偶然生まれたダンジョンコア

「サンゲラ兄上!? そのお怪我は!?」

「まさか人間に!? 大丈夫なの!?」

「兄上の研究所が襲われたブヒ!?」


 キコキコ音の正体は、大柄なミノタウロスのサンゲラ兄上だ。

 体中に包帯を巻いていて、角も片方折れている。


「いやぁ、参ったよ。襲われた訳じゃないから安心してくれ」

「ですがそのお怪我は!? ポーションは使われないのですか!」

「あっはっはっ、はぁ……カレドアにしばらく反省しなさいと、ポーションの使用が禁じられてしまったんだ……」


 カレドアとはサンゲラ兄上の奥さんのことだ。反省しろってことは……また何か失敗をしたのだろうか?

 ミノタウロスと魔族のハーフであるサンゲラ兄上は、我が魔王軍の研究所の所長をしており、日々何かしらの怪しい実験を繰り返しているマッドサイエンティストだ。

 ちなみにカレドア姉上も僕達の姉。

 母が生む卵は母が食した生物や生物の混合種が生まれるのだ。食した生物を元に子を成すので父はいない。

 過去の戦いで怪我を負い、今では卵を産めない体になってしまったが、一度に三十個近い卵を生み出していたそうだ。

 その卵から生まれるのは大半が知恵を持たず本能の赴くままに生きる魔物が生まれるが、オレ達のように知恵を持ち言葉を離すことのできる者が少量だが生まれる。

 卵から孵る時期、知能を持つ子が生まれるらしい。オレも卵から出てくるまでに三十年近くかかったそうだ。卵から孵る時期が遅い個体はハーフの個体が多く、オレは人族と魔族のハーフらしい。

 だからオレ達は種族はバラバラだが、間違いなく母の子だ。

 ちなみに種族の重なりが全くなければ婚姻も可能。カレドア姉さんは馬の顔と人の体を持ったナイトメアである。


「カレドアにしっかりと叱られた後じゃ、お小言はやめてあげるのじゃぞ? 心配をするのは仕方ないがな」


 母はそういうが、そもそもサンゲラ兄上は頑丈なミノタウロスだ。包帯でグルグル巻きにされてミイラのような見た目だが、その強靭な肉体は隠しきれていない。この程度の怪我なら問題ない、ないのか? わかんないけど、平気そうだ。


「ちょっと実験に失敗しちゃってね。いや、成功か? 解析ができずに偶発的に起こった結果を成功とするのは科学者としては名折れだ。やはり失敗だ、失敗。うん。あの時魔力照射を全方向からかけたとはいえ、大爆発して研究所が吹き飛んで研究資料も失ったから、また同じことをしても同じような結果になるとは限らないし、そもそも実験は失敗を前提に行っていたからね。ちょっとボクが想定していたよりも巨大な爆発が起こって、いや、爆発はすると思っていたんだよ? 最悪爆発するかなーって、でもまさか古代魔法クラスの大爆発が起きるとは……」


 なんかダラダラと話を始める兄上。


「……元気そうだね」

「ぶひ、人に攻め込まれたかと思ってびっくりしたぶー」

「兄上の研究所は魔王国内でも最奥に位置する場所にある。冷静に考えれば魔王城を突破せずに人の軍勢が攻め込める位置じゃなかったな」

「まあ元気そうだしいいんじゃない? それより角よね、さすがに片方折れてるのは可哀想」

「ウェローナは優しいの、じゃが安心せよ。あやつの角はわらわの腹の中とは違い、いずれは再生する部位じゃ」


 そういえばミノタウロスって角の生え変わりがあったね。あんな研究バカみたいな兄上だけど、昔生え変わった角を部屋の壁に飾ってるし。


「ああ、そう。お母様の排卵機能のことだ。そのことで君達に集まってもらったんだよ」

「お母上の? 本当ですか?」

「ホント!? じゃああたしに弟か妹ができるかもしれないのね!?」

「そうなんだ。その為にお前達をお母様に呼んでもらったんだよ」


 そう言ってサンゲラ兄上が車いすをキコキコと進める。巨体を支えている車イスが悲鳴を上げている気がする。

 この車イスよく無事だよね。


「これを、お前達に託す」

「これは?」

「ぶひ?」

「サンゲラ兄上、これは一体」

「何この黒い球。武器?」

「これはダンジョンコアだよ」

「「「 ダンジョンコア!? 」」」


 オレ達の驚きの声が揃う。一人ブヒって言ったけど。


「知っての通り、魔王国とその周辺にダンジョンは生まれない」

「だの。昔はあったのじゃがな」

「はぁ」


 初めてそんな話を聞きました。


「人間側の領域にダンジョンが生まれるのは、地脈が深い位置を走っていてそれを吸い上げる強力な魔物が地上に存在しないからだと私は考えている。魔王城を中心としたこの大陸にはダンジョンはほとんど発生しない。母が存在するからだ」

「そうじゃなぁ、確かに地脈から魔力をわらわは食っておる。でなければこの体を維持できぬからの」

「そういえば……」


 母は基本的に食事を獲らないんだよね。もちろん下の蜘蛛の部分で食事を獲れるけど、あんまり必要としていないって話を前に聞いたことがある。


「お母様が長きに渡り君臨し、地脈から魔力を吸い上げ続けている結果、この大陸の地脈は長きに渡り母に支配されている。そしてその影響で地脈と地表の距離が近い。地表にいる魔物達にも影響が起きて、結果として強力な魔物が蔓延った大陸になっているんだ。魔大陸とは人間の呼び名だけど、なかなか的を得ている命名だとボクは思ってるよ」


 そうなのである。お城の外に気軽に出かけられない程、魔王城の周辺には強力な魔物が蔓延っているのだ。自然発生する魔物が強いのもあるけど、野に放たれた母の子も強い個体が多い。知恵はなく本能に支配された母の子は普通の魔物よりも圧倒的に危険だ。オレ達から近づけないほどだ。

 オレは強い兄や姉と一緒の時以外で、魔王城の外に出かける事はない。だってオレより強い魔物がわんさかいるんだもの。

 そんな中に人間であるオレが歩いていたら……カモがネギを背負ってるどころか、ダシの入った鍋も持って、さあどうぞお召し上がりをってレベルなのである。


「だがお母様の体を癒すことのできる薬は存在する」

「ダンジョンアイテム……それも秘宝級の」

「そうだ。生命の秘薬と人間が呼ぶ薬。あらゆる怪我や病気を治し、部位の欠損も再生させてくれる究極の回復アイテムだ。クライブ君が軍を率いて人間の国に攻め込んでいる理由もそれだね」


 魔王国とは別の大陸にある人間の、人族が中心の国がある。そこの王家には、生命の秘宝が国宝として代々伝わっているらしい。

 その生命の秘宝を狙って、ドラゴニュートのクライブ兄上が中心になって軍を率いている攻め込んでいる。

 だがその国に辿り着くにはいくつもの国を突破しなければならず、いくら強い兄上とはいえ苦戦を強いられているのだ。あの兄上がてこずるのだ、人間も侮れない。


「だからアプローチを変えることにした。お前達にはダンジョンマスターになってもらい、お母様のために生命の秘薬をなんとか入手できないか試して欲しい」

「ダンジョンマスター……」

「我々が、でありますか?」

「ぶひ~」

「え~~~」


 ダンジョンをオレ達に作れってこと? あ、いや。でも……それって……。


「あのサンゲラ兄上」

「なんだい? ジャールマグレン君」

「お母様の力が強くてこの辺りではダンジョンが作れないんですよね? つまり、それって……」

「うん。君達には人間達の勢力圏内の大陸に移動して貰おうと思ってるよ。まあウェローナちゃんは近場だけど」

「やっぱり……」

「ぶひいっ!?」

「私はいずれクライブ兄上のもとで戦うつもりだったのですが」


 武人のようなガラグラッタ兄上が不満を漏らす。


「ガラグラッタ君。人間と手を取り合って生きていこうだなんて妄想は、もう捨てたのかい?」

「……」

「君がジャールマグレン君と仲が良いことは知ってるし、いいことだと思うよ? でもお母様の子であるジャールマグレン君と、他の人族や人間を同一視するのはどうだろうね?」

「それは」

「そんなことを言ってるから君は軍に召集されず、まだ城にいるんだよ? 君はボク達男兄弟の中でも強い方なんだから、呼ばれないのはおかしいとは考えた事はなかったのかな?」

「……ですが」

「お母様は甘いからボクが長兄として……いま生きている中の長兄として言うけど。君のその考えをクライブ君は危険視しているんだ」

「サンゲラよ、それは」

「お母様、クライブ君は弟達をもちろん愛してますよ? ですが軍を率いている将でもあるんだ」

「それは、そうであるかもしれぬが」

「ダンジョンマスターは人族からすれば身近に存在する敵対すべき相手だ。ガラグラッタ君は一度、人間と敵対関係になったうえで、人と自分との違いをしっかりと知るべきだよ」

「……サンゲラ兄上、分かりました。母上、心配しないでください。私は確かに、人のすべてと敵対するべきではないと思っています。ですが、母上のお体が治せるかもというのであれば、そこは間違えません」


 ガラグラッタ兄上の返事に、サンゲラ兄上は満足そうに頷いた。


「……これは独り言だが、クライブ君の攻め込んでいる大陸に君のダンジョンを選んだ。人間の冒険者によって以前攻略されたダンジョンの跡地だ。もしクライブ君が助けが必要になったら、君がダンジョンの魔物を操って彼に加勢するのもいいだろう」

「サンゲラ兄上っ!」


 ガラグラッタ兄上が顔を上げる。


「私に、そのような機会を与えてくれるなんて……ありがとうございます」

「ガラグラッタ、優しくも強い我が子……もっとよく顔を見せておくれ。抱きしめさせておくれ」

「母上」


 サンゲラ兄上からダンジョンコアを受け取ったガラグラッタ兄上は、母の優しい胸に抱かれて、少し恥ずかしそうにしていた。

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