第11話

綱、綱!おーい、朝だぞ」

綱を起こす貞光の声がする。

「…まだ眠い」

深更にここに帰ってきたばかり、眠っていた時間はそう長くないはず。だから眠っていたい。

そんな切なる願いは、布団と共に剥ぎ取られてしまう。

「なにする!」

綱が憤慨して目を開けると貞光の他、同じ部屋で寝た季武と金太郎はすでに身支度を終えていた。

「遅いぞ、綱」

「……」

何日も先に帰ってきていた貞光はともかく、よくもまあすっきり起きられるもんだと綱は感心しきり。

それは金太郎にも言えることで、

「金太郎、ちゃんと眠れたか」

と聞いてみた。

しかしその顔をよく見れば、目の下には濃いくま。

「こんな広い部屋で眠れん……」

野宿を繰り返してここまでやって来たというのに、その時よりひどい顔をしているとはどういうことだと、どこでも眠れる綱としては理解できぬが、眠れぬというのはこの先心配になる。

それは季武も同様のようで、

「ここは離れの客間なんだ。家人を起こさぬようここで寝たが、今夜からは本来の部屋で寝られる。ここまで広くないから大丈夫だといいが」

と金太郎に話している。

「まぁ、早く慣れるしかねえよ。で、今日の仕事なんだけど」

早く慣れるしかない。確かにそうだ。

そうなのだが、夜中に帰って来てもう仕事とは、違う意味で鬼だと綱は感じた。

盛大な欠伸は貞光に無視され、ゆったりと着替えながら事務的な貞光の声を聞く。

「夕刻に晴明様の屋敷に来るようにってさ。それまでオレは金太郎に市中の案内、綱は羅城門の修繕を手伝いに行ってくれって。季武は山部やまのべ基文もとのぶ様の狩りの同行」

容赦のない肉体労働。

まあ、自分の行動一つが主人である頼光の評価や評判になるのだと思えば、綱の気は引き締まる。

両手で頬をばちんと叩き、目を覚ませばあることに気付いた。

「あれ?菘は?」

金太郎のことが耳に入っていれば、やかましいほどに騒ぐに違いない。そう思ったのに姿を現していないのだ。

その問には貞光が短く答える。

「大江山」

「···そうか」

それだけで分かるかい、と思うが、今は聞く気がしなかった。

とにかく、仕事が決まっているなら行くしかない。

身支度を終えたところで大きく主張する腹の虫。

「···飯行くか」

皆で笑いあってまずは朝餉と歩き出した。

野宿するにしても、この時期は山菜が採れるし川を見つければ魚も取れる。宿場に泊まれることもあったし、要は食うに困ることはほとんどない。

それでも、この都で指折りの金持ちの家ならば出てくる飯も美味い。

久しぶりのご馳走をたらふく食って綱は指定された羅城門へと走ったのだった。

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