星間移民計画用先行調査艦型『ダンジョン』ヘンリエッタ

てぃる

愛する母との謁見

「ブヒッ。ったーくよー。便所にいくのにも億劫なのに、なんでこんな場所まで来なきゃいけねーんだブ」


 心底面倒臭そうに、肌色の丸い物体に手足がついたような訳の分からない生き物。一応あれはオークだ。オークロード。

 オレの兄上の一人、モルボラがブヒブヒ言っている。


「貴様、母上に呼ばれたのにその態度はなんだ。それに従僕がいないと移動できないとは……前よりも更に太ったのではないか?」


 そう注意するのはもう一人の兄上、灰色の毛の生えた犬の体から、ケンタウロスのように人の体が伸びたガラグラッタ兄上だ。実際にガラグラッタ兄上はヘルハウンドという犬型の魔物とケンタウロスのハーフである。

 椅子に座れない人だけど、その立ち姿はいつも武人然としていて恰好いい、頼れる兄上だ。


「オレ様は食えば食う程強くなるからいいんだよぉ、ブー。太ったんじゃなくって強くなったってことだろーブヒ」

「いや、さすがに部屋からここまで歩いただけで汗だくなのは……」

「ああ!? んだよ面倒くせー、兄ちゃんまで文句言うのか?」

「……私以外にも注意を受けたのなら改善しなさい」

「ぶっひっひっ、無理っブ!」

「モルボラ兄上、ガラグラッタ兄上にそんな言い方は」

「ああ!? うっせーぞ! 人間の分際で!」

「っ!」


 モルボラ兄上の言う通り、オレは人間だ。魔王である母から生まれた、知恵を持ち言葉を操れる希少な子の一人。それなのにオレは、人間だった。


「やめよモルボラ。弟をないがしろにするような発言は許さん。それにグレンは人族だけでなく魔族の血も受け継いでいる」

「ぶひっ、面倒くせぇ。結局脆弱な人間の子と変わんないだろーが。メスみたいな顔しやがって」


 話すのも面倒と言わんばかりに、モルボラ兄上がお菓子に手を伸ばす。

 指摘された通り、魔族の血もオレには流れている。

 おかげで体の成長は早くない。人の子でいうところの、十二、三歳前後の体。兄上達のような威厳のある姿ではない、未だに少年の域を出ない小さな体。

 誇らしいことではあるのだが、母上譲りの顔立ち。使用人達には将来美人になると言われているが、美人と言われるよりも格好いいと言われたい。

 黒と紫の中間色の髪も母上譲りだ。周りが伸ばすべきだと言うので腰くらいまで伸びている。これも男らしくない。

 ……要は、女顔なのだ。


「ねえ、それよりもさー。お母様がウェロを呼んだ理由って誰か聞いてるー?」

「聞いてはいないが……ウェローナ、服はどうした」

「濡れるからきなーい。大体ガラグラッタお兄ちゃんだって下半身裸じゃーん」


 いや、下半身部分は犬だぞ?


「上半身には服を着ているだろうが。大体お前は女の子だろうに。まったく嫁入り前の娘が……はぁ」


 能天気な声を出すのは、オレ達の妹でマーメイドのウェローナだ。彼女は陸上で移動ができないので、常に自分の体を覆える大きさの水の球を魔法で生み出して、そこに入っている。

 水色の長い髪の毛で色々と隠れてはいるが、我が妹ながらなんとも恥ずかしくて煽情的な姿である。


「ウェロ、ガラグラッタ兄上の言う通りだよ? ここには家族しかいないけど、普段からそういった格好でうろつくのは……」

「だって濡れるじゃん? お母様だっていいって言ってくれてるしー」

「いいじゃねーか、ウェローは可愛いんだ。眼福だ眼福」

「妹をそのような目で見るんじゃない」

「ぶひぶひ」

「しかし、オレ達しかいないのも気になるね。他の兄弟達は?」

「ああ、こういう場にクライブ兄様が呼ばれないのも珍しい」

「クライブ兄上は人間の大陸を攻めている最中だからじゃないですか?」


 そう。オレ達は魔王である母から、この謁見の間に集合するように呼び出されたからここにいる。

 先ほどまで開いていた扉も、モルボラ兄上が入ってきた段階で閉じられてしまっていて、門の前には母を守る近衛の悪魔が既に鍵をかけていた。

 気にしていると、謁見の間の横の扉の奥から、カツンカツンと複数の足の音が聞こえてくる。

 どうやら母のお出ましらしい。ってことは、他の兄姉達は呼ばれていないようだ。


「ウロリアンナ魔王陛下がいらっしゃられます。皆様、頭をお下げください」


 母の執事をしている悪魔が僕達に声をかけた。その声に合わせてオレは跪いて頭を下げる。

 モルボラ兄上はそんな芸当ができないほど肥えているから尻から座ったままだ。

 ガラグラッタ兄上は四本の足を畳んで頭を下げ、ウェローナは水球から上半身だけ出して両手で顎を支えている。

 ま、まともに跪ける人が今日はいないな。


「我が子達よ。よく集まってくれた」


 一際豪華な扉が開かれると、母の登場だ。 先端の鋭い複数本ある足が、魔王城の床をコツコツと叩く。

 美の化身とも思える整った顔と体を持ち、職人が一本一本丁寧に磨いたかのような闇色の黒く長い髪。そして鋭い牙と足を持った蜘蛛の下半身。

 我らが母にしてアラクネ種の魔物の頂点。魔王ウロリアンナ様の登場である。

 母の言葉に僕は頭を上げる。


「ああ、愛しいわらわの子供達。顔も上げておくれ。今日も元気なそなた達の顔を見れて、わらわは幸せじゃ」

「我々兄弟も、母上の美しい顔を見れて幸せにございます」


 この中では一番上の兄、ガラグラッタ兄上が代表して返事をした。


「うむ、ガラグラッタよ。いつにも増して毛並みが良いな」

「母上の眼前に立つ者として、当然のことです」

「うむ、良い心がけじゃな」


 ガラグラッタ兄上と話した母上は、次にモルボラ兄上に視線を向ける。


「モルボラよ、お前はまた腹が出たのではないか?」

「ぶひっ」

「きちんと言葉をしゃべらぬか。だがわらわはお前がたくさんご飯を食べる姿が好きじゃぞ」

「ぶ、ぶふ、お母様、ありがとうございます」

「ふふ、存分に力を蓄えるのじゃぞ。お前はオークロードなのじゃからな」

「はいぶひっ」


 ついでお母様が僕に視線を向ける。


「ジャールマグレン、お前は本当に可愛らしいの。まったく、いつ見ても頭からかじりつきたくなる」

「お、お母様、お戯れを……」


 実際に寝ぼけた母上に頭から齧られそうになったことがあるから怖い。


「ほっほっほっ、冗談じゃ冗談。お前も随分魔力が成長してきたようじゃ。わらわは母として鼻が高いぞ」

「ありがとうございますっ、お母様のお力を少しでも継げれたと思うと、嬉しく思います」

「うむうむ。お前には他の兄弟に無い才能がある。わらわはお前に期待しておるのじゃ」

「はいっ! 精進いたします」


 母に褒められるのは、やはり嬉しい。


「ウェローナ、ほんの少ししか離れていなかったのに、また美しくなったのではないかえ?」

「お母様こそ! 一昨日会った時より髪が輝いてるわ!」

「整髪料を変えたのじゃ。お前にも後で分けてやろう」

「ほんと!? お母様だいすき!」


 ウェローナは水球ごと母に飛びつき、母の上半身部分に抱き着いた。

 雑に抱き着いたように見えて、母を濡らさない様に水球をしっかり制御しているので安心だ。

 もっとも母はその程度で怒ったりはしないが。

 母はウェローナの抱擁をしっかり受け、愛おしい娘だと頭を撫でる。

 ああ、しばらくこの時間は続くな……そう思っていたら、母の入ってきた扉からキコキコと音がしてきた。

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