第46話 エピローグ
さながら真っ昼間の百鬼夜行。
なんやかんやと日が空いてしまい、綱の着物を揺らす風は初秋の香り。久し振りに訪れた鬼の都は実に様変わりしていた。
街並みこそ変わらないが、血の臭いもしなければ、目を背けたくなるような体は並んでいない。
どこからか分からぬが太鼓や笛の音が聞こえ酒盛りをし、そこら中で踊る鬼たちの姿。
綱も愉快な気持ちになり、鬼に勧められるまま酒を飲む。一緒に踊ってしまいたい気持ちはなんとなく我慢。
田畑を作ろうと開墾もしていた。頭を抱えながら四苦八苦、実に健全といえよう。
綱は驚きを隠さず、隣にいる白榔に感想を述べた。
「すげえな。みんな充実していて、楽しそうだ」
白榔も頷く。
以前と変わらず酒や果物を売りに来るという彼の表情は、前に会った時よりも穏やかに見えた。
「酒呑童子が死んだことでここに掛けられていた術が解けちまった。たまに人間が迷いこむけど、不思議な顔して帰って行くよ」
恐ろしい鬼はあの晩、梧桐と牡丹が封じた瓢箪で一網打尽。六道珍皇寺に投げ込まれている。冥界への強制送還だ。
人間が踏みいったところで、命が危険になる場所ではなくなった。
それには晴明も安堵しているようだった。
「術を改めて掛けよ思てたんやけど、必要ないやろか」
酒の入った瓢箪を通りすがりの鬼に押し付けられ、晴明の顔も綻ぶ。
ちなみに酒呑童子の部屋の香炉が術の発生源であったということだ。
晴明の隣の朝追も、
「なんかあったら知らせるからよ。このままで当分はいいんじゃねえか」
そう言って、道行く鬼と挨拶を交わしていた。
そして続ける。
「人間の住む世界に住まわせてもらっているんだ。節度を持って暮らすように、しつけて行くよ」
頼もしく心強い。
朝追がいれば、もうここは大丈夫だろう。
「朝追殿、鬼が人間の世界で暮らす理由はなんなのでしょうね」
ふいに、晴明が朝追に訊ねる。
人間と違い、鬼は冥界と行き来するのが比較的簡単なのだ。そう昔に晴明から聞いたことがあるのを綱は思い出した。
帰ろうと思えば帰れる、それをしないのは何故か。今を生きている鬼だけでなく、昔も含めて。
朝追を見ていれば、『食糧』という理由だけではなさそうだ。朝追の答えには綱も興味がある。
朝追は晴明の問いに考えこみつつも、
「やっぱこれだろ。緑があって空は青い。お天道さんは明るいし、花は色んな色がある。そんな景色が好きなんじゃねえのかな」
と豪快に笑った。
晴明もつられるように笑って、
「俺と同じやん」
と瓢箪に口をつける。
そういうことならばと綱も、
「俺も、この国の景色が大好きです!」
と酒の入った瓢箪を掲げた。
そして白榔はどうだろうかと、一斉に白榔を見る。
「俺は···冬の雪景色も、そこに加えるけどな」
違いない。
無性に嬉しくなった綱は白榔と肩を組んだ。
鬼も人も変わらない。違いなんて、見出す必要があろうか。
以前の悩みはなくなっていた。
いい奴もいて、悪い奴もいる。だからいい奴と出会えるのが嬉しいのだ。
落つる雷光、雨過天晴の閃き 山桐未乃梨 @minori0
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