第26話

「よくよく考えてみれば、いてもおかしくはないやろな」

蕣花から聞いた話を頼光は晴明に報告していた。

白榔という名の人間のことを聞いた晴明は、深刻そうに眉を寄せてそう言う。

「人間から鬼が産まれるように、鬼から人間が産まれると?」

「理屈としては当然あり得るんやけども、それより鬼が人間を育てることが珍しいんや」

「白榔の親はやはり鬼なのでしょうか」

「さあ。可能性は大ありやけども」

「俺たちが鬼の都を攻撃したとして、白榔はどういう立場になるでしょうか」

「それも、分からん。ただ、戦う覚悟はしておった方がええな」

「そうですよね」

まさかこんな形で人間がいると思っていなかった頼光は動揺していた。

確かに、綱たちの逆だと思えば納得はするが、突然出くわしでもしたらもっと動揺していただろう。貴重な情報をくれた蕣花には感謝せねばならない。

「しかし気になるのはあれやな。鬼を複数殺しておいて、役人らしき鬼たちはそいつを捕縛せんかったんやろ?」

金時が蕣花を鬼からさらった時、窃盗ということで縄をかけられたと聞いている。鬼の都での規律はどうなっているのだろうか。

「······なんや、まだまだ分からんこと多すぎや。白榔が何者なんか、調べな気ぃ済まなくなってもうた」

「まさか酒呑童子の子とか」

親が鬼、捕縛されない、という点から考えてみた答えなのだが、晴明には一蹴されてしまう。

「酒呑童子の子やったらそんな商人やるかいな。茨木童子の子だとしたら追われるか、とっくに殺されているやろうし」

「では、赫灼童子の子?」

「確証はないけどな。捕縛されへんていう理由としては弱い気もする」

金時たちが聞いてきた赫灼という鬼。

人間に殺されたと聞いたが、殺したのは時期的に坂田蔵人であろう。

白榔の親が赫灼童子であるとして、これらの仮定が事実であれば金時を白榔と鉢合わせさせるのは危険になる。

優しい金時のことだ、白榔に同情して戦えなくなるだろう。

「もし白榔が敵対してきたら、頼光がおさえた方がええな。可能ならの話やけど念のため、従者の誰かを側につかせておくように」

「心得ておきます」

「理想的なのは、その白榔を仲間にすることなんやけど」

「孫子ですね」

元々敵であった者を味方に引き入れ、情報を得て侵攻を容易にする。反間というものだ。

この反間を使いこなすのが戦に勝つ上で重要と説くのは、先日から何度も読み込んでいる孫子の兵法である。

「まあ、簡単やないか」

「情報は集めなければいけませんね」

しかし解せぬことがある。

これまでに菘、貞光を中心に鬼の都の調査を進めて来たが、白榔のことを聞いたのは蕣花からだけなのだ。

鬼の都は広いというから、そこまで調査が進んでいないだけだろうか。

いずれにせよ、その情報を得たからには策の練り直しの必要がある。

情報が増えるだけ、討伐の日が遠退く現実に頼光は頭を抱えた。

その心裡を察知したように、晴明は頼光の肩を叩く。

「堪忍な。死なせへんためや。誰もな」

「はい。わかっております」

従者の皆を死なせないためでもある。

そう思えばこそ、急く気持ちを抑えることができたのだった。

晴明邸を出て自宅に帰ると、頼光の部屋の隣で綱と貞光の声が聞こえた。

「で、貞光。人間たちが捕まっているのはこれで全部?」

「あとここ。捕らわれの人間が八人いる。その隣の建屋は三人。これで多分全部だ」

「隠し通路は」

「こことここ。あとここ」

「図面できたな」

一度会話が途切れたところで、頼光も合流する。

頼光に向かって二人は一礼するが、頼光はできたという図面をじっと見た。

「これで図面は完成か?」

「はい。概ね」

「ありがとう。ご苦労だったな」

「いいえ!」

わずか数日でありながら、鬼の都の図面を完成させてしまうとは舌を巻くほかないというもの。

仕事の早さには感心するが、今日は新しく聞きたいことがある。

「なあ、貞光。白榔という名の人間がいると蕣花殿に聞いてきた。果物売りらしいが、知っているか?」

「人間で、白榔という果物売り?いませんね」

「いない?」

知らないではなく、貞光ははっきりと断言した。

「はい。鬼の都に、白榔と名のついた人間は住んでいません」

どういうことだろうか。

確かに、いればとうに耳にはするだろう。

「もしかしたら、都の外の村かもしれませんね」

「悪いが貞光。その白榔という人間について調べてくれないか」

「御意!」

「あの、俺もついていっていいですか?」

と、綱がお伺いを立ててくる。

貞光を見ればあまり歓迎ではない顔なのは明らか。

「綱、ダメらしい」

「えぇ!頼むよ貞光ー!」

感情が面に出やすい綱らしい反応。しかし貞光は冷ややかに言い放った。

「ついて来てどうすんの?」

「手伝う」

「何を?」

「それはわかんねえけど」

なかなか引かない綱も珍しい。

なので、頼光は責める風でもなく訊ねてみた。

「何故そんなに行きたいんだ?」

「だって、早く鬼の都にいる人たち助けなきゃでしょ?」

「菘や貞光の調べて来たこととか、蕣花殿の話とかさ、今日もあそこで誰かが死んでいるってことじゃないですか。そんなの、許せます?」

一刻の猶予もない。

頼光もできることなら早く救出に向かいたい。

それができないのは頼光としてもツラいことだ。

その気持ち、貞光も分かってはいるのだろう。

腕を組んで思案するように唸っている。

そして、

「いいか、オレの言うことちゃんと聞けるか?」

と綱を一睨み。

「善処する」

そう答える綱に貞光はさらに念押し。

「固く誓え!じゃねえとダメだ!」

「固く誓います!」

そんなわけで、珍しく綱の隠密業務が決まったわけであるが。

「どうせ同行させんのなら季武がよかった」

と言われ落ち込む綱。

貞光はといえば、なんだかんだいって決めたことは責任を持ってやり遂げる気概がある。

きちんと成果を出すだろう。

皆のこうした働きが報われればいい。

だからこそ、死なせるものか。

頼光は再び図面に視線を落とすのだった。

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