第45話

菘の葬儀が終わった。

頼光はきつく拳を握っていて、気付けば手の平に爪の痕が残っている。

ぼんやりとそれを見つめながら、彼女が助かる道はなかったのかと自問した。

しかしダメなのだ。

菘と出会った頃から、本当の信頼関係ができていなかったのだから。

綱が願ったように、本当の仲間に菘はとっくになっていたのだろう。

酒呑童子の子飼いであることを晴明が感づく、それもおそらく承知で誰にも知らせぬようにただ行動で示した。

もっと話さなければいけなかったのだ。

もっと信じれば、信じてもらえれば、酒呑童子と違う戦い方ができただろうに。

「今さらなんだよな」

ポツリと、頼光は独り言を漏らす。

すると背後から、

「そうやな」

と晴明の声。

その後ろには神妙な顔の綱、貞光、金時。

季武は早くに回復はしたが、医師の李鳳からまだ外出禁止を言い渡されている。

「晴明様······聞こえておりましたか」

声に出ているとは思わなかった頼光。

晴明は短く息を吐く。

「お前が考えそうなことや。なんとなく分かる」

そう言うと今度は天を仰ぎ、深い溜め息。

「お前が気に病むことはあらへん。俺の読みがまあ、色々間違うてた。すまんかった」

晴明は間違えたのではない。

梧桐と牡丹によれば、菘はずっと人を食い続けていたという。

疑って当然だ。

しかしわからないこともある。

「菘は、人を食うことをやめられなかったのでしょうか」

「それな、今やからわかんねんけど、やめるわけにいかなかったんやろ」

やめていれば、話はもっと簡単だった。

そう言いたいのを堪えて、頼光は晴明の言葉を待つ。

「人を食えば力が強くなる。生命力も強くなる。おまけに虎熊の正体は酒呑童子の血からできていた傀儡やったんやろ」

頼光は頷いた。

赤黒い鬼、という情報で晴明からそうではないかと事前に教えられていた。

実際に太刀での攻撃が効かない時点で確信に変わったわけだが、菘は初めから知っていたわけだ。

「生き血を糧にする一方で、体の表面は他者の血が混じるのを拒否する。いわば劇薬やな。強い鬼の血であるほど、虎熊にとって毒性が強い。虎熊が弱れば、本体の酒呑童子も弱まる」

菘の行動は計画的だった。

酒呑童子を倒して、頼光の本当の従者になる。そんな計画。

それを、

「見抜けへんかった、俺の失敗や」

と晴明は繰り返す。

見抜けなかったことが晴明の失敗ならば、

「信じなかったことが俺の失敗です」

頼光は顔を伏せてそう呟いた。

そして晴明に訊ねる。

「晴明様、菘と話をする方法はありませんか。友成殿の御父上の時のような」

晴明は首を振った。

「ない。友成殿の時は、死者が強く訴えていたからできたことや。菘に言いたいことがない限り、こっちから何かできることはない」

「……そうですか」

菘は恨んでいないのか。無念ではないのか。

酒呑童子を倒したその先に、夢は持っていなかったのか。

菘が何か言ってくれなければ、分かるはずないのに。

菘と出会った頃に頼光は思いを馳せる。きらきらの笑顔で都を練り歩いた頃。彼女にふさわしい道が他にあったのではないか。そう思えてならない。

「……菘は、俺の従者で終わってしまってよかったのでしょうか」

口をついて出てしまった言葉。

そんな頼光に、綱が誰よりも早く反応する。

「菘は…何度も言っていました!『頼光様を守る』って」

綱の両の手は拳を握っていた。

自分を鼓舞するような、力強い声で綱は続ける。

「だからっ、頼光様の従者として終われて良かったんだと…」

言いかけて、言葉に詰まる綱。彼の目に溜まる涙で、頼光の目頭もまた熱くなった。

「……俺は、思います。それに、菘が死んだのだって、晴明様のせいでも頼光様のせいでもありません!」

綱にとって菘は妹のような存在だったのだろう。

頼光よりもきっと、菘のことを分かっている。そんな綱の言葉に頼光は救われた。

そして金時も、

「ワシから見ても菘さんはずっと楽しそうな顔をしとりました。それがすべてだと、ワシは思います。お二人が後悔していたら、それこそ菘さんは悲しまんじゃろうか」

出会ってから日が浅いながら、感じたことを話してくれる。

貞光は肘で綱を小突いた。

「綱もだからな。」

綱の目が泣いて腫れている。菘に戦いを教えたのは彼だ。後悔もしただろう。しかし後悔することは菘が望まない。揺れ動く感情に、頼光以上に苦しんだかもしれない。

従者たちの心遣いに感謝しつつ、頼光は目元を拭う。

涙を流すのも、悲しむのも、今日限りにしよう。

それが主人たる努め。前を向き、己の職務をもう一度胸に刻む。

そこへ、ドタドタと大きな足音。

見れば保昌の姿。

「頼光さぁん!菘さんがっ菘さんがーっ!」

とまさかの大号泣。

「お前が泣いてどうするっ!」

そんな言葉とともに保昌の頭をはたく貞光。涙につられたのか、彼の目にも涙が滲む。

「保昌···」

なんと声をかければよいものか。

頼光の戸惑いをよそに、保昌と頼光の間に入って肩を組む晴明。

「明日からきっちり、仕事するで。悲しんでいる暇は、この都にはないんやから」

晴明の声は清々しく、けれどいたずらめいて風に溶けていく。

鬼、怪異、群盗。

常に危険にさらされている京。

一人でも多くの命を守りたい。

仰いだ天は青々と、白い雲が流れていた。

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