第30話
困ったことになった。
頼光は晴明、綱、貞光と顔を合わせて白榔という男の調査報告を聞いたところだ。
晴明の前なので大人しくしている貞光であるが、綱は相当に彼に絞られたらしくいつもの元気がない。
何が困ったかというと、綱が『鬼の都を攻め落とすのは待ってほしい』と言ったからだ。
詳細を聞けば、鬼の都がなくなることで白榔と周辺の村人が困ることになるという。
調査対象と必要以上に親しく接したせいで貞光にこっぴどく叱られ、綱は意気消沈。
貞光の方はどうかと、頼光は不機嫌そうな彼に訊ねてみる。
「貞光、お前の方はどうだった?」
貞光は一礼すると、既に目の前に置かれている巻物を広げた。
「はい、白榔は石切村の酒師、笠松家の長男として引き取られました。主人夫婦に子がいなかったためです。それが白榔九つの頃。その七年後に弟の鶴丸が産まれました。夫妻に実子ができたわけですが、継子いじめもなく、白榔は家族と仲睦まじく暮らしています」
「その前は?」
「二十年前人間と鬼の争いで白榔は父鬼を亡くしました。えー白榔当時六歳。その後は母鬼と山奥でひっそりと暮らしていたようですが、旅の武芸者が白榔を石切村に連れて行ったようです。近くに死んだ鬼がいたそうで、おそらく母鬼。ガリガリに痩せて身体中アザがあったと。病死かもしれません」
普通の人間とは違う、波乱万丈な道だったのだろう。結果的に善良な両親に引き取られたのはせめてもの幸いだ。白榔からすればこの暮らしを守りたいと思うのは当然かもしれない。
蕣花の話では白榔は剣術もかなりの腕のようだった。暮らしを守るためには必須だったのだろう。剣術を習ったとするなら、
「白榔の剣術はその武芸者から習ったということか」
と推測できる。
「両親の鬼は誰かわかったか?」
頼光のこの問いには、
「赫灼童子です」
と巻物を見ずに答えた。
「確かなのか」
「そうでなければとうに喰われていたでしょう。理由は鬼たちの統括的存在だったことに加え、罪人以外の人間を食わないことを強く推していたのが赫灼だからです。それに、ある信頼できる筋からも確認を取りました」
喰われぬように守れたのが赫灼だった、というわけだ。
そして頼光に新たな疑問が沸く。
「赫灼は人喰い鬼ではないのか?」
「いいえ、人喰い鬼です。が、主に食らっていたのは腐敗の始まったような死肉だったようで」
「赫灼を殺したのは、坂田蔵人様か」
ここまでの報告で、頼光は違和感を覚えた。赫灼は人間に殺されたと金時が聞いてきた話とずれている気がする。蔵人が、人間を殺させないようにしていた赫灼を殺して益になることはない。
貞光は巻物をさらに広げて答えた。
「それが、そうとも限らぬようです」
「どういうことだ?」
「さきほど申したように、赫灼は平和で穏やかに暮らす人間を殺すようなことはしていません。どうやら、赫灼は人間と協定を結ぶつもりだったとか」
「協定?」
「鬼たちに人を襲わせない、その代わりに死体や死罪が決まった罪人を鬼側に提供してくれ、という内容のものだと」
「それは未決に終わったんだな」
「はい。解せぬのは、赫灼と人間側である蔵人様双方が亡くなっていること。もしかしたら、その協定を阻止したい誰かが手をかけたかも」
「酒呑童子、もしくは茨木童子か」
三鬼で均衡を保っていた一角の赫灼童子、殺せるとするならこのどちらかだろう。
しかし貞光は、
「ただ確証が何もなく、知る鬼もいないようで」
と、調査が難航していると話す。
二十年前に何が起こったのか、坂田蔵人や赫灼童子の死の真相は···気にはなるものの、今考えるべきはほかにある。
「すまない、話が逸れたが。貞光はどうだ、鬼の都に攻めるべきだと思うか」
「やめるべきだとは思いません。慎重にはなるべきとは思いますが」
貞光はきっぱりと言い切った。
彼の性格を考えれば、一刻も早く攻めるべしと結論づけてもおかしくはないのだが、慎重という言葉が出たことに頼光は安心する。
更なる調査を要することにはなるだろうが、貞光のいう通り慎重さを欠いてはいけない。
「晴明様。これはどう判断致しましょうか」
黙って聞いていた晴明に、頼光は指示を仰ぐ。
晴明は予想通りに、貞光に賛同した。
「俺も、やめるべきとは思わへん。そうやな、酒呑童子を調べる、それは続行。それから、人に害なす鬼。こいつらにはこの世界から退場してもらう、ええ策なら思いついた」
「僕も次は酒呑童子を調査ですね?」
前のめりに貞光は張り切ってそう言うが、晴明に却下されてしまう。
「いや、貞光は働きすぎや。少し休め。その後で酒呑童子に行ってもらう」
「えーっ!休まなくて平気ですって」
「あかん。休め」
不満そうな貞光であるが、晴明の指示は絶対。渋々ながらも受け入れたようだ。
そして頼光には不明点がある。
「晴明様、いい策とは」
明確な答えは語らずに、
「まあ、そん時のお楽しみや」
といって、悪戯めいた笑みを晴明は見せたのだった。
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