第3話
「ということで。頼光、お前に貞光を借りて、足柄山に行ってもろてた」
ひとしきり話し終えたところで晴明が茶を啜る。
頼光は無意識に眉間に皺寄せながら、同じように茶を飲んだ。
修験者とは本来、厳しい修行を行うことによって迷いを晴らし、験力を得る修行を行っている者のはず。
修行途中で道を踏み外したか、ただ修験者の成りをした悪党か、どちらかは分からないが、耳に入ってしまった以上なんとかせねばならない。
なので、頼光は簡潔に、
「修験者退治だったのですか」
と訊ねた。
晴明は頭を横に振る。
「いや。友成殿にかかっていた呪い、結構高度なんや。貞光一人じゃさすがに危険やろうから、まぁ今回は下見やな」
その言葉に頼光は、あぁなるほど、と納得した。
今日呼び出された訳、それは貞光が帰ってきたということだけではない。
つまり、その修験者退治は頼光たち一行で行ってこい、と晴明は言いたいのだろう。
「で、貞光。その修験者、どうやった?それから、足柄山に凶暴な鬼がいるんはほんまやったか?」
黙って正座していた鬼、貞光が居住まいを正す。
ちなみに貞光は鬼らしい剛腕ではあるが、小柄な体格にふさわしく相当に足が速い。また、跳躍力が優れているため、一瞬で樹上に身を隠す芸当までできる。
隠密じみた仕事をこなすには貞光が一番適しているのだ。
貞光は晴明に一礼して、男性にしては高い声で話し出す。
「はい。奴はまだ足柄山におりました。ちなみに、足柄山に鬼が住んでいるのは本当です」
「修験者の適当じゃなかったわけか」
都の外の人間は鬼を恐れている者が多い。実際に凶暴な鬼も多くいる。
いない者を『いる』といって恐怖心を煽る、今回は違うらしい。
その鬼がどういう鬼か、もしかしたら修験者だけを退治するだけでは済まないかもしれない。
頼光は気を引き締めながら、貞光の次の言葉を待った。
「その鬼、
それを聞いて頼光はすこしばかり安心する。だが不安材料はまだあった。
「で、その修験者。旅人が通りかかるや、何人も殺していますね。鬼のせいにして遺体の金品を盗んだり、友成殿のように複数人の一行だとやはり同じように札を高額で売りつけ、私腹を肥やしたり」
怪異より鬼より、恐ろしいのは人間。
頼光は度々そう感じる。
その修験者、確かに野放しにはしておけぬ。足柄山の凶暴な鬼…その噂が広まれば、不要な鬼退治を誘発してしまうかもしれない。
気が優しくて力持ち、金太郎という鬼の命が危なくなるのだ。
そう思うと頼光の気は急いてしまう。
「晴明様、すぐにでも足柄山に出立してよろしいでしょうか」
息巻く頼光に晴明は、
「阿呆。もうじきに夜やろ。出立は明日にせい」
と溜息。
彼の言う通り、空は既に茜色。よくよく考えれば職場に休暇願も出さねばならず、すぐの出立は確かに無理があった。
「腹も減ったやろ。今日はうちで夕餉食っていき」
出されていた菓子、果物は気が付けばきれいに消えている。食ったのはほぼ菘。であるが。
「やったー!晴明様のご飯大好きー‼」
まだまだ食欲は満たされない様子。
季武と貞光は黙って晴明に一礼するが、その表情は明らかに歓喜の色。
綱はといえば、いつからだったのかは分らぬが、俯いて静かな寝息を立てていた。
頼光が肘で小突き、彼を起こす。
「おい、綱。ここで寝るな。晴明様が夕餉を馳走してくれるそうだぞ」
そう言ってやれば綱の目も一度で目覚めた様子。
「夕餉?ここでですかっ?」
その目は寝起きとは思えぬほどの輝き。
それもそのはずで、晴明の務める天文博士という職は他の陰陽師より格上であり、摂関や天皇に直接上奏できるため収入が良い。のみならず報酬を新鮮で貴重な食材や酒でもらうことも多く、晴明邸では美味いものにありつけるのだ。
すぐに梧桐と牡丹がやって来て、料理を並べ始める。
山盛りの飯に季節の山の幸海の幸、そして具のたくさん入った汁物。高級品である清酒も欠かせない。
晴明はずっと頼光たちと座していたし、梧桐と牡丹はさきほどまで庭で遊んでいた。
一体誰がこの料理を作ったのか。
都で一番の怪異はこの晴明邸であることに間違いはなさそうだ。
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