第37話

高い金属音が響く。

白榔と太刀を交えてどれくらい経っただろうか。

腕が互角、というより白榔の本気が見えないことに頼光は戸惑った。

頼光たちを止めるつもりなのだと思ったが、狙いが他にあるのだろうか。だとしたらなんだ。

考えながら打ち合っている内に、頼光の太刀が白榔の太刀を弾きとばしてしまった。

汗を流して息が上がっている白榔が静かに負けを宣言する。

「さすが、都の武官様だな」

「白榔、あのな」

頼光が話し合いを試みようとするが、

「約束だろ。通りな」

息を整えながら、白榔が塞いでいた扉を開けた。

このまま通ってはいけない。

そう直感した頼光であったが、

「頼光様ーやったー!」

菘が頼光の腕を引いて扉をくぐってしまったのだ。

扉の先は落とし穴。

おまけに真っ暗闇。

幸いに大怪我をするような深さではなかったが、安易に通ってはならなかったのは確か。

「頼光様!」

「菘め、馬鹿野郎!」

綱と季武の叫び声が聞こえたかと思うと、鈍い音の後に二人も落ちて来た。

ガコン、と閂を閉められる音の後はしんと静かになる。

まずい。やはり本気で打ち合っていなかったのには理由があった。頼光たちが白榔の標的でないならあの方しかいない。

「頼光様、お怪我は」

季武の声と同時にぽぅっと明かりができる。

彼の手のひらに淡い火の玉、鬼が作れる鬼火だ。といっても誰でも作れるものではなく、頼光の従者の中では季武のみ。

そのわずかな灯りに照らされると、季武と綱も無事のようだ。菘は、

「いたたた···すみません…。頼光様を守らなきゃいけないのに…」

と言っているし、歩けているのでまあ大丈夫なのだろう。

それを確認するとすぐさま、

「季武、すぐに晴明様の所に行けるか」

と落ちて来た扉を見上げた。

冷静に話しているつもりだったが、声に焦りが出ていたらしい。

「頼光様、落ち着いて下さい」

季武には宥められ、綱は、

「なんで晴明様?」

と困惑の表情。

どう説明したものか、迷っていると季武の助け船。

「白榔の本当の狙いは晴明様だったってことだ」

「ええええぇぇ?」

甲高い菘の声が地下で反響する。

「黙れ、菘」

と季武に睨まれるのも無理からぬこと。

「白榔がなんで晴明様を?」

綱は動揺しているが、早く白榔を止めなくてはならない。

しかし、

「頼光様、白榔がもう動き出しているのだとしたら、追い付くのは無理です。この高さ、貞光ならばともかく、上にすら行けません」

だと言う。

扉に入ってはいけない、そう直感したのに。

頼光は後悔した。

「晴明様なら大丈夫です。稀代の陰陽師が簡単に倒されたりしません」

「そうですよ!晴明様なら大丈夫ですよ!」

季武、菘にそう言われ、落ち着きを取り戻す頼光。

さらに菘には、

「先に進みましょう!きっともうすぐ酒呑童子の所ですよ」

そう促される。

確かに戻れぬなら進むしかない。

「わかった。すまない、取り乱した」

「あの、頼光様。晴明様なら大丈夫っていうのも分かるんですけど。···俺、白榔も晴明様を傷つけるようなことはしないんじゃないかって思うんです」

「あぁ。…そうだな。…そうだと、いい」

皆の言う通り、晴明ならきっと大丈夫だろう。

従者に気付かされるとは情けない主人ではあるが、今は進むことを考えるしかない。

「とはいえ···。正しい道はどこだ」

季武の鬼火が照らす前方には道が五つに分かれていた。地上や、さきほどまでの地下通路にも死臭、腐臭、血の匂いがあったが、ここに落ちたらいっそうひどく匂う。扉はない。

「一人一個ずつ行ってみましょう!」

と菘は言うが、

「いや、一人一個は危険すぎるだろ。俺でも分かるぞ」

と綱に一喝されている。

「だって!まとまって動いたら時間ばかりかかるでしょ!頼光様、そうでしょ!」

「お前!こんな所で頼光様一人にするつもりか!」

「だから、あたしが頼光様について行く!綱と季武はどうぞ好きにしたらいいと思うの」

「待て、頼光様と行くなら俺だろ」

綱と菘の諍いが始まった。

まあ珍しいことではないので、少し離れた場所で成り行きを見守りつつ季武と相談することにした。

「季武、正解が分からない以上、分かれるのは確かに効率良いとは思うのだが」

「だとしても、菘と頼光様は解せません。菘と行くなら俺が行きます」

と綱と菘に睨みをきかせる季武。

憎悪さえ感じさせる視線。

それに頼光はあることを思い付く。

「なあ。もしかして知っているのか」

囁き声ほどに落とした声で聞くと、季武が意外そうな顔をした。

「晴明様から聞きましたか」

頼光は頷く。

菘は、酒呑童子の間者であると。

今までの振る舞い、言動を見ても、にわかには信じがたい。

しかし、そうと知って彼女の行動を見れば妙に納得することも多かった。

つい先ほども、頼光をここに押し込んだのは菘である。

酒呑童子に近しい者なら茨木童子にも顔を知られているかもしれない。茨木童子と戦った際に姿を消したのも、顔を見られないためであろう。

奔放な性格を演じていれば、そういう時急にいなくなっても不自然に思われにくい。

「ここで、俺たち全員を討つ。そのつもりがあってもおかしくないな」

これから先は菘の行動に一層警戒しなくてはならない。

それを踏まえると、

「よし、時間はかかるかもしれないが、全員で行くぞ」

と頼光は判断する。

誰か一人の時に酒呑童子とでくわすのも危険だ。

菘も綱も不満そうだったが、頼光は毅然と諭す。

「これは総力戦なんだ。俺たちと、地上の貞光に金時、晴明様に保昌、誰か一人欠けても勝てない。全員で生きて帰ることも、目的の一つだ」

「はい!」

分かってくれたようで、一行は真ん中の道に進む。

季武が言うには微かに血の匂いが強いのだとか。

季武の鬼火を頼りに、先頭を季武、次いで菘、綱、頼光の順で暗い道を進むと、何故か別の匂いも香って来た。不快な匂いとまではいかないが、良い匂いでもない。薬草を焼いたような匂いだ。

咄嗟に頼光は袖で鼻を覆う。

「この匂い、気をつけてください」

そう注意を促すと季武の足が止まった。

どうしたのかと思うと、

「分かれ道ですね」

と季武。

「まだあまり歩いていないぞ」

さっきの入り口がまだ見えるほどなので、頼光はそう言った。

「ええ、けど左右に分かれています。正面はありません」

列を崩して見てみると確かに分かれ道。

右と左、覗くとどちらもその先にまた分かれ道。

「これは迷路なのか?」

頼光は戸惑う。

来た道の入り口は見えるが、それ以外あったはずの入り口は見えない。距離感からみてそんなに離れてなかったはず。

何か怪異な力が働いているのだろうか。

もしかしたらこの臭いが道を紛れさせる幻術なのかもしれない。

「季武、何か分かるか」

正しい道順。それを探ろうと、鬼火の微かな灯りで壁や地面を探る季武。同時に鼻をスンスン鳴らし、匂いを辿ろうと試みる。

頼光たちも出きる範囲で地べたを探っていると、菘が声を上げた。

「ねえねえ、頼光様!何かを引き摺った跡がありますよ!」

一斉に菘の指の先を見ると、確かにある。

しかしどうして菘がこれを教えてくれるのか。

注意深く菘の動向も見ているが、襲って来るような殺気も全くない。

生きた状態で酒呑童子に差し出すか。

それとも、罠に誘導するか。

いずれにせよ、手掛かりがこれしかないのなら進むのみ。

季武と視線を交わすと、その跡を追った。

時折見失ってはまた探す、それを何度か繰り返すとそれは壁に行き着く。

「行き止まりじゃん!」

せっかちな綱はなかなかたどり着かないことに苛立ち始めたらしい。

無理もないのだが、冷静さを欠いては戦いに不利になる。

「落ち着け、綱。薬の匂いが強い。間違ってはいないはずだ」

言いながら季武が行き止まりの壁を触った。

すると、水面のような波紋が広がったかと思うと季武の体が吸い込まれる。

一瞬のことだった。

「季武!」

焦った綱が後に続き、

「菘、行くぞ」

「はいっ!」

頼光と菘も続いた。

出た所には壁に松明が灯っていて明るい。

そして左右に大きな香炉、正面には鋼鉄製らしき扉。

季武に綱もちゃんといる。

「すっげー、ここっぽい」

腰の太刀を握り、綱の顔が輝いた。

「ねえ頼光様、ちょっと来てくださいよ。薬っぽい匂いってこの香炉からみたいですよ」

菘に呼ばれ香炉に近づく頼光と、頼光に倣う綱と季武。

「ただの香じゃないはず。晴明様に聞いてみましょう」

季武が香を少量手に取り、懐紙に包んで懐にしまう。

その直後、頼光たちの背後から爆音がした。

「なになにっ!」

菘の悲鳴と、爆音がもう一回。

砂埃を上げて、扉が破壊されている。

その中から現れたのは腹周り大きく、刺股を持った大鬼。

牙も相当に大きく、上を向いた鼻は猪を思わせた。

「醜い!醜いわ!あたしが知っている鬼の中でも断トツに醜いわよ!」

「うるせえ!!てめえから喰ってやろうかぁ!」

まず言うことはそれじゃないだろという菘の喚きは当然鬼を激怒させる。

頼光たちは武器を抜き戦闘に備えたが、奥からさらに声が聞こえた。

「まぁまぁ星熊。せっかくの餌を独り占めか」

出て来たのはこれまた体が大きく筋骨隆々、人間で言えば男前の部類に入るであろう美丈夫。しかし笑った際に見える牙は鋭く、纏う空気は血臭が濃い。

刺股を持った鬼はどうやら星熊という名前。

ならばこの美丈夫が酒呑童子ということになる。

「ちょっとぉ、酒呑童子以外にもう一体とか聞いてないんですけど」

小声でそう漏らす菘だが、冷静な季武がぽつりと呟いた。

「いや、奥にもう一体いる」

赤黒く、動かない不気味な鬼。

だとしても、やるしかない。

酒呑童子と星熊の目が赤く光った。

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