こうしてオレ達は、転移された
「ウェローナちゃん、本当は君にはこんな仕事を押し付けたくなかったんだ。そこは許しておくれ」
「サンゲラ兄様?」
「ボク達兄弟の中で水中のダンジョンに適した能力を持った者が、君しかいなかったんだ」
「あたしの担当は水中なのね……」
ウェローナはマーメイドだ。彼女の作る予定のダンジョンは水中らしい。
「我々兄弟以外は信用できないからね。忠誠を誓っているといっても、魔王軍の連中は悪魔や魔物、吸血鬼に魔族と欲深い存在ばかりだ。仮に生命の秘薬が手に入ったとしても、こちらの提出をしない可能性もあった。このダンジョンコアは研究中に偶発的に生まれたものだ。もう一度作る事ができない可能性が高く、信用できるものにしか渡せないのだよ」
もしかして研究って、ダンジョンコアの研究をしてたのかな?
「お、お兄様がそこまで言うんなら、しょうがないわね。あたしも水球のない生活に憧れてもいたし、いいわよ!」
いや、お前の部屋水槽で水が張ってあるじゃんか。
「ウェローナのダンジョンはこの大陸から少し離れた水中都市だ」
「あそこかえ」
「ええ、お母様が滅ぼしたあそこです」
母と敵対した勢力が昔はいたって話だから、そこのことなのかな?
「ダンジョン化すれば建物の倒壊は防げるし、入り組んだ地形だから大型の海の魔物も入って来れないよ。魔王軍海獣部隊に小物の掃討を命じたばかりだから、出発は少し遅れると思う」
「いいわよ! どんなダンジョンにしようかしら! ワクワクするわね!」
ウェロは楽しそうに頷いた。ついでに揺れてる。彼女もダンジョンコアを受け取った。
「ぶひ……」
「兄上」
「ぶひゅう」
一応注意だ。まったく、母の御前だぞ?
「ジャールマグレン君」
「はい」
「……君のことは心配だ。でも、このまま魔王城に置いておくのも危険だと思う。それは理解できているね?」
「は、はい」
魔王城に勤めているのは先ほど言った連中だ。そして彼らから見れば、僕は餌だ。
母の威光でも彼らの本能は抑えられないのだ。兄上や姉上たちに守られていなければ命を失っていた場面も何度かある。
「君の空間魔法がもっと育つまで城の外に出すべきではないとボクは思っていたんだ。でも、今のままだと君の体が危ない。夢魔の系譜の連中なんかが特にね」
「う……」
あの連中は僕が城の廊下を歩いているだけで、甘ったるい香りを出すから嫌いだ。
「それに城の連中にも、良くないんだ……分かってくれるね」
「はい、彼らにもかなり我慢を強いているのは、自覚していますから」
オレがもっと強ければ彼らも諦めてくれるだろうし、従順になるだろう。特に悪魔は自分の認めた強い者に逆らわないのだから。
母の子だからと、特別視されているオレだけどしょせんそれだけだ。人間種であることは変えられない。
「君は賢い。だけど兄弟の中では弱い。心配だ……君もガラグラッタ君のいる大陸の、人間が探索しきって、もう人が滅多にこない古い遺跡を選んだ。そこでダンジョンを作るといい」
「はい」
「……ジャールマグレンよ、不甲斐ない母を許しておくれ」
「優しいお母様、どうか謝らないでください。お母様が生んでくれたから、守ってくれているから、オレはここにいられるのですから」
母がカツカツと僕に近寄って、抱きしめてくれる。母の愛を感じ、母の匂いに安心をした。
「モルボラ君」
「ぶひー」
「君のそれは力を蓄えているんじゃない、脂肪を蓄えてるだけだ。自立して痩せたまえ」
「ぶひょ!?」
「これ、サンゲラ!」
「母上が甘く育てた結果がこの肉の塊なんです。最上位種のオークロードでボクよりも強い存在になれるはずの彼が、一人で歩くのも困難とは情けない」
サンゲラ兄上が首を横に振る。
「だが、強くなれる君だからこそ、安心して送り出せる面もあるんだ。魔物だけに頼らず、自らが動く鍛錬もしなさい」
「ぶふふん」
あ、モルボラ兄上、悪い顔してる。
「……無尽蔵に食料を出したら、ダンジョンコアはすぐに稼働できなくなるだろうからね? 気を付けるんだよ」
あ、モルボラ兄上の顔が青くなった。
「それぞれにダンジョン運営のマニュアルを作成した。食糧や装備、着替えに日用品。それとポーションなんかもこの魔法の袋にいれておいた。どこも人里離れた場所を選んだけど、その分近くには強い魔物がいる可能性もある。十分気を付けてダンジョンを運営してくれたまえ……そしてどうか、母のための薬を入手してくれ。ボク自身が本当はやりたかったけど、ボクはみんなの代わりに、母を支えるから」
研究バカのサンゲラ兄上が、とても優しい目をしている。そして決意ある男の瞳も持っている。
元々兄上が研究に力を注いだのは、母のためだ。まあ生来の性格も研究者向けではあるけれども。そしてその研究所の所長として、魔王軍の頭脳としての立場も大きい。簡単に魔王城とその周辺から離れられない立場になってしまっている。
「じゃあ三人は準備ができ次第出発だ。ウェローナちゃんはこちらから準備が完了したら連絡するね」
「分かったわ、どんなダンジョンにするか考えないとね!」
「私は大丈夫です」
「ここまで準備をしてくれているなら、オレも行けます」
「ぶひっ! 行きたくないぶひ!」
一人わめいているが、モルボラ兄上のおかげでちょっとだけ緊張感が和らいだ。
「我が子達よ、手紙を必ず送るのじゃぞ? 何かあったらすぐに連絡するのじゃ、怖いことがあったら帰って」
「お母様、台無しです。三人とも、頑張って」
サンゲラ兄上が魔法の札を手に持った。あれは……転移札だ。
転移札が光を放ち、オレ達の視界を埋め尽くした。
その光が収まると、オレは見知らぬ暗い場所に立っているのであった。
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