第18話
綱と菘は茨木童子を見つけただろうか。
季武に貞光、金時は鬼の都で無事だろうか。
従者たちの身を案じながらも、貴族であり武官の頼光は日々の業務に勤しむ。
馬に乗り、鎧を身に着けて太刀を提げた頼光は、ゆっくり馬を歩かせながら暗くなった夜道に目を光らせた。
後ろには若手の平井保昌。
前後左右を、鋭い目で見渡している。人懐こい性格とは裏腹の目付きに、彼の真剣さが表れていた。
そんな時に突然、何かの音が微かに聞こえた。
保昌にも聞こえたようで、
「頼光さん!頼光さん!」
と慌てた様子を見せる。
「しっ!」
もう一度耳を澄ませば、確かに人々の悲鳴のような声が上がっている。
「頼光さん!群盗でしょうか」
保昌はそう言うがそれは頼光たちの今いる位置からでは判断できない。
今、頼光たちがやるべきことは、悲鳴の元へ駆けつけること。
「保昌、急ぐぞ!」
「はい!」
だんだん声の大きくなる方角へ駆けると、そこには一丈にもなるかという大きな鬼の姿。
それに対峙するのは綱だった。
「保昌、避難誘導頼む!」
「御意!」
人々の安全は保昌に任せ、頼光は綱と合流する。
「綱!無事か!」
「頼光様!この鬼、茨木童子です!」
息を乱し、疲労している綱に、茨木童子が無数の火球で襲って来た。
避けるので手一杯になってしまうが、これほど凶悪な鬼はこの場で倒さなくてはならない。頼光は馬から飛び降り、太刀で火球を斬ってみる。
すると、ぱっと光を放って火球は散った。辺りは白い煙で包まれる。
「ほうほう。この火球が斬れるのか。なかなかの名刀だ」
茨木童子の感心したような声ではあるが、まだ敵には余裕が感じられた。
まだ攻撃の手は持っているのかもしれない。
とはいえ、受けてばかりでは倒せない。
さて、どうするか。
策を思案しようとしたところへ、綱が駆け寄って言う。
「頼光様、左右から挟みましょう」
綱が提案したのは無数の火球や、他の茨木童子の攻撃の狙いを定めさせない手である。
綱を見れば、左拳で胸を二回叩いた後にその拳を前に突き出していた。
「分かった」
頼光はそう応じて、綱と同時に敵の左右に分かれて駆けた。
暗い夜であることと、火球を斬って発生する煙を目暗ましに使う。
「堂々と策を相談するとは愚かよ」
茨木童子はそう嗤うと、先ほどの火球の倍ほどもある火球を作り出した。
頼光は冷静にそれを見つめる。
大きくなった分、生成には時間がかかっていることを確認したら、その火球が綱のいる方に飛んでいった。
そして茨木童子が再び火球を作ると、次の標的は頼光。
飛んできた火球を斬れば、これも霧散して白い煙が上がる。
斬ったと同時に手に痺れが走るが、戦いに影響の出るほどのものではなさそうだった。
火球を斬られる度に徐々に速度を上げて、なおも襲ってくる茨木童子。
辺りに白い煙が蔓延して茨木童子の姿を隠した。
そろそろ好機のはず。
「一、 二の三!」
数えた瞬間に、体勢を低くして頼光は茨木童子のいた場所に向かって地を蹴る。
煙が薄くなって、茨木童子の姿を捉えた瞬間に足首を狙って太刀を振った。
綱も同時に太刀を振って、茨木童子の首を捉えているのを頼光は見る。
ただし、頼光の反対側ではなく、頼光のすぐ頭上でだ。
それともう一太刀。茨木童子の胸から小太刀が覗く。
小太刀を使うのは菘。
どっと倒れた茨木童子。
風が白い煙を攫っていくと、頭と足首が斬り落とされた大鬼の姿が露わになった。
「菘、いたのか」
その頼光の言葉にようやく菘は姿を見せる。
「いました!いましたよ、ちゃんと!こっそり機を窺っていたんです!頼光様を守るのがあたしの役目ですから!」
逃げたのでも休んでいたのでもないと言いたげな菘は若干憤慨気味だ。
「綱が頼光様に手振りの合図送っていたでしょ?万が一、失敗した時の為に背後から準備していました」
手振りの合図とは、左拳で胸を二回叩いた後にその拳を前に突き出していたのがそれだ。
叩く場所と回数、突き出す方向で決まりがある。
叩く場所が胸なら上下に分かれる、二回叩いて同時、拳を突き出すのが前なら攻撃。
つまり綱が伝えていたのは、『上下に分かれて同時攻撃』だった。
ちなみに『左右に散って順次退却』の場合は、肩を一回叩いて拳は下である。
鬼を始めとして、怪異物との戦いでは声の届かない場合や声を忍ばせる場合もよくあるため、頼光と従者たちで考案したのだった。
頼光との共闘の場合、跳躍力のある鬼が上からの攻撃を仕掛けることになっていて、視界が悪くなるのを利用した綱が頼光側に戻って来ていたということである。
挟み撃ちにすると言って茨木童子を左右に気を散らせ、その裏をかいた形になったのだ。
まさか菘も待機していたとは思っていなかったが、おかげで最小限の被害で済みそうで頼光は安心する。
火球のせいで火が飛んだ場所を、保昌を呼び戻して消火する頃には手に瓢箪を持って晴明がやって来た。
「お疲れ様やったな」
「晴明様!お疲れ様です!」
誰よりも先に、大きな声で保昌が晴明に挨拶するが、もう夜更け。
「静かにせえ」
と晴明に静かに怒られ、しゅんと肩を落とす。
「こいつ、茨木童子やな」
「はい。そう名乗りました」
晴明の問に綱が答えていると、晴明は瓢箪を取り出し、小さく何かを唱えた。
すると大きな茨木童子の体と、転がっている頭、足首がその中に吸い込まれて消えてしまう。
その瓢箪に栓をしたら、晴明は歩き出した。
晴明邸とは違う方角。行先の心当たりが頼光にはある。
「珍皇寺ですか?馬で送ります」
「なんや、無理せんでええよ。夜の散歩や」
「どうせ夜勤ですし、晴明様に何かあったらそちらのほうが困ります」
「そうか?やったらお願いするわ」
晴明の目的地である珍皇寺。そこの裏庭に、冥界に通じるという井戸がある。
晴明は特に鬼をこうして瓢箪に封じ込めた後、その井戸に投げ入れていた。
その井戸を通れば本当に冥界に行けるのかは分からない。確認のしようもない。
しかし晴明がそうしているのなら本当だと頼光は思っている。
頼光は茨木童子と戦うまで乗っていた馬を呼び戻し、晴明を乗せた。
「綱と菘は保昌と共に周辺の警戒を頼む。朝には避難民を家に帰すぞ」
「御意」
頼光はそう指示を出すと、馬の腹を蹴って馬を歩かせる。
珍皇寺は都外の東。
なかなかの距離なので、馬の負担にならない程度に足を速めた。
そうして都の外に出ようかという頃、晴明が
「あかん。頼光、馬をもっと飛ばしてくれ」
「どうしました?」
「さすが、鬼を束ねていただけあるわ。生命力が強い。瓢箪から出ようとしとる」
「っわかりました!」
瓢箪がブルブルと震えているのが頼光にも分かった。
出来る限りの速さで馬を飛ばす。
晴明も呪文を唱えて防ごうとしているが、瓢箪の震えは大きくなる。
「まだ着かへんか」
「もうすぐです!」
頼光の言葉通りに珍皇寺に着き、裏庭まで速さを緩めずに進む。
頼光は晴明から瓢箪を受け取ると、井戸のなかへ放り込んだ。
「間に合った?」
「多分な。ありがとう、馬なかったら、復活されてたわ」
「あの、首をはねて胸を貫いていました。それで死ななかったのでしょうか」
「それで死ぬやつが大多数やけどな。茨木の場合はどうやったんやろ」
「それと、この中で茨木童子はどうなりますか」
「さあな。冥界の君主様に裁かれるんやないか」
冥界の君主とは。多くを語らず晴明は井戸を覗く。
「ま、これで茨木童子の方は大丈夫やろ。帰って寝るで」
晴明がそう言うのなら、頼光はそれ以上のことを聞かず馬に乗って元の道を引き返したのだった。
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