32.ライカの気づき:魔力の目覚め

「ライカ、ちょっと目をつぶって」


「ひぇ、はい? えぇえええ」


 森の中で、お師匠様は唐突にごっつんこをしてくれる。

 私はお師匠様のかわいらしい顔立ちや、長いまつげにどきまぎしてしまい、軽く悲鳴をあげてしまう。


「ライカ、自分の内側に流れてくる熱に注目して」


 いけない、いけない、これは訓練なのだ。

 お師匠様のお顔に緊張しているわけにはいかない。

 気を取り直して呼吸を落ち着けていると、驚くようなことが起こる。


「ひゃ、ひゃい……。ええと、この温かいのですか?」


 体の中にぽかぽかと熱がこみ上げてきたのだ。

 最初の内はかすかに感じられるぐらいだったのが、次第にその波は拡大していく。


 私は知らなかった。

 私の体の中にこんな感覚があるんだなんて。

 ぽかぽかと温かくて、少しだけ眠くなってしまう。

 それはきっと、お師匠様の優しい声のせいだとは思うけれど。


「じゃあ、その温かいものが耳に集まってくるのを感じて……」


「あっ、もっとよく聞こえるようになりました! すごいです、マンドラゴラの呼吸音が聞こえます!」 


 お師匠様のガイダンスに従うと、マンドラゴラの寝息が聞こえてくる。

 いくら私の耳がいいとはいえ、ここまで微かな音が聞こえることはない。

 すごい、すごいよ、これって魔法みたいなものだよね。


 私は居ても立っても居られなくなって、大きな声をあげてしまう。


 すると、お師匠様は笑って、「これが魔力ってもんだよ」って教えてくれた。


「こ、これが魔力……」


 私は感動して、胸が熱くなるのを感じる。


 今までの人生で魔力を感じたことなんかなかったのだ。

 

 これはつまり、私にだって魔法が使えるかもしれないっていうことかもしれないし!


「面白いでしょ?」


「はい! 面白いです!」


 一人で勝手に感動している私は傍から見ればバカみたいかもしれない。

 魔法を使える人からしたら、低レベルだなんて思われるかもしれない。


 だけど、お師匠様は一緒に喜んでくれた。

 

 その笑顔はとっても素敵で、私はそれだけで救われた気分になる。

 

 そして、お師匠様の言葉の真意が分かるのだ。

 魔法を誰かと比べるんじゃなくて、面白いって思うことが大切なんだってことが。


 思えば私はいつだって比べてきた。

 魔法学院でずっと誰かと比べられてきたから、それが癖になってしまったんだろう。

 そして、植え付けられた劣等感を無意識に振り回してきたのだ。


 だけど、その枷は今日、この日で外れてしまった気がする。


「お師匠様ぁああ、ありがとうございますぅううう」


 不覚にも泣きだしてしまう。

 まだ依頼が完全には終わっていないというのに。

 


 私は自分の内側に魔力が流れていった今日の日を忘れることはないだろう。

 ごっつんこしてくれた、お師匠様のおでこのかわいらしさも。

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