第28話

鬼の罪人が最近目に見えて減っている。

酒呑童子にとっては食糧に困る状況であり、あまり歓迎できることではない。

鬼の都の規律は、酒呑童子が安定的に『餌』にありつけるのにうってつけの制度だ。せっかく永い年月をかけて奪い取ったというのに、罪人が減っては元も子もない。

「おい、飛蝗ひこう。いるんだろ」

酒呑童子が呼んだのは、官吏の飛蝗。ひょろりと背が高い鬼で、まん丸の目はまっ白。ガリガリの上、腹だけがぽっこり出ていておまけに猫背だ。

あまり美味くないが、仕方ない。

酒呑童子は飛蝗の腕をもぎ取ると、バリバリ骨を砕きながら腹を満たす。

もう一方の腕をもぎ取り、飛蝗の腹を蹴飛ばして地に転がす。

飛蝗は再生する鬼だ。腕くらい、十日もすれば元に戻る。

非常に生命力が強く、何も喰わなくても生きていられるらしい。よって人を襲うことも、他の鬼と争うこともない。実に無害な存在だ。

だが。

「生きていて、何が楽しいのか」

鼻を鳴らし、飛蝗を嘲笑う酒呑童子。

美味い飯、強い力、それに権力。

赫灼に茨木といった大鬼がいない今、酒呑童子の独り勝ち状態である。

赫灼派の鬼は大人しいもんだし、茨木派の残党も、いたとしてももはや力はない。

注意すべきは人間。

しかし人間であれば恐れることもあるまい。潜り込ませている鼠から、人間たちの企みは手に取るようにわかる。

二十年前、人間がここに攻め来んで来た時既に風は酒呑童子に吹いていたのだ。

そもそも人間共が鬼の討伐にやって来た原因は茨木が人間を襲いすぎたことにある。

その結果死んだのが赫灼なのだから、茨木の奴も運が良かった。

赫灼、茨木、酒呑の三鬼で均衡を保っていたと言われるが、実際には赫灼の勢力が一番強かったといえよう。

人間とも適度に距離を保ち、罪人以外の殺生を禁じたのも赫灼だ。『人間の敵にならないこと』こそが、鬼を繁栄させる。

そんな考えに反発する鬼も多かったが支持する鬼もまた多い。それは今も根付いている。

赫灼の元に人間の赤子が生まれた時も、赫灼の一派みなに大層可愛がられたそう。

その赤子の名は。

「白榔、と言ったか」

腹が減ってむしゃくしゃする。

「あぁ、そうだ」

白榔という赫灼の子と、鬼の都に攻めようとする人間たち。

うまいこと転ばせば、一層美味い『餌』にありつけそうだ。

酒呑童子は部屋に置いてある酒の甕を持ち上げ、ごくごく飲み干すとニタリと嗤った

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