不思議な飲み物
『こちらの扉を抜けますと、食堂に繋がります。自販機はご自由にご利用できます』
「自販機?」
『お飲み物を自由に取り出せる設備です。こちらの壁をごらんください』
言われるがまま視線を向けると、何やら読めない単語がいくつも書いてある四角い金属の箱が置いてあった。
「これがなんだと言うのだ?」
『こちらの品々の下にボタンがございます。そちらを押していただきますと、該当する飲み物が下に落下してくるというシステムです』
「このボタン、ですか?」
イミュリアがポンとボタンを押した。そしてファン、という音とすると、ガコン、と何かが落下してきた。
「「 うわっ 」」
突然の音に、姉上にくっついて一緒に離れた。
「あ、姉上、申し訳ない」
「あ、いや、こほん。姉上ではない、お姉ちゃんだ」
姉上も一緒に驚いたからか、少し恥ずかしそうだ。普段何事にも動じない姉上が、珍しい。
『長期保存を目的としているため、すべて凍結状態で保管されております。そしてボタンの押された飲料は解凍され、すぐにでも飲める状態で降りてきます。こちらの飲料に関しましては、生活保全ドローンが定期的に補充をいたしております』
「生活保全?」
『こちらです』
壁の一部が開いて、そこからオレの腰くらいの高さの筒状の金属の何かが、すべるようにこちらに向かってきた。姉上がオレの前に出る。
「ゴーレム、だと?」
『ドローンです。生活保全ドローンは主に清掃や消耗品の補充、クルーからの指示によって行動を起こします。多目的ドローンと同じですが、生活保全ドローンは、クルー達の生活の補助を目的としております』
「クルーからの指示?」
『はい、ですが艦内規約に違反する行動はとれません。また、すべての指示・命令は保存されており、異常のある指示・命令を受信した場合は私を通して艦長へ伝えられます』
「艦長というと……グレンにか?」
『はい、艦内における不審な行動の監視や、拘束なども行う場合がございます』
ダンジョン内の規律を守るゴーレムということか? その上で掃除なんかの雑用までこなすのか。
「な、なんだか分からないが、便利なんだな」
『そのような認識でよろしいかと』
「ところで、これはどうするのかしら?」
イミュリアの手には、先ほど自販機とやらから出てきたものだ。何やら読めない文字と、流れる水の、これまた精巧な絵が描かれた透明な入れ物の中に水が入っているように見える。
『キャップを捻って取り外します、少々お待ちください』
突如壁の窓の一つが光って、イミュリアの持っているものと同じようなものを捻じりあけて飲む光景が映し出された。
『とある企業のコマーシャルです。こちらを参考に同じように開けてください』
「入れ物から直接飲むのですか?」
イミュリアが眉を潜める。
『カップが必要でしたら、生活保全ドローンにお申し付けください』
丸い球のオーブ部分が光ると、オレ達の前で止まっていた筒状のゴーレムが音もなく動き出して壁の前で止まった。そして筒の上部が開いて腕が出てくると、壁の一か所を開いて、そこからコップが取り出された。
そしてそれを持って再びこちらに進んできて、イミュリアに渡そうと伸ばす。
「……どうも」
イミュリアはそれを受け取り机に置いた。そして壁の映像と同じように、透明な入れ物の筒の先を捻って、それを開けた。
顔の近くに持っていき、臭いを嗅いで、その後渡されたカップにそれを注ぎ込んだ。
「ただのお水、に見えますね」
『ただのお水ですので』
「あたしが試そう。あたしに毒は効かないから」
「いえ、主に毒見させる従者がどこにおりましょうか? わたくしにも毒への耐性は多少ございます」
「耐性があると言っても、死ににくいだけで体調は崩すだろう? お前が倒れられでもしたらあたしが困る」
姉上はそう言って、無理矢理カップを奪い口をつける。母上の血が流れているオレ達に毒は効かないので毒殺の心配はない。
「んく、んく」
最初は恐る恐る、そして次は一気に喉へ流し込んだ。
「驚いた、これ水なのだろうか。柔らかくも飲みやすい、優しいのど越しと透き通る味……まるで司水、高級な水にも負けずとも劣らない飲み口だ」
「あの司水鳥の? 司水鳥の産卵時期でしか獲れないというお気に入りのお水ですよね」
「ああ、これは母に飲ませてやったらさぞ喜ぶであろうな」
「……カップをあと二つ準備なさい」
『畏まりました』
イミュリアの言葉に再び動き出す筒状のゴーレム。
「ジャーマルグレン様、どうぞ」
「ありがとう」
イミュリアが器に残っていたお水をカップに入れてくれた。彼女も試してみるようだ。
「……確かに、ただの水がこれほどうまいとは」
「魔王城では普段の飲料水は井戸水を煮沸したものですが、正直比較になりませんわ」
イミュリアも納得の味わいのようだ。
『自販機には他の味も多数ございます。お試ししてはいかがでしょうか?』
「……この絵が味を示しているのか。これはアップルか?」
「こちらの黒い液体はなんだ? 煮えたぎっているような絵だが、飲み物なのか?」
『そちらはコーク、炭酸飲料ですね。今見ていただいているコマーシャルのお飲み物になります』
「普通の人間のようにみえるが、熱に耐性のある者なのか? 随分うまそうに飲んではいるが」
「こちらにも黒い液体のものがございます。こちらは煮えたぎっていませんね」
『そちらはコーヒーです。豆を挽いて煎れたものです』
「豆が飲み物に? スープに豆を入れる事はあるが」
「水がこれだけうまいんだ。他の味も気になるな」
その後、何種類かの飲み物を試してみる。
煮えたぎってフツフツと泡が溢れていると思っていた飲み物は、意外なことに冷たかった。姉上は舌と喉がシャワシャワして面白いとお気に入りのご様子。
イミュリアの飲んだコーヒーというものは苦く、顔をしかめていた。オレも苦くて、あまり好んで飲みたいとは思わなかった。アップルは普通に美味い、母上に冬の前に献上される高級アップルジュースよりは味が薄いが、その分飲みやすいな。
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