第5話

都を出立して足柄山へ…

足柄山は東海道を伊勢、尾張、三河に遠江を経てからさらに、駿河から相模に入ってすぐの峠である。

屈強な鬼を引き連れた頼光たち一行の足で、十日の旅路。ちなみに俊足の貞光一人ではその半分で行けるのだそうだ。

まずは修験者に接触しようと、宿場の宿を借りる。

ちなみに、綱、季武、貞光の三人は鬼の角と人にあらざる銀の髪を隠すため、頭をすっぽり布で覆っていた。

菘は晴明から別の仕事を頼まれ、本人は相当に渋っていたがここには同行してない。

さて、宿を決め活気のある宿場町を探索する楽しみもなく、四人は弓を手に足柄山へと入った。狩りに興じる振りをするためだ。

「いいか、例の修験者を見つけたらすぐに笛を吹けよ」

そう言って頼光は全員の胸にぶらさげた小さな石笛を指さす。

「御意」

空は既に雲が影って薄暗い。

頼光たちは散り散りに進んだ。

綱たちと分かれてほどなくのこと、頼光は大きな咆哮を聞く。

空気や、木々が怯えるようにブルブル震えるのを肌で感じながら、声のした方へと頼光は駆け出した。

すると、山の奥の方で何者かが争っている。

一人は頭襟を被り、結袈裟を身に着けた髭面の男、頼光たちの探していた修験者に間違いないだろう。

もう一人は、身の丈七尺に届くかという大男、銀の髪に二本の角を持つ鬼。おそらく彼が金太郎。

その争いを見るに、金太郎は血を流して息も荒い。しかし修験者を睨みつける怒りの形相は貞光から聞いた穏やかとは程遠い。

とはいえ、劣勢なのは金太郎の方だ。

金太郎は何も武器を手にしていないのに対し、修験者は鬼との戦いに長けているのだろう、鬼の動きを封じ、力を奪う術を駆使しているのが頼光でも分かる。

そして、今頼光がやらねばならぬことは二人の争いを止めることだ。どちらかが死ぬことになってはならない。

頼光は弓を構え、一瞬で狙いを定めるとすぐさま放つ。

矢は修験者の手を射ち、修験者は手にしていた錫杖を落とした。

「誰だっ!」

金太郎と修験者の間に割って入ろうとした頼光だが、それよりも早くそこにいたのは貞光だった。

小さな体で大きな金太郎を守るように立つ貞光に、修験者の両側を囲む綱と季武。それぞれ手には武器を持っている。

我が従者ながら一瞬のうちにこの布陣を取るとは、たいしたものだ。

などと感心している場合ではない。

頼光も彼らより数拍遅れはしたが、修験者の前に姿を現す。

「罪のない人間を殺し、呪いをかけ、さらに罪のない鬼を殺そうとしている。これ以上の悪行は許さない」

頼光は弓を離し、腰に提げた太刀を抜いた。

修験者の目が、まだ爛々と光を帯びている。囲まれたからといって観念した様子ではないようだ。

「…てめぇ、なにもんだ?」

修験者は焦りも動揺もなく、淡々と頼光に訊ねる。

「都に仕える武官だ」

「名を名乗れ」

「それはできない。名を聞いて呪いをかける、お前の手口だろう」

呪いに関しては晴明が詳しい。決して名乗ってはいけないという彼の指示である。

実際、修験者は舌打ちをした。

これで片が付けば一番良いのだが、もちろんそんなに甘くはない。

修験者が何かを呟く。

錫杖は修験者の手から落ちたまま、こちらを攻撃するような術ではないはず。

その思い込みが、頼光たちの反応を遅らせてしまった。

頼光、綱、季武、貞光に金太郎と、全員が背後から攻撃を受けてしまう。

なんとか各々体を捻りながら避けるも頼光は腕、綱は肩、季武は脚、金太郎は腹に傷を負う。

間一髪、かわしきれたのは素早い貞光のみ。

「らいこう様!」

よりみつではなく、らいこうと呼ばせているのは呪い封じ。

「俺は大丈夫だ!」

ぱっと素早く周囲を見ると、頼光たちを攻撃したのは全く同じ顔の修験者。全部で五人になっている。

「…分身か!」

術の使い手としては相当な手練れであろう。増えた四人の修験者はそれぞれ違った武器を手に持ち、頼光たちに襲い掛かったのだ。

弓に剣、斧に三叉戟、まるで明王の武器のようではあるが、負傷したとはいえ都警護の官職、冷静に敵の攻撃をかわす頼光。綱、季武も同様に血を滴らせながらも敵を追い詰めている。

貞光に関しては金太郎を庇いながら本物と分身、二人の修験者と戦っている様子。

これでは貞光の負担が大きい。早いところ加勢しなくては。

鬼である金太郎の動きを封じた修験者。綱たちが鬼だとばれたら一気に劣勢に傾く。

頼光が戦うのは三叉戟。刃が三ついた長柄の武器で間合いが取り難い。のは、この武器の達人であったらの話。

主に術で戦ってきたであろう修験者の武を、頼光があしらうのは特に難ではない。

敵が三叉戟を振り上げた瞬間に地面を蹴れば、間合いを詰められる。

そして太刀の柄でこめかみを打つと分身の内の一人はどっと倒れ、次の瞬間には消えていた。

「さだ!今行く!」

そう叫んで貞光の元へ駆けた頼光であったが、おそらく分身の方の修験者を貞光が鞘にはいったままの小太刀で修験者を打ったところ。

分身が消え、頼光の側に綱と季武もやってくる。

「…くそっ!」

口惜しそうに修験者の顔が歪む。

「もう観念しろ。今までかけて来た呪いを解け。すべてだ」

頼光はそう促すが、修験者はなおもぶつぶつと呟いた。

また何かの術か、と思った瞬間、綱たちが一斉に倒れてしまった。

「なん、っだ!」

上から圧がかけられたように、うつ伏せのまま起き上がれない綱たち。

頼光は再び修験者を睨む。

「へえ、頭を隠していやがるから鬼でも紛れていんのかと思ったら、てめえ以外みんな鬼じゃねえか」

いつの間にか拾った錫杖を手に、修験者はにたりと嗤った。

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