第6話
綱はあらんかぎりの力を振り絞って立ち上がろうとする。
意識まで失わないのは幸いだった。
しかし体にはまるで力が入らず、声も出せない。
主人である頼光と敵が対峙しているという時に、なんと不甲斐ないことか。
焦りばかりが募る綱に、なんと季武が声をかけて来た。
「綱、綱。無理に立とうとするな。そうすれば声くらい出せる」
「···っ」
言われてみた通り、とは意識するものの、この状況では上手くいかない。
「おぉ、本当だ。喋れる」
状況にそぐわない楽観的な声を出すのは貞光。
金太郎に視線を移せば、こちらも声を出せない様子。
悔しそうに顔を歪ませる彼に何か声を掛けてやりたい。
そう思ったらふっと、体が軽くなったのだ。それだけでなく、声を出せた。
「···なあ、お前。金太郎だっけ?」
驚いた表情の金太郎も、少し間を空けて声を発する。
「何で知っとる?」
先ほどまでまるで動かなかったのに、不思議と綱は体を起こすことができた。
それは季武と貞光も同様のようだが、きちんと背筋を伸ばして座する季武と、ごろんと肘をついて横になる貞光と対照的だ。
「さだ···お前という奴は晴明様の前で猫を被りすぎだ」
「そう?」
晴明の屋敷ではぴしりと、季武のように姿勢も言葉遣いも礼儀正しい貞光だが、特に頼光もいない状況ではこの体たらく。
しかも今は、主人であるはずの頼光だけが戦っているのだ。苦言の一つも呈したくなるというもの。
動けるのであれば、加勢に行く以外ない。
と、駆けようとした綱はまたうつ伏せに倒れこんでしまった。
「無理だよ。術者を攻撃しようとしてもできないようになっている。おそらく、鬼を強引に式神に使う類いのものだ」
「じゃ、戦おうっていう意識がなければ好きに動けるのか」
季武と貞光のそんな会話にふざけるなと言いたいが、また声は出なくなっている。
「向かって行きたい気持ちは分かるけど、君はらいこう様を信じていないのかい?」
そう季武に言われて綱は視線を頼光に向けた。
修験者は分身を繰り返し、相手はざっと十五人。
しかし武術は素人同然の修験者。
数が多いだけでは頼光の敵ではない。一人一人の急所を的確に打ち、息も切らさず倒してしまった。
とはいえ、修験者はまたも分身を繰り出し決着はいつになるか。
倒されないまでも、どちらかが疲弊しきるまで続けさせるというのか。
ではどうしようというのか。
考えなくては、と思った時、金太郎が口を開いた。
「あんたら何もんじゃ。鬼なんか?」
綱にかかる圧は若干和らいだものの、まだ喋れない綱は金太郎に答える貞光の声を黙って聞く。
「さっきらいこう様が名乗ってたろ?京の都を警護する武官様と、その従者の鬼三人衆」
「ここから京は離れすぎじゃろうが」
「まあそうなんだけど。特に怪異や鬼が絡んだらどこでも行くんだよ」
実際、貞光は遠征している期間が特に長い。
そのことに不満はない様子、それどころかむしろ誇らしげに貞光はそう話した。
事前に金太郎のことも調査してきた貞光はさらに金太郎に訊ねる。
「で、金太郎はなんであの修験者と戦う羽目になっていたわけ?オレが見立てたところ、奴は村から近いところには行かなかったと思うんだけど」
「ワシも宿場には行かんようにしとる。近づいて来たんは奴のほうじゃ。···いや、奴の殺した男が村に近づいたんじゃろうな」
「殺した男?」
更なる被害者がいた、その事実に貞光と季武は声を揃える。
腕を組み、ため息混じりに
「そこに出くわしてしまったのか」
と季武は天を仰いだ。
彼が何を考えているのかは分かる。
綱も同じ思いだからだ。
もっと早く来ていれば···と。
それに答える金太郎の顔つきが変わる。
「そうじゃ、それにっ···」
何かを思い出したのか、金太郎の顔には強い殺意。
その瞬間彼の大きな体がどっと倒れた。
動けなくなったということは、金太郎が修験者に敵意を向けたことになる。
声にならない彼の呻きに、尋常ではない感情の高ぶりを察知した綱たち。
いつまでもこうしてはいられない。
しかし、修験者に敵意を向けては動けなくなる。
どうすればいいのか。
その策は季武が提示してくれた。
「綱、君が舞ってくればいい」
「は?」
こんな時に何を言い出すのか。思わずすっとんきょうな声を出してしまう綱。貞光には伝わったようで、
「ああ、なるほど」
と頷いている。
季武が綱の頭に巻いている布を取ると、綱に目隠しするように今度は目元に巻く。
「なんで目隠し?」
疑問に思っていると、今度は懐紙のようなものをちぎって片方の耳に詰められた。
そして体の向きを変えられる。
「帝に奏上するつもりで、本気でやれよ」
綱の問いには答えずそれだけ言うと、残りの耳にも懐紙を詰められ、季武たちが身を伏せる気配がした。
季武の狙いは分からないが、彼は切れ者だ。深く考えず、言われた通りにすればきっとこの事態も好転するだろう。
目は見えないし、耳も聞こえない。しかしそれこそに意味があるはず。
綱はそう判断して太刀を抜き、毎年帝に披露する剣舞を舞い始めるのだった。
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