25.賢者様、ライカの『爆裂魔法(魔法じゃない)』を喰らって絶句する。しかし、魔法教育の手がかりをつかんだようです

「ライカ、イメージするんだ。君の内側にある野性の本能を思い出すんだよ!」


 今日も午前中はライカの魔法の特訓である。

 私はこの間購入したぬのの服を着て、訓練に臨む。


 一つ分かったことがあるのは、この服、すっごく動きやすいってことだ。

 当たり前って言えば当たり前だけど、布ってすごい。


「思い出せって言われても無理ですよぉ。私、そんなに野性児みたいな育て方をされてませんものぉ。ペットもいませんでしたしぃ……」


 ライカはいまいちコツを掴めないらしい。

 きゅううんと泣く様にはちょっとだけ哀れになる。

 

 ライカは剣聖さんちの家系に生まれており、正真正銘のお嬢様なんだよなぁ。

 見かけはほわぁああっとしているけど、いいお家の出なのだ。


 野性の本能なんていう表現がダメなんだろうか。

 ふぅむ、それなら何ていえばいいのか。

 野良犬の本性?

 孤狼の血?

 どちらにせよ、ちょっと失礼な気がする。



「そんなことよりお師匠様! いっきますよぉお、炎の矢じりよ敵を貫け! ファイアーアロー! ……あれ? おかしいですね」


 ライカは私のアドバイスを完全に無視して普段通りの詠唱を開始し、失敗する。

 ふぅむ、魔法学院で学んだことがあまりにも強く影響しているようだ。


「ふぁいいいやああぁあああろおぉおおおおおわぁおおおんっ!」


 しまいにはほとんど叫ぶみたいになっているが結果は同じ。

 っていうか、大声ならどうにかなるみたいなもんじゃないぞ、魔法っていうのは。


「あいたっ!?」


 しかも、入れすぎた気合で体のバランスを崩して転んでいるし。

 膝のあたりに擦り傷を作っちゃったらしい。


「ありゃりゃ、痛そうだね。回復魔法かけたげよっか? それとも回復薬がいい?」


 ライカの膝には血がちょっと滲んでいた。

 地味に痛いんだよね、こういうの。


「ありがとうございます! でも、こういうのすぐ治っちゃうんです! ほら!」


 ライカが笑顔で傷口を指さすと、もうすでに傷口は完全に消えていた。

 血が止まるどころじゃない。

 傷がまるごと消えていたのだ。


「な、なんなんだこりゃ。ライカって、未知の生物かなにかなの?」


 夢を見ているような気分である。

 まるでトロールとか、そういう化け物みたい。


「えへへっ、そんなに褒めないでくださいよっつ! お師匠様っ!」


 未知の生物っていう表現を素直に褒め言葉として受け取とるライカ。

 よし、素直なことはいいことだぞ。


 ライカは極端な例とはいえ、獣人は普通人とは体のつくりが違うのも事実なのである。

 これは普通人とは魔力の働き方が違うからではないかと私は予想している。


 獣人に魔力がないわけではない。

 ただその循環の仕方が異なっているというわけ。

 だから、何かきっかけさえあれば魔法が使えるようになるはずなのだ。


 きっかけ、きっかけねぇ……。


「そっか、身体操作魔法ならライカに向いてるかもしれない!」


 私の頭に浮かんできたのは、これまでのような外部に発露する魔法ではなくて、自分の体に直接干渉するための魔法だ。


 いわゆる、バフ魔法って呼ばれる類いの魔法である。

 私の場合だと、午前1時のミッドナイト運動会エンジェルなんかがこれにあたる。


「えぇ~、私、もっと派手なのが好きなんですけどぉ。ウインドブラストとかぁ、ギガフレアとかぁ」


 とはいえ、ライカは気に食わない顔。

 魔法使いと言えば、風ばびゅんや爆炎どかんの攻撃魔法ってイメージがあるのは分かる。

 だけど、身体強化の魔法の方が本当はよっぽど使い勝手がいいのだ。


 この間の盗賊の時もそうだけど、屋内で爆炎魔法なんて使えないからね、普通の人は。



「ライカ、何でも言うこと聞くんでしょ。これができたら、目玉焼きを一つ増やしてあげるから」


「んぅうううう! 頑張ります!」


 私の説得が功を奏し、ライカはやっとやる気を見せる。

 この子は基本的に食べ物で釣るに限る。


「よぉし、そんじゃまずは自分の内側にある魔力をイメージしよう。胸の真ん中がぽかぽか熱くなるイメージで」


「魔力? 魔力をイメージすればいいんですね?」


 そんなわけで五歳児に魔法を教えるのと同じところからのスタートだ。

 一番大事なのは魔力を感じること。

 それさえできれば、体のあちこちに集中させることができるのだから。


「うぎぐぅるぅううううう」 


 ライカは拳をぎゅうっと握って、唸り声をあげる。

 目はほとんど白目をむいており、やばい病気にでもかかったのかと思ってしまうほどだ。

 しまいには上半身が膨張して、あわわわ……


「あいだっ!?」

 

 なんということでしょう。


 ばつんっなどと音を立てて、彼女の服の胸元のボタンが私の額に直撃するではありませんか。

 ボタンがお胸の圧力に勝てなかったのだ。


 くっそぉ、なんて暴力だよ、肉体的にも精神的にも響いたよ。こんちくしょう。

 ボタンが飛ぶなんて都市伝説だと思ったのにぃ。


「お師匠様、今のっ、今のって魔法ですよねっ!? 爆裂魔法ボタンバースト!」


 ライカは何を勘違いしたのか、やったやったと大喜び。

 違う、断じて違う。


 胸を膨張させて服を弾けさせる魔法なんて聞いたことない。

 そんなんできるんだったら、私がやってるに決まってるじゃないの!

 そりゃもう常時発動させたいぐらいだよ。


「えぇえええ、ほとんど魔法だったと思うんですけどぉおお」


 ライカは私に抗議してくるけど、断じて認められない。

 うぅうう、魔法を教えるのがこんなにも難しいとは。

 まずは魔力を感じさせるところからだなぁ。


 何かきっかけがあればできると思うんだけど。


 そんなところで、私はとりあえず朝の修行を終えるのだった。

 さぁ、お昼からは楽しいFランク生活を始めるよっ!

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