第42話
「季武、大丈夫か」
頼光は季武に駆け寄った。
血がだらだらと流れ、腕は上がらない様子。
「申し訳ありません。太刀は使えますが、弓は無理かもしれません。ここまで深くなるはずではなかったのですが」
よく見たら鬼火の力を強め過ぎたのか、火傷も見られた。
一刻も早い治療が必要だが、まだ酒呑童子と無気味な赤黒い鬼が残っている。
「なんだ、星熊め。見かけ倒しの奴よ」
酒呑童子はつまらなそうにぼやくと、視線を赤黒い鬼に向けた。
その鬼はのそりのそりと、鈍い動きで歩いたと思ったらパッと消えてしまったのである。
「どこだっ!」
頼光が背後に気配を感じて振り向き様に斬ると、空を斬った。
しかし鬼は確かにそこにいる。
空を斬ったと思ったのは錯覚。
斬った所からすぐに再生しているのだ。
鬼は大口を開けて頼光に迫って来る。
咄嗟に身を低くして避けると、ガチンと大きな牙が鳴る音。
「そいつを倒したら俺が遊んでやるよ」
からからと嗤いながら、酒呑童子は座したまま酒を飲んでいる。
そちらに気を取られると、目の前に赤黒い塊が現れた。
「頼光様!」
綱に体ごと抱えられ、鬼の攻撃を避ける。
「すまん」
「いえ。あの鬼厄介ですね」
武器を持たず、消えては現れるという予測できない動きはその後も頼光たちを翻弄する。
負傷した季武は特に、回避するのがギリギリだ。
あの巨大な牙で噛み付かれたら致命傷になる。
対して、剣撃が効かないためこちらから攻撃ができない。
季武の鬼火も、敵を焼くことができないばかりか、体に触れると消えてしまう。
これでは倒しようもない。
ならば。
「綱、季武、菘!」
頼光は手振りで合図を出す。
『酒呑童子を』『左右から』『一斉攻撃』
赤黒い鬼は実体がない。
これでは倒しようがないため、標的を酒呑童子に変えるのだ。
ただし、それを酒呑童子に悟られてはいけない。
視線を交わしつつ、じりじり酒呑童子に近づく。
ところが、頼光たちの一斉攻撃より僅かに早く菘が酒呑童子に向かって飛び出してしまう。
菘は人食い鬼。酒呑童子の子飼い。
それを考えるとただの焦りには思えず、頼光の足は躊躇ってしまった。
菘の小太刀が酒呑童子の首を狙っていたのだが、それより早く、赤黒い鬼が菘の肩に噛み付いて血を啜る。
「こんのぉっ、とらくまぁーっ!」
虎熊。それが赤黒い鬼の名だ。
菘は叫ぶや、懐刀で自身の首筋を切り裂いた。
菘の血が虎熊に振りかかる。
どんな攻撃も効かなかった虎熊が悲鳴を上げた。実体を持ったように、菘が虎熊の顔を掴む。
しかし、太い血の脈を切り裂いては鬼とてただでは済まない。
「菘!」
虎熊の名と弱点を知っている、そのことが酒呑童子に近しい者である証。
何故、と頼光の頭は混乱する。
彼女の名を叫んで、駆け寄ろうとする頼光。
だが。
「てめえっ!鼠ぃーっ!」
酒呑童子が激昂している。
両手に雷の球を作り、滅多打ちに放った。
火球と違い、掠めるだけでも負傷度が段違い。
太刀を鞘に収めて身を低くしてかわす。
周囲に焼けた臭いが漂う。
煙が立ち込めて視界も悪い。
皆の様子が分からぬ中、頼光は菘の元へ。
菘の前では季武が呪符で結界を作り、菘を守っていた。
「頼光様、後ろにいて下さい」
季武の言う通りに頼光が結果の内側に入ると、綱も結界の後ろに滑り込んで来る。
「菘!」
彼女は力が入らないであろう腕で虎熊を押さえつけていたが、その足下は血溜まり。
視線だけはギラギラと虎熊を睨んでいる。
頼光の言葉が届いていないかのように。
菘のこんな顔は初めて見る。
何故だ。
酒呑童子の仲間ではないのか。
言葉として紡がれないその問いは、頼光にあることを思い出させた。
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