2.賢者様、さらなる嫌な奴が登場して詐欺師扱いを受けるも最後の仕事だけは完了させます。なんたる責任感

「おやおや、アーカイラム教授、よくぞいらっしゃいました!」


 大臣は後ろの方から現れた女性をやけに丁寧に迎える。

 エルフ、もしくはハーフエルフでべらぼうな美人だ。


 顔ちっさ!

 脚ほっそ!


 だけど、いかにも神経質そうな目つき。

 私は知っている、こういう類いの女は大体、性格が悪いってことを。


「アウソリティ魔法学院で教授をやっているアーカイラムよ。よろしくね、宮廷魔術師の獣人さん」


 彼女はこちらに向かってにこっと笑う。

 もっとも、その目の奥は笑ってはいない。


 アウソリティ魔法学院……って、確か帝国にある大きな魔法大学だっけ。

 伝統魔法にうるさい連中が仕切ってたはず。

 へぇえ、この人が教授先生かぁ~。なんだか嫌な感じ。


「アンジェリカさん、あなたの報告している魔法は正規魔法に一切分類されていないわよね?」


「そ、そうですね、全て私のオリジナル魔法ですし……」


 彼女は私に微笑みかけながら、上から目線で質問してくる。

 私の魔法はすべて私が開発したものだ。

 正規魔法に分類されるはずがない。


「オリジナル魔法? あぁ、だから名前もめちゃくちゃなのね。あはは、笑える」


 彼女は報告書をぺらぺらめくりながら、ふぅとため息をつく。

 笑えるとか言いながら、ぜんぜん笑ってない。


 めちゃくちゃなんて言われてちょっとカチンと来る私である。

 魔法の命名法にルールはないわけで、どんな名前を付けてもいいはずだからだ。

 もっとも、ここで議論しても仕方のないことだけど。


「ところで、あなた、どこの魔法学院を出たのかしら?」


「いえ、私は冒険者上がりですし、魔法は独学ですけど……」


 彼女の質問に正直に答える私。

 

 一般に魔法を学ぶとなれば、二つの方法がある。

 一つは大きな都市にある魔法学院に行くこと。

 もしくは冒険者になって現場で学ぶことだ。

 

 私は早熟だったのもあって、冒険者として魔法を極めていく道を選んだ。

 魔法学院に行くことを否定しないけれど、独学で魔法を学んだことに私は引け目を感じるつもりはない。


 私に魔法の手ほどきをしてくれた、おばあちゃんは常日頃から言っていた。

 魔法は自由だって。

 どんな風に学んだっていいはずだって。


「ぷははははっ、この時代に独学ですって! 学歴ゼロってことでしょ? それでも宮廷魔術師なの? まぁ、そりゃそうよねぇ、獣人が魔法学院なんかにいたら、魔法が使えないってバレちゃうものね」


 しかし、このアーカイラムというエルフ女は私の言葉に吹き出す。

 本当におかしくてしょうがないといった様子だ。

 彼女の笑い声にあわせて、大臣とその取り巻きたちも野卑な笑い声をあげる。


「これではっきりしたわ。つまり、あなたの報告書は全部、インチキってこと。私みたいな魔法学院主席卒業のエリートと話してもらえるだけでもありがたく思いなさい」


 彼女が吐き捨てるようにそう言うと、大臣たちはニヤニヤして思い切りうなずく。

 

 私は「勝手に話し始めてるのはあんたでしょうが!」とはらわたが煮えくり返る思い。

 私の一年間の頑張りどころか、人生全部をインチキ呼ばわりされているのだから。


 さらに彼女はこう続ける。


「あなた外見だけはかわいらしいから、先王様に取りいって宮廷魔術師に滑り込んだのは褒めてあげるわ。……でも、残念。あなたのインチキも今日ここでおしまい。村に帰って、野良仕事でもしたほうがいいわ。他の劣等種みたいに、ふふふ」


 私はその侮蔑に満ちた笑みを私は一生忘れないだろう。

 喉の奥から「んだと、コラ」などと下品な言葉が溢れそうになる。

 即死魔法【死の尻尾鞭デスもふテイル】を無意識にぶっ放しそうになったぐらいだもの。


 とはいえ、こんなところで人殺しになるわけにはいかない。

 私は舌をぎゅっと噛んで耐えに耐える。それこそ、口の中に血がにじむぐらいに。

 このエルフ女、いつか覚えておけよって誓いながら。


「アーカイラム教授、ありがとうございます! さぁ、ゼロ学歴のアンジェリカさん、あなたはさっさといなくなってください」


 大臣の言葉からは私のことを心底バカにした冷たい意志がひしひしと伝わってくる。

 薄ら笑いを浮かべていて、冷酷な本性が見え隠れしている。


 はぁとため息をつく私。


 結局のところ、私は彼らから信頼を勝ち取ることができなかったんだなぁ。

 頑張ったことが報われず、やるせない気持ちが私を覆うのだった。

 

「分かりました……。しかし、与えられた仕事だけは片付けてから帰りますので」


 私はそれだけ伝えると、大臣の部屋を出る。


 傍目から見れば、逃げたように映るかもしれない。

 もっと器用に立ち回れば、解雇を回避できたかもしれない。

 後先考えなければ、彼らに私の魔法を見せつけることもできたと思う。

 

 だけど、反論する気さえ失せていたのだ。


 今さら大臣たちに私の魔法を見せたところで、性根が変わるわけでもないだろう。


 私はそんな彼らと一緒に仕事をすることに、ほとほと疲れ果てていたのだ。

 一緒の空間にいることが耐えられなかったのだ。



「ぎゃはは! ついに追放してやりましたな! 大臣様!」


「それで、あの小娘の仕事は何ですか? ほほぉ、王国史の取りまとめですか」


「そんなつまらない仕事が最後の仕事だとは、まさしく哀れな劣等種! あははは!」


「劣等種に任せられる仕事があるんですね! 驚きですよ」


 私がドアを閉じるなり、大臣とその取り巻き、およびあのいけ好かない女の笑い声が聞こえてくる。

 下品な笑い方である。

  

 しかし、それでも私は最後の仕事に向かう。

 与えられた仕事はきっちり終わらせないと気が済まないのが私の性分なのだ。

 おそらく、その性分が災いして、いろんな仕事を抱え込んじゃったのもよくなかったのだろう。



 向かう場所は「王国史編纂へんさん室」という札のついた、いかにも窓際な部署。

 一緒に働いている人はおらず、私が室長ということになっている。


 私に与えられた最後の仕事は、ここ10年の王国の歴史を編纂するというものだった。


 正直、この国のことなどなんの興味もなかったし、窓際の仕事というのも分かっている。

 だが、先代の王様はいい人だったし、お世話にもなった。

 これが最後の恩返しだと思って頑張ることにした。


「さてと…」


 私はありったけの資料を机の上に出すと、その上に横になる。

 本の上に寝転ぶなんて、ちょっとお行儀悪く見えるかもだけど、さにあらず。

 これこそが私の猫魔法【賢猫の資料占領テキストインベーダー】なのだ!


「偉大なる賢い猫の精霊たちよ我に知恵と知識を授けたまえ……」


 私が呪文を唱えると、資料はびびびと光り始め、私の脳内に資料の中身がダイレクトに飛び込んでくる。

 簡単に言っちゃうと情報収集の魔法なのである。


 この魔法は実家の猫がおばあちゃんの広げた新聞紙を占領して、じっくり読もうとするところをヒントに生まれたものだ。


 猫というものはとてつもなく知的好奇心にあふれた生き物である。

 いくらおばあちゃんがどくように言っても、新聞を読み終わるまでは絶対にどかない。

 場合によっては新聞紙の上に寝ころびながら、新聞の内容を読み漁るのだ。


 これはその知に対する貪欲さを十二分に発揮する魔法なのである。すごいでしょ。

 

「ふむふむ、なぁるほど……」

 

 机の上の資料を全てを読み込んだら一週間はかかるだろう。

 しかし、この魔法を使うとわずか十分程度で頭の中に入ってしまうのだ。


「でりゃああ!」


 王国の出来事を完全に理解した私はざざざっと分かりやすく王国史を書き上げるのだった。

 我ながら完璧である。

 せっかくいい仕事をしたのだ、改変や破棄できないように魔法をかけておくのも忘れない。


「これにて、お仕事終了……っと」


 ふぅっと息をはいて、私は部屋を後にするのだった。

 ばたんとドアを閉めて、自分の机にあったものを箱に入れる。

 同僚たちは皆、帰っていて、私に声をかけるものはいなかった。

 

 一年間頑張ってみたけど、あっけないほどの結末である。

 何だったんだ、私の頑張りは。


 一つだけ心残りがあるとすれば、私には家庭教師をしていた生徒がいたことだ。

 少々癖はあったけど、とても魔法の筋がよく優秀だった。

 とはいえ、彼女は今、異国へ留学中であり、コンタクトの仕方もわからない。


 さぁ、嫌な職場からおさらばして、さっさと家に帰っちゃおう。

 


【賢者様の使った猫魔法】

賢猫の資料占領テキストインベーダー:本やノートや新聞紙などを広げると、賢い猫はここぞとばかりに資料を占領し、読み漁る。さらには飼い主(奴隷)がどけと言っても基本的にはどかない。むしろ、居座る始末である。そんな猫の持つ『知識や情報への貪欲さ』をヒントに開発されたのがこの魔法。賢者様が資料を広げ、その上に寝転ぶことで発動する。情報収集に最適で、効率的な仕事のためにぜひ覚えておきたい。ただし、猫人のみが習得可能。ちょっとお行儀悪く見えるが、賢者様はちっこくて軽いので大丈夫。軽いので!

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