第24話

「すっかり暑くなったなぁ」

夕刻、まだ高い日を自邸の庭で眺めながら晴明が扇で仰ぐのをぼんやりと頼光は目に留める。

従者で今いるのは金時のみ。

生温い風が頬を撫でると、着物にはじわりと汗が染みた。

「この暑さで鬼も参ってくれたらええんやけど」

いつも通りの穏やかな笑顔で晴明は頼光と金時の座る部屋にあがってくる。

「で、頼光。相談てなんや?」

扇を仰ぐ手をとめず晴明が尋ねて来たが、相談事があるのは頼光ではない。

「晴明様、相談は金時からです。一緒に聞いていただけませんか」

今朝、季武が短くこう言ってきた。

『金時が何か悩んでいます。晴明様と一緒に聞いてやってください』

加わってまだ日が浅い金時。

都や、帝に幻滅したこともあろう。

酒呑童子討伐が現実味を帯びて来てもいる。

悩まぬ方がおかしいというもの。

それは晴明も同じ考えだったようだ。

「ええよ。足柄から出てきてん、そろそろ気持ちも疲れるやろ。言いたいこと、聞きたいこと吐き出してスッキリしていき」

金時は緊張した面持ちであったが、晴明の明るい声に安堵したように見える。

「お二方とも忙しいのに申し訳ない。じゃが貞光さんも怒らせてしまったし、酒呑童子の元へ行くのに迷いはないほうがええとも思ったもんで」

恐縮しきりといった金時であるが、頼光も晴明も迷惑と思うことはない。

話し合いは大事。だから話してくれることは寧ろ喜ばしい。

「貞光怒らせたん?あいつすぐ怒るからそこは気にせんでもええわ」

怒っているところは晴明には見せない貞光だったが、完全にばれていることが気の毒にも思える。常々、隠す必要もないと思っているが。

「···季武さんにも同じこと言われました。しかし」

言いにくい、というよりは何から話せばよいかという迷いが金時から見て取れた。

なので頼光から、

「貞光は何に怒ったんだ?」

と、聞いてみる。

金時は軽く頭を搔くと、記憶を辿るようにゆっくりと話し出した。

「そもそも、ワシが『人間が動物を殺すのと、鬼が人間を殺すのと同じじゃないか』と貞光さんに聞いたのが発端というか」

金時のその言葉で頼光は察する。

「貞光は違うと答えたんだな。で、金時がそれに納得しないから貞光が怒った?金時が鬼を擁護していると思ったのか」

「おぉ、ご名答じゃ···。いざという時鬼を倒せないんじゃ困ると」

目を丸くする金時だが貞光との付き合いも長い。

何が彼を怒らせるのかは大体察しがつく。

「貞光はな、鬼が嫌いなんだよ」

「そう言うてた。鬼には鬼の世界がある。鬼はそこにいるべきだとか」

『鬼には鬼の世界がある』、それは晴明がよく言っていることだ。

貞光は晴明の影響を強く受けている。

その理由は彼の生い立ちにあった。

「金時、俺たちが会ったばかりの頃、『人間から生まれた鬼の子は殺されたり捨てられたりすることも多い』って話したの覚えているか?」

「あ、はい」

「貞光がそれに近くて、実の両親から殺されかけた。両親は貞光を育てようとせず、親戚中でも厄介者扱い。幼少期は随分辛い思いをしたらしい。それは鬼の血のせいだと。貞光が鬼を嫌うのはそういう理由があるんだよ」

鬼が人間の世界にいなければ、人間と交わらなければ。

貞光の鬼に対する憎悪は深い。

父親はいなくとも、母に愛されて来た金時とは対照的なのだ。

親戚中を渡り、ようやく辿り着いたのは晴明の元。

貞光は何年かは晴明と暮らしていたことがあるというわけだ。

礼儀正しく、品行方正でなければ追い出される、当時の貞光のそんな思い込みが今も『猫被り』のような行動として現れている。

金時は頭をガリガリと搔いていた。

「じゃあ···貞光さんにとって、ワシは目障りな存在じゃなかろうか」

大きな体で、不安そうに目を伏せる金時。

「何を言っている。金時を仲間に、そう初めに言ったのは貞光だろう」

貞光は晴明の特命で金時をよく見ていたはずだ。その上で、金時を仲間にと言ったのだから、簡単に見放したりもしないはずだと頼光は思う。

「そうじゃったか?いや、そうじゃとしても、貞光さんはワシに失望したじゃろうし」

しかし頼光が思っていたより相当に金時は気に病んでいたらしい。

なんと声を掛けようか、迷っていると今度は晴明が口を開く。

「金時は足柄に帰りたいんか?」

「···いや、そいういうことではない」

否定の言葉がすぐに出たことに頼光は安堵した。

晴明はさらに金時に問う。

「鬼の都を倒そうとは思てる?」

「倒したほうがいいのは分かっています」

金時ははっきりと答えた。

「せやったら、それでええやん。言うとくけどな、鬼を倒す理由なんてもんは皆色々や」

「理由···」

「季武も貞光と似た境遇やねん。家じゃずぅっと腫れ物扱いで、今でも実家には寄り付かん。せやからこの二人はな鬼の血が憎いんや」

鬼でありながら鬼を憎む。鬼の討伐をする理由としては実に単純だ。

「綱さんと菘さんは?」

「菘の生い立ちは実はようわからん。独りで大文字山をさ迷っていたところを、頼光たちが拾ったんや。あの子は頼光の為に働いているな。綱は金時と似てるかもしれへん」

「似てる?」

「親に愛されてすくすく育って。困ってる人見かけたらすぐ駆け寄っていきよる」

「綱さんは、なぜ鬼退治を?」

「そら、狂暴な鬼を放っておいたら家族も危なくなるからやろ。さっきの質問、人間が動物を殺すのと鬼が人間を殺すの、綱やったらおんなしって答えるやろな。」

幸せな暮らしがある。それを知っているから、守りたい。鬼を倒すことでしか守れないなら、倒すしかない。

綱の思考はこうなのである。

菘に関しては、常々頼光を『絶対に守る』というようなことを言っている。頼光の仕事を忠実にこなし、障壁は排除する。その方法が鬼退治なのだ。

頼光は金時にそう話した。

「わかったか?みんな俺について来てくれるが、鬼を退治する理由なんて案外違うものだ。同じであろうとする必要はない」

立場が違えば考えも違って当たり前。それで良いではないか。

「その質問の答えも、金時は金時の思う答えで良い。ちなみに俺は綱や金時と同じ考えだ」

生きるためならばともかく、むやみな殺生は罪深い。それは人も同じ。

「俺は貞光と季武を支持するで」

しかし、本来鬼は人間に関わるべき存在ではないのだから、同じと考えるものではないという意見も頼光は理解している。

「鬼を倒すことそのものが目的じゃない。そうしなくて済むならそれに越したことはないんだ。俺たちの目的は、何かに脅かされる人々の生活を守ることにある。その何かが鬼でも人でもだ」

結局のところ、頼光の職務はこれなのだ。

人々の安全を守りたい、これに尽きる。

「考えが違っても、同じ目的に向かって認め合っているということか。······なんか群盗の捕縛を思い出しました」

群盗は人間。決して許される連中ではない。それを金時も既に知っているはず。

「そういうことだ。敵ではなく、守る方に目を向ければ迷いは晴れるんじゃないか」

頼光の言葉でスッキリした顔つきに変わった金時。

頼光も安堵して、出されていた茶で喉を潤す。

すると、玄関の方から賑やかな声が聞こえた。

「さぁ、今日も作成会議や」

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