第7話
頼光といえども、そう何回も分身の相手をしていては疲弊してもくる。
しかも敵は疲労の色を見せない、おまけにこちらの従者である鬼は動きを封じられてしまった。どうやら無事ではいるようだが、戦えないことには変わりない。
そろそろ捕縛できないとかなり苦しくなる。
さてどうしようかと考えていると、太刀を振る綱の姿が見えた。
戦いにおける剣術の型ではない。
見るにそれは、太刀を用いた舞である。
『武』は呪力でもあるといっていい。
人々が恐れる物の怪、邪気、病魔、悪霊など…。それらを払い、平穏を守る呪力として『武』
が使われている。それが剣舞であり、新年などの節目には帝の御前や各神社等で行われるのだ。
それを今、何故綱が?
そもそも動けないのではなかったか?
様々な疑問は湧くが、頼光は修験者がそちらに気を取られていることに気づく。
鬼が全身全霊かけて舞えば、太刀は草を薙ぎ払い木々は倒されていった。
そちらに意識が向くのは当然といえよう。
そしてこれは好機だ。徐々に綱との距離が近づけば、修験者は倒れてくる木を避けるので精いっぱいの様子。何かの術を使われる前に頼光は一気に修験者に間合いを詰めた。
太刀の鞘で力いっぱい頭を打ち込むと、修験者はようやく倒れたのである。
となれば、綱はすぐにでも止めねばならない。
「綱!綱!もう止まれ!」
声を張り上げる頼光だが、綱をよく見れば耳に紙が詰まっている。これでは聞こえないのかもしれない。
そこへ、
「頼光様。お怪我は?」
そう言って駆け寄ってくる季武と貞光。その後ろから金太郎。
「いや、多少はあるが、今はそれよりも綱をなんとかしないと」
「あれじゃ近づけないよ。季武、どうすんの?」
貞光に言われて季武は綱に向かって弓を構えた。本気で射ようとする彼に頼光は血の気が引いた。
「待て待て!」
そう制止するが季武は
「大丈夫です。すれすれを狙ってちゃんと外します」
「外しますじゃない、当たったらどうすんだ」
季武なら確かに外さないかもしれない。しかしそれはさすがに危険すぎる。
強引に近づいて目隠しを取るしかない。
それでも危険を伴うし、そもそも誰がやるか。
頼光が自ら行ってもよいのだが、本来主人であるはずの自分が率先してそれをやった挙句綱に傷つけられては、後々綱の方の心の傷になりかねない。
瞬時に決められぬところへ金太郎が、
「ワシが行ってくる。顔の布を取ったらええんじゃろ」
と言って駆け出した。
「金太郎!」
制止しようと名を呼ぶが、彼は止まらない。
綱の周囲にはもう倒される木はないがそれでも太刀を避けるのは難儀のはずだ。
しかし体が大きければ腕も長い。縦横無尽に振るわれる太刀が止まる一瞬を見逃さず腕を伸ばして綱の腕を掴む。そのまま綱の体をふわりと背負って地に倒し、顔の布を引きはがすことに成功した。
顔が露わになった綱は荒い息をしながらめ、
「…あれ、修験者は?」
と言いながら耳の懐紙を抜き取った。
その敵を見れば、貞光が素早く縄をかけている。
「頼光様ー。こいつ都まで連れて行くんですか?」
そう問う貞光に頼光が答える。
「あぁ。友成殿の呪いが解けたか確認するまでついてきてもらう。彼以外の呪いも全員解かせたら検非違使につき出す」
この説明に、
「そこまでやって、任務完了か」
と言って溜息を吐くのは貞光。
頼光たちよりも先にこの件に関わっているのだから無理はない。
「終わったら晴明様に労ってもらおう」
などと言っているのを、頼光は苦笑いするほかない。
「あのな、晴明様をなんだと思っている」
こんな季武の苦言には同意しつつも、労いは必要だろう。
そんなやり取りの中で、金太郎に再び殺意が沸き上がっていることに頼光は気が付いた。
「金太郎、綱を止めてくれてありがとう」
一撃で修験者を殺してしまいそうな雰囲気の彼に、努めて明るくそう声をかけるものの殺気は和らいでくれない。
「···何かあったのか?」
頼光に向き直った金太郎は、目で頼光を促して歩き出した。綱たちには待機を命じて頼光はその後を追う。
日も落ち、周囲がよく見えない状況でも、山に慣れた金太郎はすたすたと歩いた。
ピタリとその足が止まったかと思うと、視線の先には女性の遺体。
親しい間柄なのかと頼光が尋ねる前に、金太郎が話してくれた。
「ワシの母親じゃ。さっき、あいつに殺された。目の前じゃった」
ブルブルと震える拳に、金太郎の無念や悔しさが見てとれる。
「すまなかった…。もっと早くに捕縛できていたら」
もう一日、足柄に着くのが早ければ死なずに済んだ。そう思うと頼光には謝ることしかできない。
その言葉を聞いているのかいないのか、金太郎はまた歩き出した。
「そこにもう一人」
そこと言って指す場所に今度は男の遺体。
「その男が何者なのかは知らん。旅人じゃろうな。けど、母が殺されたんも、この男が殺されたんも、あんたのせいじゃない」
だから謝らないでくれと。
そう言う金太郎の目には涙が光る。
頼光はかける言葉もなく、黙祷を捧げた。
綱たちと合流した後は金太郎と別れて宿場に戻り、役人に修験者の悪行を報告してこの日を追えた頼光たちなのであった。
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