第32話

「月、綺麗だな」

早足で進みながら綱がぼそりと呟いた。

頼光が空を仰ぐと煌々と銀に輝く月。

「あぁ、本当だな」

素直な感想を述べたに過ぎないのだが、不満そうな声を漏らすのが一人。

「もー!綱に頼光様!これからいよいよ鬼の都の討伐だっていうのに、そんな呑気でいいんですかぁ!」

菘である。

晴明を交えて策に策を重ね、調査も繰り返し、様々な想定の下討伐を決意した一行。

今までで一番大きな戦いになるであろうことは明白。

菘の顔は緊張で強ばっていた。

「まぁまぁ、菘。心配あらへん。俺と保昌も手伝うんや、大丈夫やって」

頼光たちの後方から、誰よりも呑気な声の主は晴明。

金時の引く荷車に、足を崩して座している。扇子で顔を仰ぎながら月を見上げる様は優雅ですらあった。

その荷車の後ろ、馬に乗ってついて来るのは保昌。

「そうですよ、菘さん!後方支援は任せて下さい!」

大きな声で保昌は胸を張る。

「はいはい、後方支援ね。命張るのはあたしたちですぅ」

そんな保昌に菘は素っ気ない。

「わ、分かってます!」

分かりやすく落ち込む保昌。菘の態度が悪いので頼光は菘に苦言を呈した。

「菘、保昌には俺と晴明様でお願いして手伝ってもらうんだ。そういう言い方はいかがかと思うが」

今度は明らかに菘が落ち込む。

が、ただ拗ねるだけではいけない。

「菘、きちんと謝罪しなさい」

「申し訳···ありませんでした」

「謝る相手が違うよ」

「申し訳ありませんでしたぁ!保昌殿!」

やけくそのようにも聞こえるが、

「いいえ、とんでもございません!」

と保昌が返しているのだからまあ良しとする。

すると突然、

「静かに!」

と先頭を歩く季武が歩みを止めた。

何事かと耳を澄ませると、誰かの声がする。

「白榔ー!白榔ー!」

白榔を呼ぶ男性の声だ。綱と視線を合わせると綱が声の方へと駆けて行く。他の皆には待機を命じ、急ぎで頼光もその後を追った。

「白榔ー!どこにいんだよ、白榔ー!」

涙ながらに叫ぶ男性の元へ辿り着くと綱が男性に駆け寄る。

「白榔のお父上!」

白榔の父親は綱の顔を見て安堵の表情。

「綱様!白榔を知りませんか?見かけておりませんか?」

綱の腕を掴み、縋る父親。

綱の顔にも緊張が走る。

「いいえっ···。あの、白榔がどうかしましたか?」

「帰って来ねえんです!こんなこと、今までで一度もなかったのにっ!」

見かけていないという綱の言葉に、父親は泣き崩れた。

「いつから帰ってないんですか?」

「もう···五日になるでしょうか。昼間も村中のもんで、他の村まで行ってみたんだが」

「いないんですね?」

父親は嗚咽を漏らしながら頷く。

二人のやり取りを見守っていた頼光は父親に近づき、優しく声をかける。

「白榔殿は我々で捜索します。もう日が落ちている、どうぞ自宅でお休みください」

「あなたは」

「申し遅れました。私、綱の主で源頼光と申す武官です。先日は綱がお世話になりました」

頼光が名乗ると父親は両手をついて頭を下げた。

「頼光様、綱様。どうか白榔をお願いいたします。···お願いいたします···っ!」

もう自力では限界があることを悟っているように、父親は何度もそう繰り返す。

「もちろん、全力を尽くし見つけて参ります」

父親の目を見て、固く約束する頼光と綱。

「綱、俺たちは先に進んでいる。お父上を送って来なさい」

「はい」

綱に腕を引かれて、力弱く父親は去って行く。

他の皆の元へ戻ると、皆一様に神妙な顔をしていた。

「待たせたな」

頼光がまずそう切り出すと、季武が

「白榔の父親でしたか」

そう確認してきた。

「あぁ。五日ほど前から帰っていないらしい」

父親とのやり取りを教えると、驚嘆したのは菘。

「えっ!それって!···もしかして鬼の都が関係してますっ?」

他の村にもいない以上、その可能性が高い。

そうだと仮定して、一番の問題は彼の安否だ。

そして、無事だとしたら彼の意志なのかということ。

綱の報告では、頼光たちが鬼の都に攻めいることを綱が白榔に話している。

鬼の都を守るために、そこに留まっていることだって充分にありえるのだ。

頼光と同じように考えているのは、どうやら季武。

「白榔が敵になって現れたらどうしますか。私なら私情挟みませんが」

暗に自分が抑えると言いたげであるが、季武には季武の役割がある。

どこで白榔と出くわすかにもかかっているが、

「いや、もし戦うことになったら俺がいい」

と頼光は断言する。

この討伐部隊の責任者は頼光だ。白榔に誠意を見せる、正当性を主張するなら頼光でなくてはならない。

「分かりました。しかし、頼光様に命の危険があれば躊躇なく助太刀いたします」

そう季武の言葉に対抗するように、菘が手を挙げた。

「あたしも!あたしも頼光様は絶対に守ります!」

張り切るのはよいが、

「くれぐれも、白榔を殺さぬように」

と釘を刺す。

「善処はしますが」

確証はない。

季武はそう言いたいのだろうが、それでは困る。

頼光としてはそうならぬよう願うばかりだ。

明るい月明かりに照らされた一行、もうすぐに鬼の都だという頃に綱が追い付く。

そこで一行は止まり、

「では保昌、ここで待機してくれ」

と頼光が指示を出した。

「御意でございます!」

勢いの良い返事を聞くと、すぐに鬼の都の門が見えて来る。

「次は俺やな」

荷車から降りた晴明が、同じく荷車に乗せていた樹木の枝をパラパラと撒き出した。

「そんじゃ皆、ぬかるなよ」

枝を撒き終えた晴明はその真ん中に胡座で座す。

「御意」

各々武器を握り締め、まずは頼光、綱、季武に菘の四人が門を潜ったのだった。

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