おしゃべりなダンジョンコア

『こちらが星間移民計画用先行調査艦の全容となっております。現在地はこちら、メインオーダールームとなります』

「全容? 地図ということか」


 細長い剣か槍のような形が空中に表示されている。これがダンジョンの力なのだろうか。


『全長1200メートル、最大幅450メートル、全高330メートルの万能調査艦です。メインオーダールームはこちら、通路を出ましてすぐにミーティングルーム、レストルーム、ジム、遊戯室、食堂、トイレ、銭湯、自然公園にシアタールーム、生活資材倉庫、各クルーの部屋などとなっています』

「すごいな」


 次々とマークが入り、それぞれの部屋が映し出される。まあトイレや戦闘、クルーの部屋は正面からドアや廊下が映し出されるだけだけど。


『メイン動力室や重力操作室、ドローン保管庫、武器庫、資材置き場といった重要施設にはクルーの立ち入りは禁止となっており施錠されております。艦長ですら入室できない部屋がありますので、ご注意ください。それぞれ管理ドローンが配備されており、私が一括で管理をしています。クルーの反乱などを考慮して調査艦規約に基づいての立ち入り禁止処理としています』

「ふむ、魔王城にも母上や一部の幹部しか入れない部屋があったな」

「宝物庫なんかもそうですよね。ゴーレムが門番をしていて、オレも入ったことがない」

「食堂、広いですね」

『当艦は30名程度の乗艦を想定して作られています』

「は? こんなに大きいのに? たったそれだけ?」

『大半は収集物品保管倉庫と、生活保全エリアです。惑星探査や宙域航行の兼ね合いで、大人数の収容は考慮されておらず、食事や水などの資材を満載にしたうえで補給なしで、片道最大8年間の航行が可能となっております。未開拓星で回収した様々な物質、生物を調査し、その未開拓の星が人の移民に適しているか調査を行うのが当艦の建造目的になります』

「片道8年……」


 つまり16年も船のなかで生活ができるのか? すごいな。


『ダンジョンコアは起動時にダンジョン区画となる部分の最適化が行われます。それにより私自身のデータも含めて初期化されましたので、何故この位置にこの艦があるのか、なぜ周囲が岩盤などに覆われているかは不明ですが、そちらは長い時間こちらにこの艦が置かれていたことが原因であると思われます。岩盤の地層のデータが不足しているため、具体的な年月は不明です』

「長い年月?」

『地殻変動などの影響で、地形が沈んだことが起因であると推測できます』

「地殻変動? 地形が沈む?」

『……地震などで地割れが起き、この艦が地割れに飲み込まれた。といった事由のことです』


 あ、こいつちょっとオレのことを馬鹿にしたな?


「お前のことはいい。あたし達はここから出られるのか?」

『はい、副長。現在ダンジョンコアを最上位機密区画にて解析中です。解析が完了次第、完全遮蔽モードの解除が可能となります。完全遮蔽モードが解除されれば、一部の進入禁止区画を除く艦内や、艦外へ移動することが可能になります』


 あ、姉上の質問にもきちんと答えてくれるようになってる。例の任命をしたからかな?


「それはいつ終わる」

『約24時間かかる計算になっております』

「24時間……一日か」

「長いですね」

『ご安心ください。長い航海の中で、クルーのストレスを緩和するために様々な娯楽システムをご用意しております』

「娯楽システム? 意味が分からぬな」

『実際に見ていただいた方が、人は理解しやすいと聞きます。モニタリングドローンでご案内をいたしましょう』

「うわっ!」


 天井から丸い金属の物体が降りてきた。どこから出てきたんだ?


『モニタリングドローンです。こちらで艦内のご案内をいたします』

「お前、自立型の魔道具か何かだったのか?」


 出てきたのは手のひらサイズの丸い金属に、赤いオーブが埋め込まれたもの。先ほどから聞こえてきた声が、今はこの丸いものから聞こえてくる。


『私は当艦のメインコンピュータです。そして今はダンジョンコアでもあります』

「……ダンジョンコアがこの小さな体に収まっているのか?」

『ダンジョンコアは最上位機密区画にて解析中です』

「訳がわからない……」


 ダンジョンというのはオレの理解力を完全に超えている気がする。






『こちらがミーティングルームになります。今後の行動をいかにするかをクルーと話し合いを行い、指針を決める場所となっております』

「作戦司令部といったところか。クライブのやつはこの手の場所が好きだったな」

「クライブ兄上は実際に軍部の最高司令官ですからね」


 大きなテーブルがあり、周りにはイスが置いていない。椅子は言えば地面から飛び出てくる仕組みらしい。妙な仕組みだ。


『現在は周辺地形の調査ができておりませんので、一例として当艦に内臓されている地形データを呼び出します』


 丸い球が何か言うと、机の上には立体的な山や海、川。そして灰色の街が出現した。


「な、なんだこれ!? 幻術?」

「あたしの魔法防御を突破したというのか!」

「ありえませんっ!」

『色彩を持った光をいくつも重ねて作成した光学の応用による立体映像です』

「……分からない」

『とりあえずこう言うものと思って下さい。触る事はできません』


 あ、本当だ。やっぱり幻術じゃないか? これ。


「と、とにかくどこかの街を上空から映したものということか」

『ご理解が早くて助かります』


 イミュリアも含めて、何度も出現した山や建物を撫でる。とはいえ手が通過するだけで、感触も何もない。一番下の机には触れるようだ。


『この街は当艦が開発された建造基地を映し出しています』

「お前が作られた国か」


 こいつの言う事を信じるなら、1200メートルもの大型のサイズの船を作る技術のある国だ。とんでもない技術力を感じる。


『いまはこちらのお部屋を使い、お話合いをするほど情報が揃っておりません。次のお部屋をご案内いたします』


 入っていた壁の近くの扉が勝手に開く。ダンジョンのギミックでよく聞く動く扉のようだ。

 丸い球は先導するように浮かびながら通路を進む。

 オレ達は顔を見合わせながらも、その丸い球に続くのであった。


『こちらがレストルームです。簡単な食事も行えるよう、横の食堂と繋がっております』

「なるほど、休憩室ということか。ダンジョンなら安全地帯もあるだろうな」

『こちらはダンジョンとしての安全地帯ではなく、クルー達の憩いの場の一つです』

「ダンジョン管理者のための部屋ということか?」

『そう捉えていただいて構いません』


 ここにはゆったりできそうなソファと、背の低いテーブル。壁には本棚も付いていた。試しに取ってみたが、読めない言語のようだ。

 ただ精巧な絵が描かれており、それだけでもかなりの値打ち物であると理解ができる。


「なんだグレン、色本なんぞ見て。お姉ちゃんは許さないぞ?」

「あ、いえ。これ、確かに色本なのかもしれませんが」


 肌面積の広い、煽情的な女性が描かれた本の一つを姉上に見せる。その絵を見た姉上も驚きの表情で、ショックを受けている様子。


「お前、こういうタイプが好みだったのか!? 髪型か!? む、胸はあたしの方が!」

「姉上、そっちではなくこの絵の完成度の高さで驚いて下さい。相当な技術の絵師の仕事ですよ? 色彩も鮮やかですし、一体どのような具材で描かれているのか見当もつきません」


 魔王城には古今東西ありとあらゆる場所から母上に献上された本があった。あまりの量に専用の部屋が作られるほどだ。

 知識を司るアラプラーナというメガネの似合う男の悪魔が管理をしている図書室だ。オレもそこでよく本を借りていたが、そこで見たどの本よりも精巧な絵に驚きを隠せない。


「お、おお、そうだったな。うん、すごい技術だ」

「素敵なお召し物が多数描かれていますね」

『そちらは雑誌です。大衆向けで、大量に印刷されております』

「こ、これが印刷物だというのか!?」


 印刷といえば版画だ。とんでもない技術力、ダンジョンというのはかくも不思議なものが作られるのか!


「……姉上、これだけのものがあるのです。生命の秘薬も期待できそうですね」

「母上のお体を治す薬か。確かに」

「おい、生命の秘薬はあるか? もしくは作成することが可能か?」


 オレは丸い球に声をかける。


『艦長、生命の秘薬というものは私のデータにございません。どのような品でしょうか?』

「……我らが偉大な母のお体を治せるかもしれない薬だ。失った臓物を再生することもできるという、伝説の秘薬のことだ」

『そういった薬品はございません。人工的に手足などを補助する義手や義足の生産は可能でございますが、内臓部を補助する人工臓器に関しては、当艦内施設で生成することはできません』

「……そうか、やはり無いか」

『ご期待に応えられず、申し訳ありません』

「それはこの施設で作成できないという意味ですよね? ダンジョンとして作成することは可能なのでしょうか?」

「イミュリア?」

「ジャーマルグレン様、どうにもこの魔道具は質問に対して正確にしか回答を出してきません。こちらも質問事項をしっかりと決めたうえで、ご質問をしなければ満足な回答は得られない可能性がございますわ」

『イミュリア様のご質問に関しては、今はお答えしかねます。現在ダンジョンコアからのデータ収集率は5%未満です。この作業か完了しましたら、満足されるお答えができる可能性がございます』


 24時間かかるという良く分からない作業をしているんだったな。それが終われば生命の秘薬について分かるかもしれないということか。


「……よろしく頼む」

『かしこまりました』


 丸い球についた小さなオーブが点滅して返事をする。魔道具に頼みごとをするなど、初めての体験だ。

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