5.賢者様、泣く子も黙る「推薦状」を見せつけられて、ぐぅの音ぐらいしか出ない

「あっ、そう言えば推薦状みたいなの持っています! これです!」


 このライカという女の子を実力でつまみ出すしかない。

 私が身体強化魔法の詠唱を始めようとした矢先、彼女は懐から手紙を差し出す。


「……推薦状みたいなの?」


 嫌な予感がするが、出された以上は読まざるを得ない。


 その手紙にはこう書いてあった。


『命令書 久しぶりだな! 私の孫娘、ライカを育ててやってくれ。断った場合には私の剣が火を噴くぜ。 剣聖 ライチョウ・ナッカームラサメ』


 大きくて豪快な字で、とんでもない内容。

 なんせ、タイトルが命令書である。


 推薦状ですらないじゃん!



「私の孫、育てろ、火を噴くぜ、剣聖ライチョウ……!?」


 めちゃくちゃな手紙であるにも関わらず、私の背筋には稲妻が落ちてしまう。

 目の前の彼女はあの恐るべし剣聖の孫だということがわかったからだ。


 剣聖のライチョウ。

 私を鍛えてくれた、にっくきクソババアだ。

 あ、いや、訂正。とてもお世話になった大恩人……。


「魔法が使えなくなったらお前なんて秒でゴミ」


 そんなことを言って、私を巨竜の巣に落としてくれたり、断崖絶壁からダイブさせたり、とにかく無茶苦茶な修行方法で鍛えてくれた大恩人(サイコパス)である。



 あんにゃろう、まだ生きてやがったんかい!?


 しかも、あの剣聖は獣人だったはずである。

 柴犬人しばいぬじん族とかいう、名前からして凶暴そうな種族なのだ。


 ……ってことは?



「ふふふ、もちろん、私も獣人ですよっ! 生粋の獣人です!」


 彼女はフードを脱いで頭を見せてくれる。

 そこにはぴょこんと茶色い耳が鎮座していた。


「尻尾もありますよっ!」


 さらにはお尻の方から犬獣人特有の大きめの尻尾もぴょいんと飛び出す。

 うわぁ、ご立派でござる。


「ひへへへ!」


 その尻尾は感情と連結しているらしく、何が嬉しいのか、ぱたぱたうるさい。



 ……なるほど、魔力ゼロとはそういうことか。


 獣人の場合、どういうわけか魔力検定を受けてもゼロとしか表示されないのだ。

 かくいう私も魔力はゼロと判定されてしまう。

 魔法をいくら使っても魔力はゼロ判定なのである。


 気の毒と言えば気の毒。

 だけど、厄介な奴の推薦状を持ち込んできやがったのも事実。



「これで私も弟子になれますね? お師匠様!」


 推薦状を渡したことで安心したのかライカはとても嬉しそうだ。

 確かに彼女の髪の毛の色は、あの剣聖にそっくりだ。

 尻尾や耳の形も同じだし、馬鹿力なのもきっと遺伝だろう。

 

 ええい、ちきしょう、なんで気づかなかったんだ、私。


 この子がヤバいっていうのは、なんとなくわかってたじゃん!

 さっさと爆発魔法でも使って追い出しちゃえばよかったんだよ!

 剣聖の一族なら、爆発させたって死なないだろうし。




 しかし、である。


 手紙を見た今となっては、断ることはできない。

 だって、あの人には恩があるし、おばあちゃんの元同僚だし。


「ぐぅ……」


 奥歯をぎりぎりと歯噛みして唸る私。

 はぁ、引き受けなきゃいけないか……。


 そうだよ、アンジェリカ、プラスに考えるんだ。

 これはチャンスかもしれない。


 ひょっとすると、私みたいに魔法が使えるようになるかもしれないじゃないか。

 私だって他の獣人が魔法を使えるようになるのは応援したいところでもある。


 ただ、この子、頭で考えるよりも、体を動かす方が得意そうなんだよね。

 


「えーと、ライカ君だっけ? 君はそもそも剣聖の一族なんだし、剣の道に進んだほうがいいんじゃないの? そっちのほうが絶対に向いてると思うよ?」


「えぇ、でもぉ、私って魔法使いっぽい雰囲気があるじゃないですか? 剣で戦うよりも、魔法で華麗に敵をやっつけるのが向いてる人なんだと思うんです」


 私が真剣な顔で問いかけるも、ライカはわけのわからん謎理論を持ち出してくる。

 そんな雰囲気知らんがな。

 しかも、疑問形で言うな。

 どっちかというと、魔法使いは一番似合ってなさそうなんだけど。

 

 とはいえ、私には選択肢など用意されていないのだ。



「……しょうがない、入門を許可しよう」


 かくして私はこれからFランク冒険者に戻るっていうタイミングで、弟子をとることになったのだ。


 何でこのタイミングなんだよぉお゛お゛お゛!?


 現実は相も変わらず、全くもって不本意である。

 顔は笑顔だけど、心の中で叫ぶ私。



「やったですぅううう!」


 ライカは無邪気にめちゃくちゃ喜ぶ。

 その笑顔を見ながら、やるせなさにふぅとため息を吐く私。


「これで魔法が使えるようになります! 私、小さい頃からの夢だったんです!」


 弟子入り程度で彼女が涙を流して喜ぶさまはちょっとオーバーにすら感じる。


 だけど、気持ちはわからなくもない。

 私も子供の頃、魔法を使うことに大きな憧れを抱いていた。

 おばあちゃんみたいに魔法で巨大な炎を出したり、氷の柱を出してみたいと思っていた。


 それに、彼女が魔法を覚えたら、これはこれですごいことなのだ。


 私はあくまで<<賢者>>のスキル持ちだし、そもそも人間とのハーフだ。

 それに、おばあちゃんはそれこそ賢者として色んな功績を持っている人物でもある。


 私がいくら魔法を使えても、冒険者の間では


「賢者のスキル持ちだから」


「人間とのハーフだから」


「賢者の血を引いているから」


 なんて魔法が使えてもしょうがないと例外扱いされていた。


 だがしかし、だよ。


 ライカみたいな生粋の獣人が私の指導で魔法を使えるようになったら?


 それも、初級どころか上級魔法まで使えるようになったら?

 

 ……獣人だって魔法が使えると証明できるのだ。


 そしたら、この世界の魔法に革命が起こる。


 魔法の世界に新しい扉が開くことになる。

 その思いつきに少しだけワクワクする私なのである。


「これでもう劣等犬のライカだなんて呼ばせませんよっ! 優等犬のライカになります!」


 ライカはぴょんぴょん飛び跳ねる。

 この子、魔法学院でとんでもないあだ名をつけられたみたいだ。

 

「そうだね、悔しいよね」


 劣等犬なんて、あんまりな呼び名だと思う。

 でも、こういうことは往々にしてよくあることだ。

 獣人(わたしたち)は劣等種なんて呼ばれて、一段低く見られがちなのである。

 しかし、魔法が使えたなら、その嫌な呼び名を覆すことだってできるはず。

 

 もしも私が獣人への魔法教育理論を完成させたなら、私のもう一つの夢である、獣人のための魔法学校を作ることにもつながっていくかもしれない。


 まぁ、今はのんびりしていたいし、ゆくゆくは、の話だけどね。

 でも、その時にはあのアーカイラムとかいうエルフの女をぎゃふんと言わせられるかも。



「獣人のための魔法学院ですか! それは本当に痛快なことですよっ!」


 ライカのおだてる声に乗せられて、私の中でむくむくとやる気が湧いてきたのを感じる。

 うん、Fランク冒険者をしながら弟子を育てるのも悪くないのかも。


「よぉし、ライカ君、一緒に魔法の道を極めようじゃないか!」


「はいっ! 頑張ります! お師匠様!」


 ライカの返事はこれまた素晴らしくハツラツとしたものだった。

 彼女の純粋無垢な瞳に私の中の淀んでいたものが澄み渡っていくのを感じる。


 ふふっ、弟子を取るのも案外、悪くないかもねっ!



「それじゃあ、お師匠様が率いる魔法学院の名前を決めましょうよっ!」


「はぁ!? いやぁ、将来的な話なんだけど」


 私がやる気を出していると、ライカがとんでもないことを言い出す。

 いや、魔法学院って言ったって、校舎だってないし。


「お師匠様がいるところ、常に学び舎ですよっ! 移動式の学校です! よっ、アンジェリカ教授!」


「アンジェリカ教授……、わ、悪くないじゃないか……」


 ライカの言葉に、ぐらっと心が動かされた。

 アンジェリカ教授かぁ、いい感じだよ。しっくりくる。

 おだてに弱いのが、私の悪い所でもある。


「そうですねぇ、将来的には色んな獣人さんが来るでしょうし、学校名は犬猫ケモケモ魔法女学院がいいと思います!」


 ライカは笑顔でなんだかピースフルな名前を提案する。

 なんていうか、動物のお世話のための魔法を学ぶ学校みたいである。

 それにしても女学院って……。

 私は共学でもいいと思うけど。


「と、とりあえず考えとくからっ!」

 

 もちろん、ライカの案を採用するわけにはいかない。


 移動式の魔法学院の設立かぁ。

 確かにそれなら旅先でも教えられるよね。

 考えておこうじゃないの。



【賢者様の仲間】

ライカ・ナッカームラサメ:柴犬族の剣聖の孫。普通にしていれば犬耳と尻尾つきの美少女。彼女の家系は剣の達人のはずだが、なぜか魔法使いを志望している。魔法学院から追放され、賢者のもとに辿りついた。賢者様より身長は高く、なんやかんや大きい。

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