転移先で待っていたのは……

「お、ようやく来たな」


 呆然としていると、後ろから聞きなれた声が聞こえた。

 振り返ると、いくつものランタンの光に包まれた見慣れた女性が二人。


「セレナ姉う……」


 すっごい不満そうな顔をされた。


「セレナお姉ちゃん」

「うむ。お姉ちゃんだ」


 オレの声に満面な笑みを浮かべて立ち上がったのは、赤いドレスの上に金属製の部分鎧を身に着けた絶世の美女。

 真っ赤で腰まで長く伸びた輝く髪とそこから覗く捻じれた黒い角、オレ達兄弟の中でも最強の存在。

 ドラゴンと最上級悪魔のハーフのセレナーデ姉上がいた。


「お久しぶりでございます、ジャールマグレン様」


 それと、魔王城でよく見た銀髪を後頭部で編み込んだ儚げな美少女。セレナ姉上の従者。サキュバス系列の悪魔、イミュリアだ。

 綺麗な顔をしているけど、オレ的には要注意人物である。


「何でお姉ちゃんがここに?」

「心配だからに決まってるだろう?」

「え? いいの? お姉ちゃん、お城にいなくて」

「まあ、ぶっちゃけ今の人間達の相手はクライブで十分だろう? あいつが負けるような事態になったら、城の警護に戻るさ」

「そんなんでいいのかな……それにイミュリアまで」

「わたくしはセレナーデ様の従者ですので」


 姉上の従者としてなら、相変わらず有能そうなメイドさんである。


「グレンがこちらに来る前に、念のため魔物の掃討をしておこうとな。ここ、結構広いから大型の魔物がいて歯ごたえがあったぞ」

「歯ごたえ……」

「お姉ちゃん、強い敵を倒したからいまテンション高いんだ!」

「そ、そう。ありがと、心配してくれて」


 ちょっと圧倒されるけど、オレのために動いてくれたんだ。感謝はしないと。


「イミュリア~うちの弟可愛いだろー」

「ええ、食べてしまいたいです」

「なっ!」

「冗談ですよ」

「いや、でも食べてしまいたいくらい可愛い弟という表現はいいな!」

「お姉ちゃん……」

「セレナーデ様、それはどうなんでしょうか」

「なんだよう、せっかくグレンが可愛くお礼が言えたんだぞ? もっと満喫させろてくれたっていいじゃないか」

「お一人でどうぞ。それよりもジャールマグレン様」

「あ、はい」

「わたくしが見た限りでございますが、こちらの遺跡の説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、お願いします」

「清めておきましたので、そちらのイスのようなものにお掛けください」


 視線を向けると、何やらイスのようなものが確かにある。

 その前にテーブルと呼ぶには細い台。そして近くには階段があり、下にも似たような椅子が壁に向かっていくつか置いてある。


「何ここ?」

「意味分かんないよなー」

「ええ、一応こちらが最深部になっておりました」


 ここが最深部なんだ?


「あれ? でも後ろの壁にへこみがあるけど」


 両開きのドアに見えなくもない。


「わたくし達が来る前にもどなたかが開けようとした痕跡がございますね」

「あたしが頑張ってもまったく動かなかったからなぁ」

「姉上っと、お姉ちゃんでも無理なんだ?」


 セレナ姉上の力で無理ならば、誰がやっても無理なんじゃなかろうか。


「簡単ですが地図をお書きしました」


 渡される地図にランタンの光を当てて、僕の前の机のような場所で見えやすくしてくれる。


「両脇に見える階段から下におりますと、真っすぐ道が続いております。いまジャールマグレン様がご指摘なされたように、ドアのような窪みがいくつもございました。数は千以上ございましたが、どれも開閉された形跡はございませんでした。時間がある時に改めて調査したいと思います」

「あ、はい」


 現在地はここ、と妙に可愛らしい猫のイラストが描かれている。それと近くで説明をするという体でこちらにきつつ、そろりと尻尾でオレの背中を撫でてくるんじゃない。

 手ではたく。


「あん」

「続きを」

「……こちらの通路をまっすぐ進みますと、奥に階段がございます。その階段からしたりおりますと、やはり真っすぐの通路と、大き目な空洞がございました」

「空洞か」

「はい、地竜種と思われる魔物がいまして、セレナーデ様が討伐されました」

「ああ、なるほど……大丈夫だったの?」

「なんだ弟よ? あたしを心配してくれるのか? 可愛いやつだな!」


 や、セレナ姉上じゃなくて、通路とかその辺が崩れてないか心配だったんだけど。


「激しい戦闘でしたが、周辺に大きな被害は確認できませんでした。どうやら未知の物質で作られているようで、地竜が付けたとされる表面の土や岩の下から、灰色と銀色の中間のような色の床や壁がありましたので」

「未知の物質……」

「思いっきり連中を叩きつけたけど、あいつが跳ね返ってきただけで地面はなんにもなかったな」

「えーっと、地面に弾力でも……」

「ありませんよ?」

「ですよね」

「崩落が怖いから本気じゃやってないからな? やろうと思えばいけるからな?」


 つまりセレナ姉上のバカ力でも破壊できなかったということだ。


「どこも広さが違う程度で似たような構造になっており、それが三重になっておりました。やはり壁にはドアのような窪みがありましたが」

「うん。調査はこれからだよね」

「はい。ここから見て、一番下の奥が……中型程度のドラゴンであれば通行できる大きさに広がっており、そこからは自然の洞窟となっておりました」

「洞窟?」

「はい。未知の物質ではなく、普通の岩盤の鍾乳洞です。長らく人が通行してなかったようですが、昔の冒険者達が捨てていったものもいくつか転がっておりました」

「なるほど、そこでキャンプでも張ってたのかな?」

「恐らくは」


 見知らぬ物質に囲まれた遺跡は、洞窟と繋がっていたらしい。


「一応その洞窟の入り口まで確認はいたしました。地竜が巣食っていたからか、他には小型の魔物や動物、蝙蝠や虫などしか確認できませんでした。洞窟の入り口から見て一番深い位置が、まあ高い位置にありますがこちらなので、ここが最深部と判断いたしました」

「そうなんだ……地図まで、ありがとう」

「い、いえ。セレナーデ様からのご指示でしたので」

「そうだぞ。イミュリアの手柄は主であるあたしの手柄でもあるんだ、あたしを褒めろ」

「はいはい、お姉ちゃんもありがと」

「なんかおざなりだぞー、お姉ちゃんは不満だー」


 はあ、まったく。


「セレナお姉ちゃん、ありがと」


 手を取って目を合わせていうと、お姉ちゃんがニカっと笑ってくれる。


「いいよ!」


 機嫌を治してくれたようだ。


「さて、じゃあ早速ダンジョン化をしてみようかな」


 オレはサンゲラ兄上に渡された魔法の袋から、ダンジョンコアを取り出すのであった。





「何々、ダンジョンコアを起動するにあたって……」

「目、悪くするぞ? お姉ちゃんは心配になってしまう」

「そこはまあ、魔族の血も引いてるから」


 こう見えて、真っ暗闇じゃなければ普通に見えるオレである。

 台の上にいい感じの窪みがあったから、そこにダンジョンコアを置いてサンゲラ兄上の用意してくれたマニュアルを取り出す。


「ダンジョンコアの稼働について……」


 兄上が用意してくれたマニュアルの最初のページだ。

 稼働の仕方は『正確には不明』と書いてある。


「おおい!」

「どうした?」

「いや、これ……」


 兄上が手書きで書いてくれたであろうマニュアルにはこう書いてある。

 ダンジョンコアは、地脈から力を得てダンジョンを形成させるものである。

 地脈からエネルギーを吸いとると調査結果では出ているが、起動する前段階のダンジョンコアなど前代未聞で、更に魔王城の近くにある研究所はそもそもダンジョンコアが起動できる環境になかったため、起動をどのようにするかは不明である。

 ダンジョンコアが安置される場所は、ダンジョンの最奥であることが多い。また、ダンジョンコアは、ダンジョンマスターと呼ばれる存在の魔力に似た性質を持っている。

 ダンジョンマスターになる者は、ダンジョンコアに魔力を籠めてみるのが一番ではないだろうか? 諸君からの報告に期待するものである。とのことだ。


「これってつまり」

「あいつにも分からんってことか! こんな意味不明な状況でグレンを放り出そうとしていたなんて! ぶん殴って十連コンボくらい叩きつけて最後に大技をぶちかましてやらなんといかんな!」

「やめてあげて」


 死んじゃうから。


「とりあえず、魔力を籠めるか……魔道具に魔力を籠める感じでいいのかな?」


 いい感じの窪みの収まっているダンジョンコアに、魔道具を使う時のようにオレの魔力を籠める。

 オレは魔力自体は多い。なんといっても魔王の子だ。

 空間魔法と生活魔法くらいにしか使えない上に、空間魔法は魔力をバカみたいに食うものが多くてあまり自在に扱えないけど。

 手をダンジョンコアに乗せて魔力を籠めると、ググっと体から魔力が取り込まれる感覚がある。


「うわっ」

「どうした!?」

「や、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」


 ずいぶん魔力を使うみたいだ。

 オレは深呼吸をし、今度はしっかりと自分の魔力をコントロールして流し込んでいく。


「これは」


 オレが魔力を流し込むのと同時に、ダンジョンコアに別の力が吸い込まれていくのを感じる。

 これが、地脈からの力か。力強い。

 ダンジョンコアの中で、オレの魔力と地脈の力が混ざり合うのを感じる。その力は、オレの体にも流れ込んでくる。

 全く別の力なのに、不思議と違和感はないし不快にも感じない。母の魔力を身に受けているような感覚だ。

 そしてこれが正解であると、なんとなく察する事ができた。


「動け、オレのダンジョンコア」


 オレの言葉に呼応するように、ダンジョンコアが光を放った!

 そしてそのダンジョンコアの光に呼応するように、台座やオレの座っていたイス、床や壁、天井。目に見える範囲がどんどんと光に包まれていく。


「これで、完成か」


 完成を確信したオレは、ダンジョンコアから手を離す。そしてコアが置かれていた窪みが透明なガラスか何かに包まれる。


「え?」


 半球のガラスに包まれたダンジョンコアは、そのまま台の窪みの中で下に運ばれていき、見えなくなってしまった。


「ええ!? ダンジョンコアがどっかいった!?」

「何!?」

「まあ!」


 思わず立ち上がったその瞬間、辺りを覆っていた光が消えていく。

 そこはまるで金属の板で覆われた部屋だ。イスのようなものはしっかりとイスになっており、シートもついている。台座にはガラスのついた、なんと表現すればいいか分からない机になっている。

 ダンジョンコアが稼働したことにより、周りが綺麗になったらしい。

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