第22話

ヒドイ喉の渇き。こういう時は生き血に限る。

酒吞童子はのそりと寝所を出ると鎖に繋がれた鬼を一体引きずって寄せた。大きな爪を喉に突き立てれば、血が噴き出しそのままがぶがぶと喉を鳴らす。

悲鳴は上がらない。

鬼は簡単に死なないから便利だ。これが人間だったらうるさい悲鳴を上げた挙句、喉の渇きも癒えぬまま死んでしまうところ。

何鬼も繋がれている鬼はこの町で罪を犯した罪人。端的に言えば酒呑童子の『餌』というわけだ。

肉を好む鬼、内臓を好む鬼も多く、酒呑童子もそれらが嫌いなわけではないが、一番は血を好んだ。

人間も悪くはないが、鬼のほうが美味く感じる。それに鬼を喰い続ければより力は強くなり、体も大きくなる。

鬼の都を奪い、治めるからにはその方が好都合でもあったのだ。

一体の血だけでは足らず、もう一体の血を飲み出す酒呑童子。

暗い部屋にわずかな松明の明かりだけが灯る部屋。四隅には香炉。

酒呑童子はのそりと部屋を出ると、迷宮の如き通路を歩く。いくつもの曲がり角、分かれ道を迷いなく進むと一つの大部屋に着いた。

そこは罪人を繋ぐための部屋であり、官吏の鬼が酒呑童子を見て頭を下げる。

「酒呑童子様、おはようございます」

「おう」

「本日の罪人をお連れしました」

「おう」

「先日の秋津、雨彦両名の殺害に関しましてはまだ下手人がわかっておりません」

「はやく調べろ」

じろりと酒呑童子が睨めば、官吏は汗をだらだらと流しひたすらに平伏した。

「申し訳ございません!顔を見た者が少なく、難航しておりますが、近いうちには必ず…」

「三日以内に探し出せ」

「…」

「できないのか」

「…っいいえ!三日以内には必ず!」

「じゃ、もう行け」

官吏はもう一度頭を下げ、逃げるように部屋を出て行った。

繋がれた罪人を一瞥すれば、何体もの鬼が悲鳴を上げる。

うるさいが仕方ない。これから餌になるのだと思えば仕方なかろう。

それよりも酒呑童子が気になるのは、官吏であった秋津と雨彦を殺した輩がいるということ。この大部屋の前での出来事だったらしい。

当時罪人として連行されていた鬼も、下手人たちと消えたというのだから、酒呑童子の心中穏やかでない。

この大部屋まで来たということは酒呑童子が普段いる部屋にも近いということだ。

ならばどうするか。

酒呑童子が追い出した茨木童子かとも思ったが、おそらくそれは違う。化ける術を持っていたとして、奴の数少ない仲間はとうに食ってやった。この短期間で仲間をつくって戻っては来られまい。

さらに厄介なのは二十年も前に死んだ赫灼童子の残党たち。

恨まれる心当たりもある上、赫灼の求心力は絶対的なものがあった。赫灼派は赫灼童子に心酔し、鬼の都を酒呑童子が治めるのに納得していないという声も上がっている。

だが、連中が何か行動を起こすかと考えればそれも考えにくい。

厄介な相手なのは確か。しかしそれは、奴らの賢さ故のことでもある。

勝機のない戦いはしないはず。今、酒呑童子の権力は絶対。この頃合いで何か仕掛けても、奴らにとって得られるものなどない。

では、ほかに考えられる者は。

「···人間か」

この鬼の都もずいぶん大きくなった。

赫灼亡き後、茨木がさっさと都の建築に乗り出してしまったため、お手並み拝見とばかりに傍観していた酒呑童子。

しかしまあ、大きくなりすぎたといえよう。

鬼が人間を喰うのを、人間がそのままにしておくだろうか。

否。

思えば、二十年前に人間が大江山に来た時も、茨木が矢鱈滅多に人間をさらい過ぎたせいだ。

茨木は力と生命力ばかりが異様に強く、そのせいか賢さが足らない、と酒呑童子は評している。

鬼とて知恵は必要。

「なぁ、鼠」

独り言のように呟き、視線を壁に空いた穴に移す。

そこから顔を出す大きな鼠。額に小さな角が生えた、鬼が操る忠実な配下だ。

呼ばれた鼠が酒呑童子の元へと走ると、腰に小さな紙が巻かれている。

それを取って読むと酒呑童子はにまりと嗤った。

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