第9話

故郷に残るか、都へ上るか。

迷うことなく故郷に残る。そう言えなかったのは、自分と同じ銀の髪と角を持った鬼と出会ってしまったからだろう。

鬼を仲間、人間は仲間ではない、そう単純なものではないことくらいはわきまえているつもりもある。

しかし物心ついてから、人と異なる存在であることの悩みは吐き出せたことがない。

体が大きいことも、力が強いことも、暮らしていくには重宝する。

ただ村人の中にあっては、いつか自分が人に危害を及ぼしたりするのではないか。

また、いつか自分が凶暴な鬼に変じてしまうのではないか。そんな不安もつきまとっていた。

鬼とは、なんなのか。

都に行けばその解が見つかるのだろう。

鬼もいる。

時間が経つにつれて、金太郎の気持ちは都に傾いていた。

ただ一つ、心を引き止めるのは村の存在。

母子揃って村八分にされていたわけではない。母の為の供え物も多く、たくさんの人が涙を流してくれた。一人になった金太郎を案じてくれた。

だから、大きな体で、強い力で村を守りたいという気持ちもある。

都に傾いた気持ちは村に引き戻され、また都に傾く。

そんな揺れ動く気持ちが定まることなく、頼光と約束した朝を迎えてしまった。


村に顔を出してみると、丁度頼光たちの一行が村に訪れたところだ。

頼光が金太郎に気づき、手を振っている。

「やあ、金太郎。…よく眠れていないのか」

金太郎のくまに気が付いたのだろう、頼光が心配そうに金太郎の顔を覗きこんで来た。

「すまなかった、八重桐殿を亡くしたばかりだというのに、いらん悩みを増やしてしまったか」

「いいや、そんなことじゃない。…武官様だというのに、謝ってばかりじゃな」

村には時折やってくるという役人がいる。都からの任期でここらを治めているというその男には金太郎は会ったことがない。鬼だとばれたら厄介だという村人たちの計らいだ。

その役人が帰った後の村人は悪口雑言の祭り。やれ横柄だの横暴だのと口々に言うものだから都の人間はそういうものだと金太郎は認識していたのだ。

頼光たちに会うまでは。

頼光は金太郎の言葉で不思議そうな顔をしたが、彼が何か言う前に長老が家から出て来た。

金太郎は長老のところへ駆け寄り、

「おはようございます、長老様」

そう挨拶をする。村へ来ると長老へまず挨拶、それが母から教わった約束事の一つでもある。

「おはよう、金太郎。さて、お前さん、もう心は決まったか?」

都に行くかどうか、この期に及んでまだ金太郎の心には迷いがある。

長老の目を見て、今度は頼光を見た。

「…ワシは……」

それ以上の言葉を発することができず、金太郎は俯く。

こんな気持ちならば都へ到底行けるものではなかろう。

そう言おうとした時、頼光のよく通る声が金太郎に呼びかけた。

「俺のところに来ればいい、金太郎」

俯いていた顔をあげれば頼光が金太郎に跪いている。

「俺の任務は都の警護。しかしそれ以上に、この国どこでも怪異あれば解決しに出向かねばならない。お前のように、優しくて強い男が必要なんだ」

頼光に倣って、鬼たちも一様に頭を下げた。

彼らの銀の髪と鬼の角を見る。

知りたい。

鬼のこと、自分のこと。父親のことも。

今、その気持ちが一番に勝った。

「……わかった」

自然と口をついて出た言葉。

「ありがとう!」

頼光がそう言って金太郎の手を握る。

「よろしくな、金太郎!」

そう言って金太郎の肩を組むのは綱。

「期待しているぞ」

握手を求め、手を握り合うのは季武。

「よっしゃ!戦力増強!」

両手を上げて喜ぶ貞光は童子のよう。

長老の顔を窺うと、一瞬その目に光るものが見えた。

気のせいかどうかもわからぬが、長老は金太郎に向かい手を差し出す。

「おめでとう、金太郎。村のもんが都の武官様にお仕えするなど、とても名誉なことじゃ」

差し出された手を握り、金太郎は何を言えばいいのか迷った。

感謝、であることは間違いないのだが、二十年分の感謝をどう言い表せばいいのか、金太郎にはわからないのだ。

「…お世話になりました」

結局、その一言だけをなんとか絞り出す。涙をぐっと堪えると、それ以上言葉を紡ぐのが難しいのだ。

手を離すと今度は長老が頼光に再び頭を下げる。

「頼光様、金太郎のこと、どうぞよろしくお願いいたします」

「もちろん、悪いようにはしません」

「では、今夜は金太郎の送別の宴を催すとしましょう。頼光様、田舎料理ではございますがどうぞ」

「やった!宴だ!」

長老の言い終わる前にすでに綱や貞光は喜んでいる。

宴という言葉で、すぐさま村の大人たちは散り、準備に取り掛かりに行ったのだった。

村中の人が集まったその宴は盛大そのもの。

新年とてこんな賑やかではないだろう。

代わる代わる金太郎や頼光に、涙ながらに挨拶を交わしにやって来る。

金太郎は自分を育ててくれたこの村の人々を決して忘れない。

そんな思いで一人一人の顔を目に焼き付けた

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