24.ジャーク大臣の悲劇と野望:錬金術師レイモンドの企み、みごとに失敗する。しかし、しかし、次の企みがスタートします

「呪いこそ至高! 呪いこそ最強の魔法なのだっ!」


 呪い、それは甘美な響き。


 呪いを受けた人間はその力に反することはできず、奈落の底に落ちていく。


 呪いとはまさに他者を操る究極の魔法なのだ。


 錬金術師のレイモンドはワイへ王国の武器屋にて、一人、ほくそ笑んでいた。

 

 傍から見れば、黒づくめの男が棚の前でにやついている図である。

 たいそう、怪しく不気味に見えるし、お近づきになりたくない様子だろう。

 だが、今は朝の十一時。

 武器屋がオープンした直後で、ほとんど客はおらず、したがってレイモンドを不審に思うものはいなかった。


 何たる悪運の強さである。

 あと数時間遅ければ、通報されてもおかしくはない。


「くくく、まずはこれに呪いをつけてやろう」


 彼は魔法使い用のワンドを棚から取り出して、ほくそ笑む。

 彼の開発した、呪いを付与する魔道具を使う時が来たのだ。


 その魔道具の名前は東方の呪刻印グラッジスタンプ、平たく言えば呪いのハンコのようなものである。


 様々な魔物の素材と高度な術式を組み合わせて生まれた、文字通り規格外の魔道具である。

 

 レイモンドはこれの製作にあたって大臣から非常に高価な魔石を預かっていた。

 魔石とは大量の魔力を蓄えているもので、モンスターから入手することができる、この世界では様々に利用されている代物だ。


 彼が預かっているのは折り紙付きの超高級魔石であり、それを魔道具のエネルギー源として使うことで、高度な魔法を発動できるのだった。



「目障りな冒険者どもを駆逐してやるわ!」


 レイモンドはにやつきながら、呪いを塗布していく。

 

 その呪いにかかったものは、自我を失い、自分の体力と魔力が尽きるまで暴れ続ける。

 冒険者の多くが暴れだした暁には、王都は混乱のるつぼに落ちることになる。

 しかも、呪いの発動には遅延効果がついているため、気が付いた時にはもう手遅れだ。


 もしも、レイモンドに良心と呼べるものが少しでもあったのなら、その魔道具を使うことに躊躇の感情を覚えただろう。

 

 しかし、彼の性根は腐っていた。

 自分の栄達だけに関心のある彼は、一切の罪悪感を感じないのだった。

 

「人がいないうちに完了させるぞ……」


 レイモンドは魔道具を手のひらにこっそりと忍ばせ、手当たり次第に呪いの効果をつけていく。

 さながら万引きの常習犯のごとく、彼はささっと仕事を終えていくのだった。


「ふふん、このだっさい初級者セットも呪っておこうか」 


 彼の目に留まったのは、いかにも駆け出し冒険者専用とでもいうべき、初心者向けの武器と防具だった。


 こんな物を購入するザコ冒険者が暴れたところで何の意味もない。

 だが、他者をいたずらに不幸に叩き落とすことほど、面白いことはない。

 レイモンドは邪悪な笑みを浮かべながら、呪いをかけるのだった。


 彼は知らない。


 初級者セットに呪いをかけたことで、アンジェリカが一念発起したことなど。





「仕事は無事に完了しました。数日中にワイへの王都は大混乱に陥るでしょう」


「おぉっ、よくやりましたね、レイモンドさん!」

 

 仕事を終えたレイモンドは大臣に満面の笑みで報告をする。

 それを聞いた大臣もまた、邪悪な笑みでもってこたえるのだった。


「それではレイモンドさん、お前の魔道具に使っていた魔石を返してもらいましょうか? あれは非常に高価なものなのですよ。10年は使える代物のはず」


 大臣はレイモンドの仕事が完了したと見ると、すぐさまに魔石の返還を求める。

 この大臣、お分かりのようにケチなのである。


「ははっ……」


 レイモンドはそんな大臣に心底うんざりする。

 特別な作戦を成功させたのだから、褒美として与えても良いだろうに、と。


 とはいえ、大臣の命令は絶対である。


 彼は落ち着いた素振りで、懐に手を入れる。

 確か初心者セットに呪いを刻印した後に、そこに潜ませておいたはずだ。



「あれ? あれ? ……あれ?」


 しかし、見つからないのだ。

 入れておいたはずの魔道具が完全にどこかに行ってしまっている。


 レイモンドは青い顔をしながら、バッグをひっくり返し、ポケットを裏返しにする。

 それでも出てくるのは小銭や紙切れといったものばかり。

 なぜだかクリップのようなものまで出てくる始末。


「だ、大臣様、じ、実は、その、ええぇと、……落としたようです」

 

 先ほどまでの自信満々な顔はどこへやら。

 レイモンドは泣きそうになりながら、大臣に正直に紛失したことを伝えるのだった。


「な、なくしたですってぇえええ!? ふざけるなっ! 探してきなさぁああい!!」


 大臣は激昂し、大声を張り上げる。

 レイモンドは涙目になりながら、一番最後に魔道具を取り出した武器屋まで走るのだった。



「ひぃひぃひぃ、何ということだ。冷静な私としたことが、なんたる失態……」


 レイモンドは慌てて馬を走らせ、ワイへの武器屋に舞い戻る。

 自分が呪いを残してから、数時間が経過していた。


 そろそろ冒険者が暴れだすはずのタイミングだ。

 自分は確かにミスを犯した。

 だが、それでもワイへの治安が崩壊するのは小気味のいい出来事だった。

 このレイモンドという男、どこまでも卑劣なのである。



「ど、どういうわけだ……?」


 レイモンドはニヤニヤしながら通りに出るが、街は平和そのもの。

 冒険者たちもいつも通り、わいわいと楽しそうに歩いている。

 呪いが蔓延したのなら、こうはならないはずだ。



 彼はいぶかしく思いながらも武器屋に到着する。

 とにかく今は魔道具を回収し、大臣に返却しなければならない。


 彼は目を皿のようにして辺りを探し回るも、魔道具は見つからない。

 店員に恐る恐る尋ねるも、「知らねぇよ」の一点張り。


「な、なに……!?」


 諦めて帰ろうとした矢先、床の隅に大変なものが見つかってしまう。

 それは粉々になってしまった魔道具の破片であった。

 目を凝らしてみれば、大臣から預かった魔石もまた粉々になっている。


 破片はあたりに飛び散り、魔石はもはや再利用不可能なレベルにまで砕かれていた。

 いくら床が石造りになっているとはいえ、魔石は非常に硬い。

 とんでもなく強い力で何度も叩き付けなければ砕けることなどないはずなのだ。


 こんなことができる人間がいるとは思えない。

 だが、起きていることは事実であり、現にそれは破壊されているのだ。


 

 くっそぉおおおお、いったい、どこの誰が、私の魔道具をぉおおおおお!?


 レイモンドは叫びだしたい気持ちを必死に抑え、その場所にうずくまるのだった。


「な、な、なんだ、これは!? 一体どうなっている!?」


 しかも、驚くべき出来事はそれだけではなかった。


 武器や防具にかけた呪いがきれいさっぱり無くなっているのだ。

 呪いの痕跡さえ消え去ってしまっていた。


 彼は混乱で頭がくらくらするのを感じる。


 ついさっき自分が呪いをつけたはずなのだ。

 百近い武器と防具に丁寧に呪いを刻印したはずなのだ。

 

 しかし、目の前の武器も防具も完全に浄化されていた。



「こっ、こんなことができるはずがない!! 聖女でも現れたというのか!?」


 レイモンドはヒノキの棒を手にもって、わなわなと震える。

 彼の頭に浮かんだのは、魔王を封印したとか言う聖女の存在だ。

 

 しかし、大陸の遥か西側で活動しているはずであり、そんな有名人が来たという情報を聞いた覚えはない。


 一体どうして、かけたはずの呪いがきれいさっぱり浄化されているのか? 


 そもそも、自分の高度な呪いをかき消す人物がいるのか?


 聖女であってさえも、そんなことが可能なのか?


 レイモンドは混乱と失意の中、ランナー王国の大臣のもとに帰るのだった。





「レイモンドさん、あなたには失望しましたよっ! 魔道具まで壊してしまうとは! あの魔石はあなたの給料の数か月分にもなるんですよっ!?」


 彼を待っていたのは大臣からのきつい叱責であった。

 大臣はその魔石がいかに高価なものだったのかについて説教をし、レイモンドの無能さをなじる。

 それもそのはず、大臣の前で大言壮語したくせにやったことは魔道具を紛失したことだけなのである。

 呪いの力で追い詰めると豪語していたくせに、その発動すらできなかったのだ。


 これには同僚のカヤックも失笑を禁じ得ない。



「ふくく……、大臣様、次こそは私にお任せください」


 大臣の小言が止んだところで、一歩前に現れたのが魔獣使いのカヤックだった。

 彼もまた先日のキラーベアの一件で、大臣からとがめられた人物である。


「カヤックさん、あなたにまた任せるとでも? 先日のことを忘れたのですか?」


 大臣は相手のミスはねちっこく覚えている嫌な性格である。

 そして、話の文脈とは全然関係ないところで過去の失敗をぶち込んでくるという性分をしていた。

 当然、カヤックの失態についてもつついてくる。



「実は帝国に貸していた私の不死の軍団が帰ってきたのです。ふふふ……」


 しかし、カヤックは大臣の皮肉などびくともしないという様子だ。

 彼は意味深に頷くと、含み笑いをする。


 それもそのはず、カヤックは不死の軍団に絶大なる自信をもっていたのだ。

 彼の率いる不死の軍団とは貪欲極まる化け物の集団である。

 カヤック同様、頭はそれほど強くないが、回復能力に優れ、複数を倒しきるのは熟練の戦士でも困難であると言われていた。

 


「ほほぉ、不死の軍団とは……。いいでしょう、あなたに任せます」


 大臣は不機嫌な顔を瞬時に変えて、カヤックにゴーサインを出すのだった。

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