第4章 賢者様、大臣の手下をいつの間にかやっつけて、さらには古巣を崩壊させます
42.賢者様、ついにあの野望を発露させる
「我が柴犬族の英霊たちよ、我に魂の回転をもたらし邪悪なるものを打ち倒せ、柴ドリルぅううううう!」
今日も今日とてライカの訓練である。
先日、ライカはついに魔法の能力を開花させた。
ドリル魔法を開発し、敵のモンスターをやっつけたのである。
これで彼女もいっぱしの魔法使いかなと思っていたのだが、さにあらずだった。
なんと、あれから練習するも一切、発動しないのである。
犬魔法を理論化したい私としては彼女に頑張ってもらいたいのだが、うんともすんとも言わない。
単に彼女が「しばどりるぅううう!」と叫びながら回転ジャンプするのを応援するという、素っ頓狂な場面を小一時間ほど続けるだけだった。
「ひぃひぃ、出てきませぇん……」
肩で息をしながらへたり込むライカ。
彼女の底なしの体力でも、さすがに絶叫し続けるのはこたえたようだ。
私はとりあえずお水をもってきてあげる。
「どうして出てこないんですかねぇ。私、体調は万全なんですけど」
「おかしいね。もしかしたら、発動条件があるのかなぁ」
動いてダメなら考えてみろ、である。
私たちは彼女が魔法を発動させた場面を思い出すことにした。
私が思うに獣人の魔法は想像力と大きく関係している。
魔法を放つときにどんなことを想像していたか、どんな思いを感じていたかはとても大事な要素なのだ。
「あの時は雨が降っていて、体が濡れて、ぽんちゃんが自分に降りてきたみたいな、そんな感じでしたね」
「……今日は?」
ライカはあの時のことをしっかり覚えているようだ。
そう、彼女が小さいころに家にいたペットの様子を魔法で再現したのが、ドリル魔法の開発経緯だったはず。
要はそれを頭の中に思い描いていればいいのだ。
今日だって、それをしてるはずなんだけどなぁ。
「今日はとにかくかっこよさ重視です」
「……かっこよさ重視!?」
予想外の返事が返ってきて戸惑いを隠せない私である。
どおりで英霊がどうのとか、邪悪な敵をとかどこかで聞いたようなかっこいい文句が並んでいたのだ。
「はいっ! 自分がいかに歴戦のツワモノであるかを表現しています!」
しかも、この子、目をキラキラさせて、めっちゃくちゃいい返事をするのである。
その笑顔があまりにもまぶしくて叱ることさえ憚られる始末。
「……あのね、ライカ。いったん、見た目とかそういうのは置いておこう。まずは基本に忠実に、魔法を発動するイメージをしっかりすること! いいね?」
とりあえず、こんこんと諭すまでである。
どうもいまいち、イメージから魔法に変換するっていう図式がわかっていないようだ。
そりゃあ普通人の真似をしたい気持ちもわかるけどさぁ、物には順序があるわけで。
「えぇえ、だってぇ、お師匠様の魔法は【午前一時の運動会(ミッドナイトエンジェル)】とか、【聖☆頭突き(ホーリーヘッド)】とか、かっこいいじゃないですか! 冷静になって考えたら、私の柴犬ドリルってイマイチですよ?」
「ぐっ……、それは……それで……尊いものだよ? 柴ちゃんのドリルだよ? 色使いもかっこいいよ?」
ライカが突然の反論をしてきやがるので言葉につまる私。
確かにライカのドリル魔法は身体強化の初歩であり、高速回転を補助するだけである。
仕留めたのもスライムだけだし、その威力はわからない。
だけど、純粋な獣人が魔法を使えただけですごいことなのだ。
自信をもってもらいたいよ。
「ふふふ、お師匠様にそこまで言ってもらえるなら頑張ります!」
とはいえ、私の苦し紛れの一言が彼女をやる気にさせたようだ。
さきほどまでちょっと曇っていたライカの瞳は再びキラキラし始める。
彼女はやにわに立ち上がると、魔法の特訓を再開すると言い出す。
「よぉし、我が左手に宿る疾風の血族たる我が柴犬の祖霊たちよ、我、ライカ・ナッカームラサメの名前において命ずる、しぃいいばぁあああ……」
「すとぉおっぷ! だから、それを止めれってば!」
しゅばばっとポーズをとって、詠唱らしきものを始めるライカ。
こいつ、全然、わかっていなかったのである。
ええかっこしいの雑念の塊である。
私はそれから手取り足取り、イメージの力について説教することになった。
結果、私も彼女のドリル魔法を模倣することになり、ここに猫ドリルなる魔法が生まれたのだった。
かなりの回転技であり、邪悪なモンスターのどてっぱらに穴ぐらい空きそう。
だけど、名前だけだとかっこよくないかもなぁ。
ライカの言うとおり、テンションが上がる名前も必要だよね。それには同意。
「よぉし、分かった。……無敵のってつけるのはどうだろう?」
「か、かっこいい……!」
ドリル魔法は犬や猫が首を高速回転する様から着想を得ている。
この高速回転とは凄まじいもので、その時の犬猫の頭は何人(なんびと)であってもとらえることはできない。
迂闊にも手を差し出そうものなら、びしびしと耳があたって手が吹き飛ぶ。
耳の長い犬の場合、ムチで打たれたようなショックが走ることもあるだろう。
すなわち、ドリル状になることで触ることのできない無敵状態を形成するのだ。
「うふふ! これで私も一人前ですねっ!」
大喜びするライカである。
そうなると私の猫ドリル魔法は、無敵の猫ドリルってことになるのか。
ま、いいけど。
「我が祖霊よ、我にその無敵の回転を貸したまえ! 無敵の柴ドリルぅうううう! ……で、できませぇん」
しかし、またもや失敗である。
彼女の体に魔力が充満しているのは感じるものの、やはり名前だけでは不十分らしい。
もっと詳細に、もっと解像度を高めて、あの時のことを思い出さなきゃいけない。
「そう言えば、雨がふってたよね、それがヒントかな?」
「雨ですかぁ? 雨、雨、ぐぅむ……」
当時のことを思い出すと、やはり雨が手がかりであるかのように思う。
その日は朝からにわか雨が降っていたのだが、その頃からライカの様子が変だったのだ。
「ふぅむ、一旦、降らせてみよっか?」
そういうわけで私は雨魔法【
猫は雨が降りそうになると顔をこすりこすりとやる。
これを逆手にとって、私が顔をこすりこすりとやると雨が降るというのがこの魔法だ。
魔法を発動させると、ざぁああああっと雨が降り始める。
「ひえぇええ、私だけに降ってるんですけど!?」
ライカはひどくびっくりしているけど、そりゃそうだ。
私は濡れるのが嫌いである、猫っ毛で髪が広がるし。
さぁ、ライカ、思う存分、思い出しちゃおう!
「お師匠様、思い出しました! あの時、頭の耳に雨が入りそうだったんです。そしたら、無我夢中でしびびびってなってたんです!」
雨に濡れること、2秒。
わずかな時間でライカの記憶が動き始める。
そう、彼女はあのドリル魔法を発動させるときに、犬が耳に水滴が入った時の様子をイメージしていたのだ。
確かに耳に水が入ったら、首を振りまくるよね。私でもそうする。
「それだよっ! それをイメージするんだよっ! 何なら、雨を耳にいれちゃいな!」
「えぇえ、これをですかぁ!? ひっ……でぇりゃ、無敵の柴犬ドリルぅううう! ……できましたぁ!」
私の説得に応じ、ライカは耳を雨粒にかざす。
すると、どうだろうかすぐさまドリル魔法が発現するではないか!
彼女の背後には、大きな柴犬様が現れて首を振る。
英霊なのか祖霊なのか知らんけど、すごい。
首を貸せって表現は正しいのかどうかわからない、
だけど、それはそれは大層素敵なドリルだった。
ただし、雨粒を思いっきり私に飛ばしてくれたのは頂けなかったけども。
◇
「それじゃ、ライカ、冒険者ギルドにいくよっ!」
「はいっ!」
そんなこんなでライカとの朝の訓練は終え、私たちは冒険者ギルドに向かうのだった。
向かうのはもちろん、『初級者向け依頼』と銘打たれた掲示板である。
けっこうFランク生活も板についてきた私達なのである。
「こ、こりは!」
そして、私は発見したのだ。
ダンジョン調査(補助)と書かれた依頼があることを!
「だ、だ、ダダンダンダダン、ダンジョンの依頼だぁああああ!」
もんのすごく噛んでしまう私。
そりゃそうだ、私の血がたぎり、鼓動が早くなる。
そう、これならば体験できるかもしれない。
Fランク冒険者がダンジョンに置いてけぼりを喰らう、あれを。
「……お師匠様、顔、怖いですよ?」
ほくそ笑む私を前に、ライカの顔はひきつっていた。
【賢者様の猫魔法】
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