4.賢者様、色々困った奴が弟子にしてくれと押しかけてくる。実力で撃退しようとするけれど、あれれー何かおかしい子だぞぉ?

「わぅううっ、炎の矢よ、姿を現せぇ、ファイアアローっ! ファイアアローですぅうう!」


 家の外を見ると、フードをかぶった女の子が熊型のモンスター、キラーベアに襲われていた。

 外傷はないようだけれど、魔法が出ずに困っているようだ。

 魔力切れか何かで魔法が使えなくなったのかな。


 声も若いし、おそらくは新米冒険者かなにかなのだろう。

 それにしても、ファイアアローなんて初歩の魔法なんだけどなぁ。


超音速の右爪ソニックブーム!」


 今日は私の人生のターニングポイントなのだ。

 外で悲鳴を上げられるのはかなわない。

 しょうがないので、真空刃を出す魔法でさくっとモンスターの首を飛ばす。

 人に悪さをする魔物には容赦しない私なのである。



「大丈夫? 怪我はない?」


 フード姿の女の子に近づいてみる。

 年は十五歳ぐらいだろうか。


 茶色い髪の毛につぶらな瞳が特徴の、かわいらしい女の子だった。

 身長は私よりも大きい。

 

 何とか立たせて、うちの中に入れてあげることにした。

 服装は魔法使い然としたものだけれど、結構いい装備を身に着けている。

 いかにも新米感がぬぐえないのは別にして。


「あっ、ありがとうございますぅううう! 私、魔法が使えなくて……、本当に使えなくて……、ぐすっぐすっ」


 キラーベアがよっぽど怖かったのだろう。

 彼女は私の手をとって、泣きながら感謝してくるのだった。


「よしよし、辛かったね。ここら辺は危ないから、この魔物除けをもって明るいうちに帰りなさい」


 私は彼女をあやすと、街へ戻る道順を教えてあげることにした。

 魔物除けがあれば襲われることもないだろうし、まっすぐ歩けばすぐに帰れる。

 


 え? 泣いている女の子に対して、扱いが冷たすぎるって?


 だって、正直、帰ってほしかったのだ。

 

 私は今から禁忌の魔法を使うんだよ。

 魔力紋を書き換えて、赤の他人になるんだよ?


 この猫魔法は冒険者ギルド的には微妙なラインだからね。

 法律違反じゃないだろうけど、グレーゾーンであることは間違いない。

 そんなのを使ってるのを見られるのは勘弁してほしいでしょ。


 そういうわけで、私のすべきことは彼女を一刻も早く追い返すことだった。



 だが、しかし。



「あ、あのぉ、あなた様は新緑の賢者様ですよね? わ、私、ライカって言います!」


 彼女は何とか泣き止むと、私の手をがしっと握ってくる。

 体の線の割に、もんのすごい力である。


「ぅあぃだぁっ!?」

 

 可愛くない声をあげて、びっくりしてしまう私。

 ちっきしょう、あんまり痛いんで腹から太い声が出ちゃったじゃないの。


 ちなみに新緑の賢者っていうのは私の二つ名だ。

 髪の毛が新緑のように明るい緑色をしているからついたのである。

 見たまんまだけど劣等賢者なんて呼ばれるよりは全然好きだよ。


「お願いですっ、私を賢者様の弟子にしてくださいっ! そのために旅をしてきたんですっ!」


 しかも、彼女はとびきり不穏スパイシーなことを言い始める。

 すなわち、弟子入り志願、である。

 この私に、このタイミングで。


「えぇええ、ちょっと止めてよ。私、これから忙しいんだけど!」


 もちろん、断る。躊躇などない。

 だってこれから魔力紋を書きかえて、ド庶民Fランク冒険者になるという偉大な魔法を実践するのだ。

 

 Fランク冒険者に弟子なんかいたら、変な目で見られるでしょ?

 私は過去を捨てて、一介の冒険者としてやり直すのだ。


 敢えて言おう、弟子なんかいらん、と!


「そこをなんとか! 私、賢者様に憧れて魔法使いを目指したんですけど、魔力ゼロだって魔法学院から追放されて……、悔しくて、悔しくて、ここに来たんですぅううう!」


「あだだだだだ!?」


 彼女はなんだかんだ言いながら感情が高ぶってしまったらしい。

 私の手をさらにぎゅうっと握ってくる。

 思わず、振りほどいてしまう私。


 何なんだ、この子!?

 細い癖にすごい馬鹿力。

 両手が砕けるかと思った。

 


「えーと、一旦、落ち着こう? いいね?」


「はい、申し訳ございません。私ったら、お師匠様になんてことを……」


「弟子じゃないから!」


 彼女はもう弟子になったつもりらしい。

 あれ? ちょっと思考がおかしい系の女の子なのかな?

 

 ううむ、それなら尚更、弟子にするのは危険だよ。

 もっともらしい理由をつけて、さっさと追い払わなきゃならない。


 あたしゃこう見えてもお人好しだからね。

 安請け合いをして痛い目を見るのはこりごりなんだ。



「えぇとね、私はとっても忙しいんだ。これから大事な任務があるんだよ! ドラゴンとかモルボルみたいなのを数匹をやっつける、どえらいやつが!」


 仕事を言い訳にすれば分かってもらえるはずだ。

 もはや無職になって仕事も予定もないんだけど、噓も方便ってやつ。


「わかりました! お師匠様が戻っていらっしゃるまで、ここで待たせていただきます! ベッドもありますし、お利口にしてます! お留守番でもめげません!」


 もんのすごくきりっとした表情でライカはそんなことをいう。

 何もわかっとらんじゃないか、こいつ。


 しかも、ここで待つって言うな。

 せめて、外で待つって言ってよ、ここは私の家だぞ!?

 私のベッドで寝るっていうのもすごい度胸である。

 せめてソファで寝るとか言って欲しいんだが。


「そ、そこをなんとかぁああ!? ベッドだけでもぉおお!」


 ダメだと首を横に振るも、涙目になってすがってくるライカ。

 彼女は古風にも土下座をして、どうにか弟子にしてと懇願してくる。 


 気の毒だが、こっちにも事情があるのだ。

 実力行使で出て行ってもらうしかない。


 私はこう見えて、元・冒険者である。

 体つきは小さいが力には自信があるわけで。

 こんな娘っ子、簡単につまみ出せるはず。


「どぉおおりゃあぁああ、……あ、あれ!?」


 ところが、である。


 彼女は全然動かないのだ。


 いくら私の体つきが小さいとはいえ、思いっきり立たせようとしてるんだよ。

 ぴくりとも動かないなんておかしいでしょ。

 何なのよ、この身体能力!?

 とんでもなく着やせするタイプとか!?


 ……こうなったら実力で追い出すしかないね。悪いけど。



「いい? これが最後のお願いだよ、家に帰りなさい」


 最後にチャンスを与えようと、声を落ち着けて諭すように言う。

 むしろ、優しく伝えた方がわかってくれるものなのだ。

 そんな淡い期待を抱きながら。

 

「嫌です! 賢者様の弟子にしてくだ、むぐっ!?」


「まぁだそれを言うのかい!」


 だが、諦めが非常に悪い子のようだ。

 彼女は弟子にしてくれと、はっきり大きな声で言う。


 しょうがないので、ひとまえず猫魔法【客を呼んだ日の猫サイレンス】で口を閉じることにした。

 この魔法、相手を沈黙状態にするデバフ魔法なのだ。


「いい? あなたは家に帰るの! 私は弟子をとらないからね! わかった?」


 私は彼女の目を見て、はっきり話す。

 ここまで強く言えば、きっと分かるはずだ


「んんん! んんがん!! んんんんぐ!!!」


 彼女は口がきけないくせに根性で何かを伝えようとする。

 整った顔の女の子が瞳に涙を浮かべてぐむぐむ言っているので、なぜか罪悪感がしてくる。


 ふぅっ、ちょっと大人げなかったかな。

 溜息を吐いて、私は彼女にかけた沈黙の魔法を解いてあげる。



 しかし。



「私を賢者様の弟子にしてくださ、むぐがっ!?」


 彼女はぜんぜんわかってなかったのだ。


 その後、こんなやり取りを3回ほど繰り返したけど、全然ダメ。

 ものすごい意地と根性でここまで来たらしい。敵ながら、あっぱれ。


 最後には「だァーーーまァーーーれェーーー!!!!!」と声を荒げちゃったもんね。

 口から火を噴くかと思ったよ。


 根負けした私はとりあえず魔法を解く。



 こうなったら最後の手段。


 身体強化の魔法、【午前1時のミッドナイト運動会エンジェル】を使って、この子をつまみ出すしかない。

 これは深夜になるといきなり家の中を爆走する、実家の猫の身体強化具合をヒントに作られたものだ。

 昼間のぐーたら具合とは打って変わって、夜中の猫はものすごい。もちろん、天使だが。

 

 言っとくけど、私の身体強化は伊達じゃない。

 重ねたトランプを指でつまんで引きちぎるくらい朝飯前だよ。

 なんなら、指先一つで火口から這い出ることもできる。

 あんまり手荒なことはしたくなかったんだけどなぁ。



【賢者様の猫魔法】

超音速の右爪ソニックブーム:賢者様の実家に飼っている猫の右パンチは音速を超える。その速さと鋭さを参考に開発された魔法。真空刃を発生させて、対象をズタズタに切り裂く。賢者様が誇る四十八の殺人猫魔法の一つ。


客を呼んだ日の猫サイレンス:見知らぬ客を呼ぶと、猫は警戒して近寄ってこない。黙りこくって喋りもしない。その徹底した沈黙をヒントに生み出された猫魔法。平たく言うと、喋れなくなる。人間魔法のサイレンスに近い。ちなみに、飼い主以上に客に親し気にしてくれる猫もいる。なんなのあれ、飼い主としては悔しい。

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