第8話
修験者を都まで護送するのにも手続きが要る。
この宿場で何人も殺して来たとあっては罪状もその数だけ作成されることになるのだ。
護送するのはそれらが済んだ後。
それまでの間の時間を使って頼光たちは金太郎に会いに行くことにした。
修験者捕縛の正式な御礼を伝えるためでもある。
彼の住処の正確な場所が分からないので、まずは貞光がはじめに偵察した村を訪れた。
そこの住人ならば金太郎の家を知っているかと思ったのだが、村には既に金太郎の姿。
ここで母親の葬儀でもしていたのだろう。
彼の周りには人が集まっていて、なにやら声をかけられていた。
ひときわ上背があるので、泣き腫らしてもなお涙の止まらぬ様子の顔がよく見える。
村人とは良好な関係だと聞いていたが、金太郎の母の為に、いや、母を亡くした金太郎の為に村人も涙を流す光景を見て頼光は心が温かくなった。
金太郎は頼光の視線に気付いたようで、周囲の人々に一礼すると頼光のもとへ駆け寄る。
しかし村に立ち寄る旅人は珍しいのだろうか、人々はわらわらと金太郎の後についてきた。
それには構わずに、目元を拭って彼は頼光たちにも頭を下げる。
「あの···母を殺した下手人はどうなるんじゃろうか。都に連れて行くって言うとったか」
「ああ。都であいつに用があってな。余罪がとにかく多いが、二、三日の間にはここを発つよ」
そう金太郎に答えるが、実はきちんと名乗っていないことに頼光は気が付いた。
「申し遅れてしまったが、俺は源頼光。京の都の警護職を務めている。修験者捕縛の協力をしてくれた礼を言いに来た、どうもありがとう」
一礼して今度は綱たちを紹介する。
「右から、渡辺綱、卜部季武、碓井貞光。すでに知っていると思うが、皆鬼だ」
頼光のその言葉を合図に、従者の鬼たちは頭に巻いた布を取った。
銀の髪と角が露になると、金太郎の後ろから興味深そうに様子を窺っていた村人たちが歓声を上げる。
「鬼だ!金太郎の他にもいんだなあ!」
「でも金太郎がいっちゃんでけえぞ!」
「ちっちぇえ鬼もいんな!童子の鬼か?」
口々に言い合う彼らの声で、恐怖は感じていない様子がわかる。
この閉鎖された村では、鬼といえば金太郎。金太郎は気が優しくて力持ち。つまり鬼とはかれらにとってそういう存在なのだ。
童子扱いされた貞光の眉間には皺が寄り、その様子を見た綱と季武は口元を抑えている。
頼光はそんな彼らに苦笑いしつつ、
「いい村だな」
とポツリ。
人間も、唯一の鬼も分け隔てない関係ができている。金太郎の母がうまく立ち回ってくれたのだろう。きっと何年もかけて、母亡き後も独りにならぬように。それが彼女の願いだったに違いない。
今、現実として母は亡くなってしまったが、この光景を見たら安心していることだろう。
思わず涙が込み上げてしまった頼光だが、そうとは知らぬ金太郎に声をかけられた。
「なあ、頼光、様。都のもんなら知っとるじゃろうか」
「何をだ?」
「ワシの母は人間じゃ。なのになんで···鬼のワシが生まれたんか···。あ、父親は知らんが間違いなく人間だったと聞いとる」
伏し目がちに金太郎はそう訊ねる。
自分と同じ境遇の者が誰もいない。
普段は意識せずとも、時折それを思い返しては不安を感じていたのかもしれない。
そんな若者の気持ちを慮り、頼光は目を細めて答えた。
「君だけじゃない。綱も季武も貞光も、両親は人間だ」
「そ、そうなんか?」
「なんでかと言ったら、そうだな···。君の何代も何代も前のご先祖様に鬼がいたんだ」
顔付きや気質、親の要素を引き継いで子どもは生まれる。
鬼と人間の間に生まれた子どもは人間の要素だけを引き継いだ、見た目も能力も人間である。
しかし、その血統に鬼の血がなくなるわけではない。
何代も何代も経て突然、鬼の要素だけ受け継いだ子が生まれる時が来る。
それが綱であり季武であり貞光、そして金太郎というわけなのだ。
そう説明した頼光。
このことは都で育ち、安倍晴明という陰陽師と懇意である頼光だから知っていることであるが、当然知らずに鬼が生まれれば…。
「都から離れた地では、鬼の子は殺されたり捨てられたりすることも多い。金太郎のご母堂はすごい方だな」
殺しも捨てもせず、たった一人で育て上げ、鬼の我が子と村人たちをつなぎ続けた。
だからこそ、頼光に後悔の念が再び湧き上がる。
もっと早く、着いていれば。
頼光は金太郎に頼んで、たった今埋葬した母親の墓に手を合わせた。三人の従者もそれに倣う。
そんな光景に、金太郎がぽつりと呟いた。
「都の武官様が手を合わせてくれるなんて、思ったこともなかったじゃろうな」
彼の顔を見れば目に滲む涙。
なんと声をかけるべきか迷う頼光であったが、大きな金太郎の後ろからしわがれた声。
「そんなことうないじゃろう。金太郎よ、お前の父は都の武官様じゃ」
声の主は、背中の曲がった白髪の老人。さながら長老という風体。
老人の言葉に驚いたのは金太郎であった。
「長老様…それは本当なんか?」
「本当じゃ。名は
「そ、そんなこと、話してくれたことなかったじゃろうが」
金太郎にとってもそれは初耳なのだろう。
長老は動揺している金太郎には構わずに続けた。
「知っての通り、待てど暮らせど迎えには来んかった。そうしている内にお前は生まれ、鬼の子じゃ、殺せ捨てろ、なんて村中のもんが八重桐に言っておった頃もある。それでも八重桐がお前を殺さんかったんは母性もあるじゃろうが、坂田様の子はもう二度と産めないと思っておったからでもあろうな」
初めて聞いた父の名。眉を寄せてその名を聞いた金太郎は、黙って拳を握っていた。
その心裡は頼光には知れぬが、長老は思うところあるのだろう、涙を流し始める。
「すまん、都の武官様と聞いてつい、昔のことを思い出してしもうた。金太郎、わしらはな、八重桐がお前を育ててくれて感謝しとる。それに…」
長老は八重桐の墓に膝をついて頭を垂れた。
「すまんかった。子を殺せなどと言わねば、八重桐はずっと母子してこの村で暮らせたじゃろうて。そうしていれば、こんな殺され方しねえですんだんじゃ。すまん…すまんっ」
長老は金太郎にも向き、小さな体を一層小さくして跪いて、彼にも謝罪の言葉を述べる。
「すまん、金太郎…すまん…」
かつて子を殺せと言ったこと、そのことが、八重桐が殺される遠因になっている。
頼光はそうは思わないが、少なくともここの長老をはじめ、村の大人たちは八重桐にした振る舞いを後悔しているのだろう。
長老に倣って、一様に金太郎や八重桐の墓に頭を下げているのだから。
金太郎はそんな彼らになんと言葉をかけるのか。
「殺したんはあの男じゃ。村のもんは関係ない。それに、赤ん坊の鬼を殺せちゅうんは当然じゃ。ワシだって自分が···怖いことある。それから」
人より大きい体、人より強い力。鬼という未知の存在。
人と触れ合いながら育ったからこその臆病。
だから金太郎は優しいのか。
と頼光は納得しながら次の金太郎の言葉を待つ。
「ずっと山で暮らしていたんは、ワシがそう望んだからじゃ。だからもう、すまんなんて言わんでくれ」
目から溢れた涙を拭いもせず、金太郎は長老の体を起こした。
長老はもう、すまんとは言わないが、それでも涙は止まらず、村人たちのすすり泣きもやまない。
どうにも気の毒になって、頼光は口を開いた。
「あの、金太郎の父親が坂田蔵人様というは確かですか?」
長老は背筋を正して頼光に一礼すると、
「確かでございます。田舎者とはいえ、武官様の御名を忘れるはずがございません」
そう恭しく述べる。
実は頼光はその名に心当たりがあった。
なので簡潔に、
「私の今の職の、いくつか前の前任者です。その…八重桐殿を迎えに来なかったのには何かわけがあったのではないかと推測するのですが…」
と話した。
すると、これまで黙っていた鬼の従者たちがざわつき出す。
「あれ?鬼退治に行って帰ってこなかった人がいるって。晴明様言っていたことなかったっけ?」
唐突に何かを思い出したように声を上げたのは綱。
「ああ。しかしその方が坂田蔵人様かどうか…晴明様は御名をおっしゃらなかった」
記憶力の良い季武はそう断言し、
「でもさ、頼光様と同じ職だったんなら、晴明様に聞いたら坂田蔵人って人のことわかるんじゃないの?」
期待を込めた言葉は貞光のものだ。
頼光たちが金太郎の父親のことを知っているとあっては、金太郎も驚いている。
そこへ貞光が大きな声で提案した。
「はいはい!いいこと考えた!金太郎もさ、頼光様の従者になって都に行っちゃえばいいじゃん」
「は?」
あまりにも突然ではあるが、確かにいい考えではある。ということは頼光たちにとってはということであり、金太郎本人は素っ頓狂な声しか出ない様子。
そんな彼の様子には無頓着な貞光はさらに畳みかけた。
「この村もいい所だよ。それは分るんだけどさ、せっかく大きな体と腕力があるんだし。それに体術も上手い。都に上って警護職したら大活躍だろ?」
「いや、しかしワシは刀を使ったりだとかそういう武芸なんてもんはからきし…」
「それに、都で生活している鬼もいるし、鬼に関する知識も都なら豊富だしな。武芸なんてその体ならいくらでも仕込める。鉞だって立派な武器だ」
明らかに躊躇する金太郎だが、貞光はもう決まりと言わんばかりに彼が大事そうに背負っている鉞を指した。
見かねた頼光は貞光をたしなめる。
「貞光、金太郎が困っているだろう。そのくらいにしておけ」
「えぇ!頼光様はそれがいいですよね?」
不満そうな声を上げる貞光。
頼光とて金太郎を加えることに異論はない。しかし決めるのは金太郎自身であるべきだ。
「もちろん、金太郎のような男が来てくれれば心強い。が、それは俺たちが決めることじゃあるまいよ」
「……はあい」
ようやく黙った貞光の肩を軽く叩き頼光は金太郎と長老に向かって膝をついた。鬼たちもそれに倣う。
「申し訳ありません。貞光の思いつきのようではありますが、我々としてはぜひ金太郎を加えたいと思っております。金太郎、どうか前向きに考えてくれないか」
そうして頭を下げた頼光。
その場での返事はもらえず、明後日もう一度村を訪れる約束をして頼光たちは宿場町の宿へと帰り着いたのだった。
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