第39話

遊ばれているとしか思えない。

星熊とやらは大きな口から煙を黙々と吐き出したかと思うと、その煙は星熊の分身となって綱たちに襲いかかって来た。

その分身の数、十体。

振り回す刺股の一撃は重い。

手数多く斬りつけても、体の大きさに似合わず身軽。

かわされたり刺股で防がれたり、綱としては分身を消す決定的な攻撃を出したいところであるが、数が多すぎて考える間もない。

気づけば、鋼鉄の扉があった場所から広い部屋へと変わっている。香炉は部屋の四隅にあった。

本物の星熊と酒呑童子が、戦う綱たちを見て酒盛りしているのが実に不愉快だ。

奴らとしては疲弊させる手なのだろう。

最も苛立っている様子なのは菘。

「もうっー汚い!汚い!口から分身出すとか汚い!おまけにちょろちょろちょろちょろ!うっとうしい!」

自棄になったように、彼女は叫ぶ。

「うるせえぞ娘っこ!やっぱりてめえから喰ってやろうかぁ!」

「来れるもんなら来てみなさいよ!高見の見物の弱虫!」

やめんか、と思ったものの、本物の星熊を動かすことには成功する。

おまけに分身の注意も菘の方に逸れた。

太い首を狙って一刀、偽物は煙に戻る。

ひとたび数が減れば、何とか隙を見つけることはできた。

菘もめちゃくちゃに見えてきちんと稽古を受けている。体の素早さを利用して的確に偽物複数体を煙に帰していた。

頼光に季武も、素早く一刀で偽物を消し去ることに成功する。

「よくやった、菘」

「作戦です、作戦!」

頼光の誉め言葉に菘はころりと上機嫌。

再び分身を出される前に、頼光と綱で左右から斬撃を浴びせる。

季武は三本の矢で弓を構えていた。

綱と頼光が一旦引く瞬間を狙って季武が矢を放つと、二本は星熊の刺股で防がれ、残りの一本は酒呑童子の顔面へと飛んでいく。

当たる直前で、矢は酒呑童子の手によって握られ折られてしまった。

体勢を低くして星熊の足を狙う菘の小太刀も刺股が防ぐ。

「星熊の相手をしながら俺にまで仕掛けるかよ。面白いな」

嗤う酒呑童子を季武の目がまっすぐに射ていた。

季武の挑発に、酒呑童子はどう出るか。

酒呑童子は、

「残念だが、俺は面倒が嫌いなんだ。もし星熊を倒せたら相手してやる」

と言って甕ごと酒を飲んでなおも嗤う。

季武の舌打ちが綱の耳にも届いた。

小太刀を駆使している菘も、

「感じ悪うっ!」

と吐き捨てている。

天真爛漫な菘であるが、酒呑童子の間者である疑いがある。

酒呑童子の討伐が決まった際にも、注意を怠らないように、いざとなった時は躊躇するな、とは晴明に何度も念を押された。

ところが、酒呑童子の元へこうして来てみても、菘はいつも通りだ。

季武は酒呑童子を挑発して乱闘に持ち込むことで、菘がどう出るか見極めようとしたのかもしれない。

この戦いの最中に菘を失うかもしれない、と覚悟を決めて来ただけに綱は若干の動揺を覚えている。

彼女が明確に『敵』に転じないこと、そのことは綱に僅かな期待も抱かせた。

もしかしたら、酒呑童子の方を裏切って本当の仲間になってくれる。

それは、菘と出会った頃からの綱の願いでもあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る