第23話

深夜になっても寝付けず、金時は大きな体をムクリと起こした。

大江山の鬼退治。

不安でないと言えば嘘になるが、眠れぬのはそのことではない。

鬼の都で出会った蕣花という女性。

彼女が鬼にどんな目に遭わされてきたか。

それを聞くまで、鬼も人間もそれほど変わらないと考えた自分が愚かすぎる。

自分の父親も、鬼に殺されたかもしれないのだ。

じっと、金時は自分の手を見た。

大きいが、形は人と変わらない。

しかしその手で額を擦れば、左右に角。

深い、深い溜め息を吐くと視線を感じ、そちらに目を向ける。

「貞光さん?起きてたんか」

「でっかい体が何回も寝返り打ってたら寝らんねえし」

「すまん」

「寝らんねえの?」

欠伸をしながら体を起こす貞光。

菘は別室。綱、季武は同じ部屋だが、中央を仕切っている衝立の向こう側で寝ている。

「すまん。もう寝るから貞光さんも寝てくれ」

「んー?なんかあって寝らんねんじゃねえの?あれか、大江山が怖くなったか」

「いや、そうじゃない」

自分でもよく分からない、モヤモヤ。

話した方がよいか一瞬迷うが、夜目に貞光の三本の角が見えて金時は口を開いた。

「貞光さんは自分も鬼じゃろ。鬼のこと、どう思っとる?」

「ん?オレね、鬼って大嫌い」

想定外に強い言葉で貞光は言い切った。

「じゃ、人間は?」

「良い奴は好き」

「綱さんとか、季武さんに菘さんは?」

「菘は嫌い、綱と季武は別に嫌いじゃない。あのな、菘は年下だろ、呼び捨てでいんだよ」

聞かなければ良かった。

が、ここまで聞いたならいっそのこと全部聞いてしまおう。

「なんでそんなに鬼が嫌いなんじゃ」

そう聞くと貞光は空を見つめ、

「鬼は鬼の住む世界があんの。ここは人間とか、動物が住む世界なんだよ。鬼が住んでいい場所じゃない。仏様だってこの世界にいないだろ」

「そう···か」

「なのに、でかい顔し過ぎ」

「じゃあ、ワシらはその鬼の世界に帰った方がいいと?」

「それは違うよ。親、人間じゃん。人間の世界にいるならいるで、大人しく出来りゃいいの。それが出来ない輩が多くて嫌いなの」

鬼の住む世界。人間の世界。なるほど、と金時は感心する。そういう発想は持っていなかった。

大人しく、とは人間を殺したり食ったりするなということだろう。

人間だって人間を殺す輩の方が少数ではあろうが、動物に対しては、果たして。

「人間が動物殺すのと、鬼が人間を殺すの。同じだと思わんか」

「思わんね。同じじゃないよ」

「······」

「それ言ったらキリねえじゃん。害虫の駆除は良くて動物はダメなわけ?結局さ、意思の疎通が図れるかどうかだろ」

「意思の疎通?」

「要するに、『喋れない』生き物」

「貞光さんは動物なら殺しても心は痛まんちゅうことか」

「そういうことになるなあ」

金時の胸は失望に包まれる。

懸命に生きる者、人間だけでなく動物も虫だって平等な命だ。そう思っている金時とは相容れぬ価値観。

どちらが正しいという事でもないのだが、金時は頼光の従者からは聞きたくはなかった。

無言の金時に、貞光は何かを感じ取ったように苛立ちの声を発する。

「生きるているもん全部に優しくなんてできねえよ。自分がそうできるからって、他者にそれを押し付けるなよな」

「貞光さん?」

「そうできる奴ってのはな、結局さ、恵まれてんだよ。優しくされて愛されて来た。だからみんなもそうされるべきだって思っているわけだろ。甘いよ」

何かが貞光の癇に触ったらしく、饒舌に彼は尚も捲し立てた。

「いざって時に敵を殺せませんじゃ困るんだよ。その覚悟できてねんなら足柄に帰ったら?こっちの命があぶねえわ」

一気にそう言うと、貞光は衝立の向こうに消えてしまう。

綱の呻き声が聞こえた後はしんと辺りは静寂と化した。

怒らせるつもりはなかったのだが、今は謝罪の言葉は聞いてもらえないだろう。

金時は布団に潜るものの、結局眠れることなく空は明るくなってしまった。

「金時、結局眠れなかったのか」

衝立の向こうから顔を出したのは季武。

小声ということは綱も貞光もまだ寝ているのだりう。

それよりも気になるのは、

「季武さん?なんで知っとる?」

ということ。

季武は小さく欠伸して答えた。

「貞光がでかい声出してたろ?元々怒りっぽい奴だから気にしない方がいいぞ」

「起こしてしまってたか、すまんかった」

申し訳なくて謝罪する金時。

「お前は相談する相手を間違えただけだ。晴明様とか頼光様に同じことを聞いてみろ。綱もお前の考えに近いだろうな」

「そうか···」

しかしこんな事を相談するのも憚られる。

そんな金時の気持ちも季武はお見通しのようで、

「せっかく増えた仲間だ。酒呑童子と戦う前に離脱はしてほしくない。迷いがあるならそれを晴らすのがお互いの為なんだぞ」

そう言われればそうだと、金時は体を起こして身支度を始めた。

「季武さん、ありがとう」

「ん。あと一つ、貞光に謝罪は不要だ。蒸し返すなってまた怒られるぞ」

そう教えてくれる季武も身支度を始めたのが気配で分かる。

直後、綱と貞光が季武の踏みつけで起こされたらしく、二人の悲鳴が上がったのだった。


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