構わない、のか?」
やめて姉上! 納得しないで!
「ダメ! ダメだから! 姉上とも! イミュリアとも! そういうことはしませんから!」
「「 えーーーー!! 」」
「えー! じゃないっ! オレは母の子だぞ!? 簡単に伴侶を決めてはいけない存在だからな! もちろん姉上も、というか姉上の方が大変なんだからね!」
「お母様はあたしが幸せになる相手を好きに選びなさいって」
「それ弟から選ばないでくれないかな!?」
「サンゲツだってカレドア姉様と結婚してるじゃないか!」
「特殊な例で言わないでくれ!」
あれは魔王城やその周辺に子孫を残せる魔物がいない者同士でくっついた結果だ!
「あたしだって同種がいないぞ!」
「姉上の同種がそこらにいてたまるか!」
「お姉ちゃんだ!」
「お姉ちゃんだった!」
「「 うはははははははは!! 」」
『皆様、随分酔われてしまっていますが、大丈夫でしょうか?』
「た、たぶん……」
イミュリアから更に精力を吸われたので、ついでに酔い覚めてきた。
逆にイミュリアはお酒とオレの精力のダブルパンチでソファでぐだーっとしてる。上を向いて涎を垂らして。美人なのに幻滅である。
「ほら、胸を隠しなさい」
「うひ、うひひ、ちゅ、ちゅけてくだしゃい……」
「はいはい」
頬をあかくしつつも、でへへと情けない顔をしているので、胸元のボタンを閉じてあげる。息苦しくなると困るから一番上のボタンと二番目のボタンはそのままにしておこう。
決してオレが眺めていたいからそうしているわけではないぞ、うん。
「まったく、この程度の酒で我を失うとは情けない」
「いやー、オレ達は水を飲んだからじゃないかなぁ」
色々と見かねた球体が、筒状のゴーレムを使って例のお水を出してくれた。
この部屋のカウンターバーにも冷蔵庫があり、そこに例のお水も入っているのだ。ペットボトル、というらしい。
『ところで艦長、副長。お願いがございます』
「おー、なんだ?」
「こういうタイミングでお願いを言うとか、中々策士じゃないか? このダンジョンコアは」
そう言いながら姉上が、こつんと丸い球体をこづく。
『こちらはあくまでもモニタリングドローンです。ダンジョンコアではありません』
「魔力も感じないのに、どうやって浮いてるんだコレ?」
『内臓された小型重力制御装置により、ドローン本体の重量を限りなくゼロにしております。そのうえで取り入れた空気を噴出し、360度すべての方向へ移動が可能となっております』
「やっぱ意味分かんないね」
「だな。ダンジョンコアって良く分からん」
『こちらはあくまでもモニタリングドローンでして、私本体と同期しているだけであり、艦内をご案内するために操作している端末でございます。メインコンピュータでもなければダンジョンコアでもございません』
「そっかぁ」
「すごいなぁ」
何言ってるのか全然分かんないけどね!
『艦長室内にはカメラが付いておりませんので、このような形で追従しております。それよりも、お願いの件ですが』
「……とりあえず、言うだけ言ってみて?」
『当艦に命名をお願いいたします』
「めいめい?」
「命名って、名前か? お前はなんちゃらかんちゃら調査艦なんだろう?」
姉上、なんちゃらかんちゃらは酷いぞ? や、オレも覚えちゃいないが。
『はい、私は星間移民計画用先行調査艦になります。移民計画第5号において建造された調査艦の一隻になります。ですがあくまでもそれは調査艦の総称であるため、正式な名称ではございません』
細かい話を聞いて、ちょっとだけ頭が覚醒してきたぞ。
「ダンジョンに名前ってあるのか?」
「大体地名か出てくる魔物の種類で付けられるよな? トービー東のダンジョンとか、鬼種のダンジョンとか」
姉上の言う通り、ダンジョンが自分で名乗るのではなく周りから勝手に呼ばれるものだ。もしかしたらそれぞれのダンジョンにはダンジョンマスターが付けた名前があるのかもしれない。
『本来であれば進水式の時に名称が送られます。ですが私には進水式の時のデータがなく、それ以外のデータも初期状態です。そうですね、人のことをホモサピエンスと全部呼ぶのと同じと考えれば分かりますか?』
「ほもさ? 何?」
『……飼っている犬に名前を付けず、犬と呼んでいる状態です』
「あ、わかりやすいな。つまりお前も名前が欲しいってわけか?」
『ご理解いただけて何よりです』
「名前かぁ」
うーん、どうだろうか。なんか声が女性っぽいし女性の名前を付けてあげるべきか?
それとも船だから魔王軍の戦船と同様に、戦船一番艦〇〇といった形でつけるべきか?
「うむ! じゃあお前はヘンリエッタだ!」
「あね、お姉ちゃん、それって……」
『ヘンリエッタ、でございますか? 女性的な名前で、素敵な響きですね』
「お、おお……」
なんか気に入ったっぽい?
『艦長、よろしいでしょうか?』
「あ、ああ。それじゃあ今日からこのダンジョンの名前は、ヘンリエッタにするか……」
『ありがとうございます、星間移民計画用先行調査艦ヘンリエッタはダンジョンとして、艦長のために活動をいたします』
「よ、喜んでいただいたようで……」
「うむ、良い名をつけたわ」
ヘンリエッタって、姉上が昔飼っていたグレートリンクスっていう猫の魔物の名前と同じだよね……確か、姉上にじゃれついて、姉上もじゃれ返したら死んじゃったっていう。
名前の由来は、黙っておこうかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます