第41話

意識を失った貞光を背負って、金時は晴明の元へやって来た。

「晴明様、捕まっていた人たちの救助、終わりました。あちらは保昌さんに任せてあります」

貞光を下ろして、金時はそう報告をする。

「ご苦労さん」

そう返す晴明は大きな体の鬼と歓談していた。そのすぐ横には落ち着かない様子の人間の若者。

さらにその周りには様々な姿の鬼たち、多くの梧桐と牡丹。

地上の方は守備よくいったと見える。

「頼光様はまだ戻られませんか」

「酒呑童子相手や。簡単にはいかんやろな」

ならばと金時は、

「ワシにできることはないでしょうか。まだまだ動けるんじゃが」

と晴明にお伺いを立ててみた。

しかし、

「いや、大丈夫や。ほんまにヤバくなったら、地上に出て来られる呪符を渡してある。今は休んどき」

「そう、ですか」

待っているだけというのは正直ツラい。

ツラいが言われた通りに貞光の横に座る。

すると、

「おう、そっちの小さいのは貞光か」

と、晴明の横の大鬼がそう声を上げた。

「もしかして、貞光の情報元は朝追殿ですか」

特に驚くでもなくそう話すのは晴明。

「そうよ。まあ、こっちとしても酒呑には思うところあったからな。ま、協力させてもらったよ」

朝追という鬼も笑って話す。

晴明はさらに訊ねた。

「思うところというのは、つまり恨み?」

「まあ···。兄貴分が生きていた頃から色々あったもんで」

「赫灼童子ですね」

「なんだ、お見通しかよ」

「ならば朝追殿たちは坂田蔵人という都の武官をご存知ですか」

黙って晴明たちの会話を聞いていた金時だが、突然父の名前が出て思わず晴明の顔を見る。

金時の視線には気づかぬようで晴明は朝追の言葉を聞いていた。

朝追は遠い記憶を探るように、ゆっくりと話をする。

「赫灼と意気投合していた人間だなあ。貞光にも話したけど、人間を襲わないような協定を取り決めるはずだったんだよ」

「他の鬼たちの反発は」

「もちろんあったよ。けど、都に睨まれちゃやってけねえんだよな、結局。俺たちも説得に奔走したんだわ」

確か、代わりに罪人を鬼に差し出すのだったか。罪人なら鬼に差し出してよいとは金時とて思わない。しかし、母を殺した男の顔が浮かび、そういう目にあっても仕方のない輩は確かにいるのかもしれないとも思う。

その協定が正しいことかどうかは分からない。それでも、人間にとっても鬼にとっても一番良い道を模索した結果だった。

戦いではなく、話し合いで決めようとしたことに大いなる価値があったと感じる金時。

二人の邪魔をせぬよう、金時は黙って続きを聞く。

「蔵人を殺したのは」

「酒呑だよ。間違いない。茨木もいたな」

「決定的な証でも」

「今だから言うけどよ、見たからな。二人で話している所に乱入して行った」

「酒呑童子と茨木童子をすぐに倒そうとは」

「白榔も近くにいたからな」

そこへ制止する声がした。

「待てよ、おいちゃん。赫灼を殺したのは誰だか分からねえって、ずっと言っていただろ」

止めたのは白榔だ。

朝追は白榔の方を向くと、大きな体で深く頭を下げる。

「すまん、白榔。お前がいつも太刀持っていたもんでな、このことを話して、復讐するって言い出したらいかんと思っておった」

「······」

自分よりずっと年上の大鬼に頭を下げられては白榔も何も言えなくなった様子。

「白榔は何故剣術を?」

「···なんでだっけな。もう忘れた」

晴明の問いには顔を伏せてポツリと答える。

もしや復讐の為だったのかと金時は考えた。しかしその矛先となる相手がいない。やり場のない怒りを発散させる手段が剣術だったのだろうか。

金時も母を目の前で殺された日を忘れられない。

下手人は捕縛されたが、それで怒りが晴れるわけでもない。

父親に関しては顔も知らないが、今になって白榔と同じ空間にいることが不思議な気分だ。

以前鬼の都に行った時、赫灼を殺したのは人間だと聞いた。

今、心底安堵している。

そんな時、晴明に肩を叩かれた。

「そうやそうや。この鬼な、蔵人の息子やった」

突然のことで金時は言葉を失うが、朝追たちはわらわらと金時の周りに集まって来る。

白榔は驚いた顔をしているが、座したまま。

「へえ、鬼か。坂田は人間で間違いなかったよな」

朝追たち鬼に囲まれてにじろじろ見られる。父親を知らない金時はどうしていいか分からず、視線で晴明に助けを求めるが生憎と無駄だった。

「白榔と逆ってことだな。面白いもんだ」

面白いかどうかはさておいて、気がすんだらまた戻っていく鬼たち。

決して不愉快というわけではないのだが、ここにいるのはやはり落ち着かない。

金時は、

「晴明様、やっぱり頼光様たちの所へ行った方がいいんじゃなかろうか」

とそれとなくお願いしてみるが、

「あと二体や」

「二体?」

「酒呑童子と、虎熊童子やな。金時、もう少し待ってみよか」

と断られてしまう。

話を聞いていた朝追は、

「晴明殿よう、あんたが有名な陰陽師だってのは知っているんだが、虎熊は死なねえって話だぜ?なんで大丈夫なんていいきれるんだ?」

と、訊ねている。

金時もぜひとも聞いておきたいことだ。

「貞光が調査してきた金熊、星熊、虎熊の三体はいずれも酒呑童子の昔からの弟分やな」

晴明が朝追に確認すると、大鬼は頷いた。

「そうだ。俺たちで知っていることを貞光に話した。古くからここにいる鬼じゃねえと、そいつらのことは知られてねえんだよ。さっきの金熊にしたって、何年ぶりかに見たぜ」

「星熊、虎熊のことも、ようわからんと、貞光に話したようですが」

「みてくれは分かるけどよ。変わってなければな。能力までは分んねえのよ。昔からだけど」

「その見てくれこそが、最重要であることもあるのですよ」

どういうことだ。

金時同様、さっぱりわからんという顔の鬼たち。

晴明は落ち着き払って、

「全員無事で、帰って来てくれるとええんやけど」

と目を細めて都を眺めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る