第19話
季武との手筈通りに、金時は鬼たちに捕まり、腹が減っていたため盗みを働いたと話したところ手に縄をかけられた。
大人しく自ら手を差し出したため、手のひらに忍ばせた矢尻は見つかることがなかった。
時折垂れる血の跡を目で確認しながら、人間でいえば官吏のような鬼の二人組に連れられて歩く。緊張からか、たいそう長い時間に感じた。
耳には遠くで鐘の音が聞こえ、その打数六つ。
ぼんやりとその音を聞くと、前方に大きな門が見えて来た。
その中に城が見える。酒吞童子の住処かと思っていた所だ。
やはりここなのか、という金時の予想は外れる。
門をくぐる手前にある、特別大きくはない普通の屋敷。一行はそこに入った。
「さっきの門の先じゃないんか」
思わずそう溢した金時。
「お前、最近来たやつだな。あそこの先の城は茨木が建てたやつよ。酒呑様が使うわけねえ」
そう答えたのは
「酒呑様は自分の城は自分で造っているんだよ。ほらこの下だ」
三つ目の
その先は地の下へ続く階段だった。
灯りはかろうじて灯っているが、前を歩く秋津と雨彦の顔がギリギリ見える程度。
その中を、予想外に深く降りて行く。
季武たちは後を追って来られるだろうか。そんな不安が過りながら、相当に長い階段が終わった。
しかし、酒呑童子のところまではまだ着かないらしい。
「なあ、これって先ずどっちだっけ?」
「あ?先ずは左だろ。左、右、右、左、真ん中、右」
「最後は左だろ」
「いや、右だ」
諍いを始める鬼を横目に、目を凝らして金時は前方を見る。
木製の扉が三つ。鬼たちの会話から察するに、このような選択がいくつもあることになる。
間違った扉に入るとどうなるのか。
それが知りたくて、
「右でも左でもええじゃろ。早く行かんでええのか」
そう探りを入れた。
「馬鹿言うんじゃねえ!間違えたら最期、剣山に落ちたり毒霧を喰らったり。生きて出られねえんだぞ」
秋津の剣幕に押され金時は怯む。
「···じゃ、よくよく思い出してくれ」
そう声を絞り出すが、それは季武たちの為でもあった。追って来られているかどうかは分からないが、彼らに危険が及ばぬよう金時は今の自分のやるべきことをやるしかない。
手のひらに力を込め、血を垂らす。
金時の言葉に雨彦が声を荒げた。
「何言ってやがる!お前は酒呑様に喰われるんだよ!」
「やっぱりそうなるんか」
「窃盗は重罪だぜ」
「なんとか許してもらえる方法はないかのう」
「期待しねえほうがいいぞ」
「とにかく、行くぜ」
縄を引かれ、左の扉に入る。灯りはさらに減り、代わりに耳が研ぎ澄まされた。
ジャリジャリと足が踏みつけ、時折ポキリと折れるのはもしや骨であろうか。
今さらぞっとするものでもないが、やはりいいものではない。
気が急く金時だが、思いの外次の扉は早かった。
一行は迷うことなく右の扉へ。
黙々と進んではいるのだが、沈黙が居心地悪いことと、何かこの都に関して情報を引き出せないだろうかと考え、金時は口を開いた。
「なあ、なんでこんな造りにしたんじゃろうか」
雨彦と秋津は顔を見合わせる。
二体とも、はっきりとは知らない様子だ。
「正しい道知っているやつじゃないとたどり着けないからな。酒呑様が茨木を追い出したように自分も誰かに襲われないよう···だと思ってんだけど」
「そうかあ?茨木を追い出したら酒呑様に逆らうやつなんていねえだろ」
「今はな。長い目で見れば分からねえさ。元々三つの派閥で保ってた均衡が、急に崩れ出しただろ。いつ何があるかなんて分からねえよ」
初めて聞く新情報だ。金時はどきどきしなからさらに訊いてみた。
「三つの派閥?酒呑童子と茨木童子?の対立だけじゃないんか」
「ほんの二十年前よ。
「誰に殺されたんじゃ」
「人間だよ人間。けどその人間も酒呑様か茨木かに殺されたけどな」
「あれからだな、茨木が調子に乗ってきたのはよ」
「そうかもしれねえ。けどなぁ、赫灼様にしろ茨木にしろ、まだ残党が残っているかもしれねえからな。酒呑様は用心深いんだよ」
赫灼、茨木、酒吞童子。かつては三つ巴だったという。そこに絡んで来た人間。聞かずとも、坂田蔵人だろう。熱くもないのに汗を滲ませて、さらに鬼の都についての情報を掴もうと試みた。
「ここに住む鬼はみんな派閥に入っとるんか」
「いやいや。最近じゃお前みてえによそからくる奴も多いからな。派閥だの言っているのはもともとこの近辺に住んでいたやつくらいじゃねえの」
「あんたらはどうなんじゃ。酒呑童子派なわけか」
「まあ、そういうことになるな」
「じゃあ、よほど有能なわけじゃな。酒呑童子に買われとるんじゃから」
「そ、そうか?」
「酒呑童子の居場所っちゅうこの地下の道を知らされているってことは、そういうことじゃろう」
「お前、田舎もののクセに分かるやつだな」
「どうじゃろう、命ばかりは助けてくれるように言ってくれんか」
「てめえ、それが目的か!」
しんとと静まり返る地下で、鬼たちの大きな笑い声が響く。
金時の肩をばんばんと叩き、頭を撫でてかき乱す仕草は人と変わらない。
人を喰いさえしなければ。
金時はそう感じた。『人を喰う』、そのことが一番問題なのは分かるが、人だって人を殺す。それは罪になるが、狩りと称して動物を殺めたところで何も罰はない。
人間は、人間であることだけで正義だと思ってはいまいか。
金時はそう思い至って、それを打ち消すように首を振った。
人間だって喰われぬように必死なのだ。抵抗することは間違っていない。
金時に危険な迷いが出始めたころ、いつの間にか最後の扉にたどり着いていた。
「で、右か、左か」
腕を組んで唸り出す鬼たち。
しばし時間が必要かもしれないが、できれば速やかに進みたい。
「扉だけ開けてちょっと中見るんじゃダメか」
と金時は提案する。
まあダメだろうと思ってはいたのだが、
「それなら大丈夫じゃねえか?」
「やってみるか」
と意外にも乗り気だった。
「そもそもよ、俺は右だと思ってんだよ」
「俺は左だと思う。同時に開けるぞ」
鬼たちはそう言い合って、左右の扉に手をかける。
「···せえーの!」
互いに扉を開けたその瞬間。
金時の後頭部を何かが殴って行った。
大きな体が倒れ、目で捉えたのは顔を隠した二人組。
「何もんだ、てめえら!」
気づいた鬼二人が身構えるが、暴漢二人は左右に散り、一瞬の間に鬼たちを扉の中へ押し込んでしまう。
その内、左の扉の奥からは悲鳴が上がった。
すぐ後、右の扉から鬼が雄叫びを上げながら戻って来たが、暴漢の一人に首を刎ねられてしまう。
鬼たちを殺した二人組が顔の布を取れば、季武と貞光であった。
「金時、大丈夫か。殴って悪かったな」
声を落として貞光が金時の手の縄を切ってくれる。
「あ、あぁ。大丈夫じゃ」
そう返事をするものの、突然のことだったのでまだ状況が掴めない。
そもそも、季武と貞光で金時の後を追うという手筈だったことを思い出した。
二人が金時と合流したということは調査の終了を意味する。
「これで終わりにしてええんか?」
この扉の先に酒呑童子がいるのか、まだ先は続くのか。
続くとしたら続行したほうが良いのではないかと金時は考える。
「いい。この先続くとしたらより危険になっていくかもしれない。ひとまず撤退、帰京する。金時が助けた女性も、送り届けなければならない」
そう言われれば女性は確かに心配だ。
「分かった」
納得してそう答え、歩き出す季武と貞光について行く金時。
右や左といった扉の順序を引き返して行くが、貞光が帰り道であるはずのない扉を開けようとする。
「貞光さん、そこは違う」
金時はそう制止するが、ニタリと貞光は笑った。
「こっち、近道」
本当なのか信じられぬが、季武も制止せずに貞光にしたがった。
季武が言うには、
「貞光は逃げ足も速いが、逃げ道を見つけるのもうまい」
のだそうだ。
「それって誉めてんの?」
不服そうではあるが、扉の先に罠の気配なく、しばらく歩けば地上への階段にたどり着く。
「な?」
得意気な顔をする貞光に金時は素直に感心した。
地上は夜。
昼間よりもいっそう賑やか。百鬼夜行よりもはるかに多い鬼の数と所々で上がる悲鳴。
「金時、全員助けていたらもうここで動けなくなるぞ」
心を見透かされたのか、季武に釘を刺される。
「わかっとる」
せめて、昼間助けた女性だけでも。
その思いは同じか、季武と貞光の歩が速まったのだった。
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