40.マッド魔術師のジャグラムさん、アンジェリカのせいでひどい目に逢う

「ぐはははは! うまくいったぞ!」


 ここはランナー王国の片隅にある、邪悪な瘴気を放つダンジョンである。

 その奥に居室を構えるジャグラムは大笑いをしていた。


 この男、禁忌に触れる魔法実験ばかりを繰り返し、宮廷魔術師の閑職に追いやられた要注意人物。

 しかし、大臣の計画がことごとく失敗しているとの噂を聞きつけ、古巣に戻ってきたのだ。


 彼は大臣に多額の予算を請求すると、これまでに温めていたとびきりの計画を実現することにした。

 その名も、スライム倍々計画。

 一定時間を過ぎると、倍に増えつづけるスライムを開発するという計画である。


 彼の計算では一日もすれば、丘一つが埋め尽くされ、一週間もすれば国全体がスライムで覆われることになる。


 スライムは典型的な雑魚モンスターである。

 力も弱く、防御力もないに等しい。

 しかし、それでも増え過ぎれば危機を引き起こす。

 特に農地のことごとくを破壊し、ワイへ王国の食料生産に多大な悪影響を及ぼすだろう。


 増え過ぎたスライムを駆除するには、1つの方法しかない。

 それは分裂の源泉となるコアスライムを討伐すること。

 とはいえ、数千・数万のスライムの中から核となるスライム、コアスライムを発見するのも不可能だ。


 つまり、ジャグラムの考案したこの作戦は完璧なまでに破壊的なのである。

 ワイへの冒険者たちや兵士たちを崩壊するのではない。

 ワイへという国自体を崩壊させるのだ。


「ふはははは! これで私も再び、四天王だ!」


 この作戦の成功をもって、宮廷魔術師に返り咲ける。

 ジャグラムはそう喜ぶのだった。

 


「よし、これをさっそく放ってこよう」


 ジャグラムはそのスライムを魔法袋に入れて、ワイへ王国のとある丘を目指す。

 そこは牛を放牧しているような、牧歌的な風景が広がる丘陵地帯である。


 誰もが心が和むような場所をスライムがめちゃくちゃにする。

 そう思うと、胸がワクワクしてくる。

 そう、このジャグラムという男も、れっきとした性格破綻者なのだった。

 まったくもって大臣は素晴らしい人材ばかりを集めている。





「ぐははは! スライムの海のようだっ!」

 

 スライムを放った次の日、ジャグラムは大笑いをしていた。

 彼の狙い通り、スライムが増殖し、丘を埋め尽くしているからだ。


 騒ぎを聞きつけた冒険者たちが駆除を行っているようだが、スライム退治など三下のやることである。

 増えすぎたスライムの前では手も足も出ず、疲弊して休憩を取る始末。

 彼は隠ぺい魔法を使いながら、邪悪な笑みを浮かべるのだった。


「な、なんだこれは!?」


 異変に気づいたのはその日の午後のことだ。

 スライムが思ったよりも増えていないのである。

 いや、場所によってはスライムの数が減ってさえいる。


 いくら冒険者が範囲魔法を使ったからと言って、こんなことができるとは思えない。

 しかし、せっかく増殖したスライムの数が減りつつあるのは事実だった。


 もしかしたら、実験が上手くいかず、増殖のスピードが低下したのかもしれない。

 あるいは、凄腕の冒険者が現れて、スライムを攻撃しているのかもしれない。


 ジャグラムは耳ざとい男であり、スライム始末人(スレイヤー)の噂も聞き及んでいた。

 スライムとあらば地の果てからでもやってきて、手当たり次第に踏みつぶす輩である。

 普段は兜をかぶっていて、素顔を見れることさえまれだと言われていた。


「くそぉっ、かくなる上は! 奥の手を使ってくれるわ!!」


 ジャグラムは目を見開き、とっておきの術式を発動させる。

 それはスライムをすべて合体させる、魔物の融合魔法。

 その目的は、巨大なスライム、通称ギガスライムを作り出すことだった。


 ギガスライム。

 その見た目は巨大なスライムそっくりながら、強力なモンスターとして知られていた。

 限りなく貪欲なことで知られ、草木のみならず、家畜や人間、あるいは街さえも飲み込んでしまう。

 様々な条件がそろわなければ発生しないモンスターながら、十数年に一度は生まれ、災害をもたらす。

 過去に大陸の東に現れたギガスライムは一国の首都をほとんど壊滅寸前にまで追い込んだという。

 もっとも、その時は勇者を名乗る冒険者たちの活躍で事なきを得たのだが。


  

「くかかかっ! ギガスライムでワイへの王都をそのまま滅ぼしてくれよう!」


 ジャグラムは得意のモンスター合成魔法を通じてギガスライムを作り出す。

 そして、その真ん中にコアスライムを配置し、ギガスライムを操ることができるようにするのだった。


「ふははは! 良い眺めだ!」


 彼はコアスライムと視覚を共有し、冒険者たちが逃げまどうのを嘲笑う。

 おあつらえ向きに雨まで降ってきて、スライムが活動するには最適な環境が整った。


 計画では1週間で王都を落とす予定だったのだが、このまま攻め込んでしまおう。

 ギガスライムを操るジャグラムはまるで魔王にでもなったような気分になっていた。


 しかし、ここで予想外のことが起こる。


「な、な、なんだぁああああ!?」


 城ほどの大きさのあるギガスライムが浮いているのである。

 何かと思えば、猛烈な風が吹いてきているのだ!

 突発的な暴風に巻き込まれたギガスライムはぐるんぐるんと回り始める。


「うわぁあああ、目が回るぅうううう!?」


 ジャグラムはコアスライムと視界を共有しているため、手ひどい目に遭うことになる。

 しかも、彼の災難はこれでは終わらない。


 暴風の中、黒い雲が現れて、雷を発生させるではないか!

 どぉん、どぉんっと雷はギガスライムの体に直撃し、その電撃はどういうわけかジャグラムの体にまで伝わってくる。


「ぬぉおおお? ね、猫の声が聞こえてくるぞ!? 私の頭がおかしくなったのか!?」


 そのショックはジャグラムの精神を崩壊寸前まで追い込むのだった。

 もっとも彼の聞いた猫の声は幻聴でもなんでもなく、リアルにアンジェリカが引き起こしたものだったのだが気づくことはない。


 彼は高速で回転する視界の中で、無限に続くのではないかという苦痛を味わうのだった。

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