第34話
酒呑童子のいる地下通路までは、綱、季武、菘は別々の経路で向かう。
鬼の都は話に聞いていた通り、異臭のする街だ。
所々で人間が売られているその光景に胸が痛む。
たとえ罪人だとしても、死罪だとしても人間は人間の社会で罪を償うできではないか。
そんな思いは胸に秘めて、頼光は地下通路を目指す。
しかし当然、頼光が歩いていれば人間だとばれるわけで。
「人間だ」
「美味そう」
「なぜここにいる?」
などとこそこそと口々に言い合う声が聞こえた。
聞こえるばかりで実際に襲ってくる鬼は確かにいない。
おかげで順調に地下通路まで辿り着けた。
身を隠してその周囲をしばし観察してみるが、官吏が見回っている様子はなく通路を下りること自体は難しくないだろう。
そんなことを考えていると、鬼たちが騒ぎだした。
火事だ、逃げろ。
そんな声があちこちで聞こえ、貞光と金時も手筈通り動いたことを知る。
地上の騒ぎを聞き付けたのか、地下にいた官吏らしき鬼もわらわらと出て来た。
鬼たちの混乱に乗じて、頼光は地下通路へ。
少し待っただけで季武、綱、菘の順に合流することに成功する。
「あーもうっ!熱かった」
菘は額の汗を拭っていたが、季武は涼しい顔。綱はじんわり汗ばむといった具合。
貞光と金時もさぞかし熱かろう。
「揃ったな、では行くぞ」
労いは後でたっぷりやってやるとして、今は先を急がなくては。
「ではでは案内はこの菘にお任せ下さい!」
これも事前に決めた予定通り。
菘を先頭に、急ぎ足で酒呑童子の元へ歩き出す。
「頼光様、白榔はいませんね」
灯りのほとんどない地下通路でも、綱の顔が曇っているのが分かった。
「あぁ···」
頼光の脳裏には白榔の父親の顔が浮かぶ。
早く見つけなければ。
直感ではあるが、酒呑童子に近い所にいるような気がしてならない。
ついつい気が急いてしまう頼光に、季武が冷静に囁いた。
「頼光様、これだけ策を重ねて準備して来たのです。慎重にお願いいたします」
「···本当に、その通りだな」
逸る気持ちを抑え、時折巡回している官吏を倒しつつ奥へ奥へと進む。
そして菘が足を止め、季武が口を開いた。
「ここまでが、金時が捕まった際に確認した所です」
大きな扉が二つ。
「そっちの扉には入れませんからね!」
菘が指したのは左の扉。
さっさと正しい扉に入ろうとする菘に頼光は訊ねた。
「その前に。この扉の先はなんなんだ?」
菘はキョロキョロ辺りを警戒して、声を落とす。
「ここにですね、規律違反した鬼が集めらるんです。酒呑童子は別の経路からここに来て、彼らを食らうのですよ」
「その別の経路の調査はできていないんだな?」
「はいぃー。官吏さえ知らない、酒呑童子だけが知る道です。奴に出くわしたら、速攻で食べられちゃいますから」
「すまん、責めているわけではないんだ」
無理して調査したところで、帰って来られなければ意味がない。
頼光が聞いたのはただの確認だった。
肩を落とす菘にそう言ってやると、
「では、行ってみようか」
と先を促す。
運が悪ければ酒呑童子とばったり。
運が良ければ白榔がいるかもしれない。いや、こんなところで白榔に会うのも、あまり良いことではないのだが。
菘が扉を開けた先、頼光たちが見たのは。
「···やめておけって言ってあっただろうが」
気だるげに胡座で座した若者。額を隠すように布を巻いて、若者は扉を背にしていた。
「白榔···」
ポツリと綱が彼の名を呟く。
「白榔?ねえねえ、あの人が白榔?」
「菘、うるさい」
興奮気味の菘をピシャリと制止する季武だが、視線は白榔を見据えていた。
ここにいるということはつまり、敵であることを意味する。
「白榔、この先に行きたいんだ。通してくれないか」
綱が進み出て白榔にそう言うが、
「ダメだ」
と短い言葉で拒否された。
「白榔はなんで、酒呑童子を守るようにそこにいるんだ?」
「······」
この綱の問には白榔は沈黙する。
そこで季武が、
「頼光様、力ずくででも通してもらいましょう」
と弓を構えた。
「おいおい!季武!」
綱が慌てて制止するが、季武の目は本気だ。
にも関わらず、白榔はそこから微動だにしない。
「季武!弓下ろせって!」
綱が強引に弓を奪うが、季武は不満そうだ。
綱は納得しないかもしれないが、
「力ずくで通してもらうよりなさそうだな」
そう判断した頼光。
しかし、人数的にはこちらが有利になってしまう。
なので、
「どうだろう、白榔殿。勝負するつもりがあるなら、俺だけが相手になろうと思うが。もちろんあなたが勝てば皆揃って引き返そう」
そう頼光が提案すると、白榔の返事を聞く前に菘が騒ぎ出した。
「ダメです!ダメですよ!頼光様!大義があるのはこちらです!無理やり通っちゃいましょう!」
そんな菘にとうとう季武が静かにキレたようで、彼女の髪を結っている布を抜き取ると素早くそれで口を塞いでしまう。
「んーっ!んーんんーっっ!」
それでも静かになったわけではないのだが、再び白榔に声をかける。
「その代わり俺が勝ったら、全員通してもらいたい」
白榔は考えていた。いや、値踏みされているといった方が正しいかもしれない。
やがて白榔が腰を上げると、
「わかった。それでいい」
と言って太刀の鞘に手をかけた。
頼光も太刀を抜こうとした時、綱が声を上げる。
「頼光様!やっぱり俺が行きます!行かせて下さい!」
切羽詰まったような声を出す綱。
白榔を止めたい、いや、止めることで救いたいとでも思っているのだろう。
その気持ちは痛いほど分かるが、おそらく平常心を保てないのではないか。
それに、さきほど菘が大義という言葉を使ったがそれは違うと頼光は考える。
ここに住むのは人間を襲う鬼ばかりではないことはもう分かっていた。
彼らから見ればこちらが強盗。
白榔がここを襲うなと言ったのは、そういう鬼たちを慮ったのだろう。
大義などと持ち出すべきではない。
ならばこの討伐隊の責任者である頼光が白榔と戦うのが相応しい。
「綱、これは俺の仕事だ」
綱の顔を見ず、静かに諭す。
それ以上、綱も何も言わない。
頼光は太刀を抜いて腰を落とし構えの姿勢を取る。
白榔も腰を落とし、手は鞘を握ったまま抜刀術の構え。
先に地を蹴り出したのは白榔だった。
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