第33話

「そろそろ頃合いじゃろうか」

いよいよかと金時の顔にも緊張が走る。視線を下にやれば、貞光が火の点いていない松明に札を張っていた。

すると、点火したわけではないのに火が灯る。

「見事じゃなあ」

実際に火が点いたのではなく、鬼に作用する呪符だそうで火は人間には見えないのだとか。

「感心ばっかしてしてんなよ。これあちこちに張るのは金時だからな」

「分かっとる」

懐を探れば札の束。

貞光は顔が分からぬようにすっぽりと布を巻いている。

「じゃ、行くからな」

そう言って貞光は塀の外側をぐるりと回って消えて行った。

一方の金時は普通に門をくぐる。

中央の大路や、西側の小路をぶらつき、鬼の目を盗んで札を張った。

張ったばかりの札はまだかすかに煙が出る程度。

一ヶ所ではなく、北側に移動しながら都中が火の海に見えるように間隔をあけて張って行く。

ちょうど都の真ん中ほどにやって来ると最北の方で煙がもくもくと上がっていた。

貞光が先に仕掛けていた札が火を見せ始めたようだ。

「おい、火事だ!火事だぞー!」

鬼たちが慌てふためいて消火活動を始める。しかし本物の炎ではないのだから消えることはない。

「なんだ、消えねえぞ!」

「水!もっと持って来い!」

切羽詰まった鬼たちの声。

次第に、金時が仕掛けた札も炎の幻を見せ始めた。

その時を見計らって金時は叫ぶ。

「火付けじゃ!」

屋根に登っている、顔を隠した貞光を指差した金時。

貞光は屋根の上を身軽く駆けて行き、鬼たちは怒号を上げて後を追いかける。

その間にも札を張り続け、鬼の金時の目には都は煌々と明るい火の海に変じた。

幻ではあるが、明るさと熱さは本物のよう。

「だ、ダメだ。逃げるしかねえ!」

誰かがこういえば、鬼たちは一斉に門に向かって逃げ始める。

鬼の都の門は南側に一つしかないことが、金時たちには幸いだった。

辺りの鬼が一気にいなくなる。

この隙に金時は頭に布を巻いて角を隠し、人間が捕まっている場所に向かった。

適当な場所に放置してある荷車を借り、一棟の建家に入る。

「誰かおるか!」

事前の貞光の調査ではここのはず。

個室になっているらしい扉を蹴飛ばし、こじ開けると若い女性がいた。

「あ、あの。一体何が?」

個室の小窓から金時には炎が見えるが、彼女には見えていない。

「今鬼はいません。助けに来ました」

金時は女性を担ぐとその隣の扉を壊す。

ここにも女性。

乱入者に女性は小さな悲鳴を上げるものの、人に近い姿の金時に安堵したようにも見えた。だがそれ以上に困惑の様子。

「え、え?火事って鬼は騒いでますが?」

「鬼には、火事に見えています。ここから逃げますよ」

短く説明しても状況が飲み込めないのは無理もない。

だが詳しく説明もしていられない。

その女性も軽々担ぐと荷車に乗せる。

そして同様に監禁されていた女性五人を乗せると駆け足で荷車を引き出した。

女性の悲鳴が上がり慌てて、

「すみません!しっかり掴まっていて下さい!」

と注意を促す。

さらにまずいことに、女性の悲鳴を聞き付けて鬼が複数戻って来てしまった。

「おうおう!火事場泥棒か!いい度胸じゃねえか」

その数、三体。いずれも体が大きく手足が太い。

そのうちの一体が金時の前に躍り出て進路を塞ぐ。

後ろには二体。金時は足を止めて鉞を構えた。

女性たちの命は、絶対に守り抜かねばならない。

正面の敵に地を蹴って間合いを詰めると、鉞を振って鬼の首を飛ばした。

金時に迷いはない。倒さねば、この女性たちを守れないのだから。

「てめえ!」

後ろにいた鬼が激昂し、素早く金時に襲いかかる。

金時よりだいぶ大きい鬼の、長く鋭い爪の一手一手をかわし隙を見て今度は胴を真っ二つ。

最後の一体は貞光が首を蹴って折っていた。

「よし、行け。油断はするなよ」

「分かっとる」

それだけ会話を交わすと再び荷車を引く。

その後も鬼に時折遭遇しつつも、鉞で一刀に倒して東側の塀に着いた。

火事の幻覚が見えている金時は、その明るさで朽ちた箇所を探す。

概ね図面を頭叩き込んでいた金時はすぐにそこを見つけた。

「よし···」

ボロボロに崩れ、小さな穴さえ空いているそこに金時は思いっきり鉞を当てる。

塀はさらに崩れ、もう一発、二発、三発と打ち込むと人が通れそうな道が出来た。

「金時さん!お見事です!」

塀の向こう側から保昌が手を振ってひょっこり現れる。

「保昌さん、後はお願いします」

瓦礫に注意しつつ、保昌と協力して女性たちを塀の外に出すと金時は再び残された人間の救出に向かうのだった。

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