6.賢者様、名前を変えて、ついに野望の第一歩を歩み始めるよっ!

「それで、お師匠様は一体何をされようとしてたんですか?」


 弟子入りを受け入れたライカは目をキラキラとさせて質問してくる。

 その瞳は汚れを知らない少女特有のもので、なんだかものすごく懐かしく感じる。


 ええい、感慨にふけっている場合じゃない。

 彼女の純朴さに心惹かれている場合でもないのだ。


 邪魔が入ったとはいえ、私は自分の野望を達成する一歩を踏み出さなきゃいけない。

 そう、ド庶民モブFランクから再スタートするという野望を実行に移すときなのだ。


 しかし、急遽弟子になったライカにはどう説明をするべきか。

 ぐぅむ、私の苦労は絶対に分からないだろうし。

 身の上話をするのも好きじゃないしなぁ。



「ふふふっ、それならもう伺ってますよ! 私、耳がいいですから、お師匠様のひとりごとがずーっと聞こえてましたもの!」


「げげぇっ!? 嘘でしょ!?」


「がん聞(ぎ)こえですよ! 最初は泣き叫んでベッドで足をバタバタしてましたし、それから突然笑いだすと、冒険者ギルドの水晶玉を出し抜くとかおっしゃってましたし!」


「がん聞(ぎ)こえ!? ……でも、それって三日前のことじゃないの!?」


「三日前から外で待機してました! お師匠様があまりに研究に夢中だったので、お邪魔しちゃ悪いとテント生活してのです! 最後はクマに襲われましたけど」


「うわっ、やばっ!? あんたそれ犯罪だよ、ほとんど!」


「えへへ! 次回からは気を付けます!」


 ライカがまさかなことを言い出す。

 こいつ、家の外で聞いてやがったのだ。


 私が部屋で「うぎぃ~、あんのクソエルフめぇ~!」と絶叫していたことも。

 私が魔王みたいな顔で「ぐははは! あたしゃ世の理を超えたぁああ!」などと笑っていたことも。

 くぅぅうう、恥ずかしい。


「でもでも、別人になるなんてもったいないですよ! お師匠様は獣人でありながら魔法を使える唯一の存在なんですよ! この世界の奇跡です!」


 ライカは真剣な表情で思いとどまるように言ってくる。

 確かに獣人で魔法使いなのは私ぐらいなものだろう。

 

 しかし、私の決意は固い。


 魔力紋を変えて、名前を変えて、スキルも変えて、赤の他人としてスタートするのだ。


「えぇっ、お名前も変えちゃうんですか! 先祖から伝わる大事なものですよ!」


 名前を変えるというと、ライカはびっくりした顔をする。

 そういえば、柴犬人族は家族のつながりが強いと聞く。

 彼女たちからすれば、名前を変えるのはご法度なのかもしれない。


 とはいえ、こっちにも切実な理由があるのだ。


「そりゃあ、そうでしょ。私の名前、アンジェリカ・ロイヒトトゥルム・エヴァンジェリスタっていう名前なんだよ? 目立ちすぎるじゃん!」


 そう、私の名前はとにかく長くて派手なのだ。

 家名がなぜか二つくっついているのもまどっろこしいし。


「かっこいい名前じゃないですか! いかにも、主人公って感じです!」


 ライカは私の名前を褒めてくれる。

 それはそれで嬉しいことだ。

 しかし、だからこそ、ダメなのである。


「今度は地味で目立たないFランクにふさわしいような、シンプルかつモブっぽい、それでいてカワイイ名前にしなきゃいけないわけよ!」


 まず一番大切なことは目立たないことだ。

 目立ちすぎると、私のことを詮索する輩も現れるかもしれない。


 楽しいFランク生活を始めるには名前からして平凡な感じじゃなきゃダメなのである。


 とはいえ、ある程度かわいくないとなぁ。

 新しい門出がゲレゲレとかじゃ燃えないし。


「でっ、でも、いつか心変わりして別のランクに上がるかもですし!」


「ふぅむ、確かに心変わりすることもあるか……」


 ライカはなおも、食い下がってくる。


 しかし、この子の言うことも一理あるかもしれない。


 Fランクに飽きて、ちょっとランクを上げたいなぁって日もくるかもしれない。

 冒険者にはランクごとに様々な楽しみがあると聞く。


 Cランク冒険者になって、後輩の前でイキったりとかしてみたいし。

 Bランク冒険者になって、「ここは私(オレ)に任せて、先に行け!」とかやってみたいし。


 そんな時に、ボロンゴとかプックルとかじゃ、ちょっと格好がつかないかな。

 


 と、いうわけで名前を考えること十秒。

 私の脳裏に素晴らしいアイデアが浮かび上がる。

 


「よぉし、私の名前はアロエに決めた! そこはかとなく弱そうな名前だし、植物系だし目立たなそうだし!」


 アロエ、それが私の新しい名前なのである。

 ふふふっ、この名前には我が一族の深遠なる秘密が隠されている。

 だけれど、それを解ける人物はおるまい。くふふっ、まさに深遠なる叡智。


「さすがはお師匠様です! でも、単にお名前の上の部分を持ってきただけですよね? アンジェリカの『ア』とロイヒトトゥルムの『ロ』と……」


 ライカがまさかの秘密撃破(トリックブレイク)。

 ちっきしょう、この子、頭がよろしくなさそうだったのにどうして解いちゃうの!?


 とはいえ、ここで反応したら正解だと認めたことになる。

 私はコホンと咳払いをして、強引に話題を変えることにした



「えぇっとぉおおお! 次は髪だよ! 私ってほら、正真正銘の主人公属性である緑髪で目立っちゃうでしょ? これも紺色とか、赤茶色とかそういうのにしようと思っているんだ。今流行りのツーカラーもいいかも」


 次に変えるのは、明るい緑色の髪の毛である。

 この髪色はおばあちゃん譲りで、私の二つ名である【新緑の賢者】のもとになった髪色だ。


 髪のケアは大好きなので、自慢じゃないがツヤツヤだ。

 この髪色は正直、ちょっとは気に入っている。

 だけど、緑色の髪って、目立っちゃうでしょ?

 いかにもヒロインっていうかさぁ。うふふ。


「えぇええ!? もったいないですよ、きれいな髪なのに。……でも、緑髪ってそこまで正統派ヒロインじゃなくないですか? ほら、普通はピンク髪とかですし。勇者パーティの聖女様とかすごくきれいなピンクの髪で」


 私がふふんっと鼻をならしたのもつかの間、ライカがとんでもないことをぶち込んでくる。


 うすうす感づいてたよ!

 緑の髪色はピンク髪に統計的に負けてるかもって!

 だからって面と向かって言わなくてもよくない!?


「謝れぇええ、この世界の全ての緑髪に謝れぇえええ! 私だってなんとなく知ってたし、気づいてたし!! それと、あのピンク髪の女のことなど話すなぁあああ!!!」

 

「ひぃいいいいい!? ご、ごめんなさぁあああい!」


 しかも、ライカが例に出したのは、あのにっくきピンク髪の聖女のことなのだ。


 言っとくけど、私、聖女(あのアマ)とは同僚だったけど、そんなに仲良くないからね。

 話題に突如として嫌なやつが出てきたので、思わず我を忘れて声の大きくなる私なのであった。



 ふぅ、私としたことが年下の女の子に翻弄されてしまった。

 いかん、いかんぞ、落ち着かねば。

 これでは禁忌の猫魔法を使う精神状態になれないじゃないか。


 私はオリジナルの猫魔道具、【イライラ解消爪とぎ】を取り出すと、とりあえずガリガリと爪を立てる。

 これは猫がイラッとした次の瞬間、爪とぎ行為を通じてストレスを解消する様をヒントに考え出された魔道具なのだ。


 がりがりがり、がりがり……。


 爪にボール紙が当たるたびに脳内がすっきりしてくる。


 その名の通り、ストレスが一気に消える。



「あ、あのぉ、お師匠様……?」


「黙ってて」


「は、はいぃ……」


 私が爪とぎをしている様子をライカは怪訝な声で尋ねてくる。

 しかし、何人たりとも私の爪とぎをジャマすることはできないのだ。


 ふぅ、すっきり。



【賢者様の猫魔道具】

イライラ解消爪とぎ:猫がイラついたときに爪を研ぐ道具をヒントに開発された猫人専用の魔道具。爪をたててガリガリやるだけでストレスが解消される。とても便利であるが、周りにゴミが散るのが玉にキズ。ちなみに賢者様は木製よりも紙製の爪とぎを好む。

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