第2話

その男の名はたちばな友成ともなり。歳は二十五。

父の下総での任期が終わり京の都へとやって来た訳であるが、その道中で父が亡くなったのだという。京に着いた後も、落ち着く間なく友成は陰陽師を何人も訪ねていた。

何かにつけて陰陽師を頼るのは珍しいことではない。

特に病気をしていたわけでもない父親を急に亡くしては、何かしらの怪異を疑う気持ちも分かる。

そんな噂も晴明の耳に入ってきたが、陰陽師は晴明一人ではない。

友成は都の陰陽師の多くが所属する陰陽寮に入り浸って何事かを相談していたというのだ。

しかしそれでは解決しなかったのだろう、誰かが晴明の名前を出したことで友成が晴明の屋敷へやって来た時には、もう随分青白い顔をしていたのだった。

「晴明様、ご多忙のところお時間取っていただき···」

顔の青白さに加え、目の下には濃いくま、手や頬は骨が浮いている。

どうにも哀れになり、晴明は彼の挨拶を遮った。

「友成殿、挨拶は結構ですよ。お見受けするに、よほど眠れておられないご様子。何にお困りなのか、お聞かせ下さい」

晴明の言葉に友成は、涙さえ浮かべながら力ない声で語りだす。

「実は、死んだ父が夢に出てくるのでございます。毎晩夢に出て来ては、何事かを訴えているのは分かるのですが、父は一体何を言いたいのか…それが分からぬのです。いや、そもそも本当の父なのかどうか疑わしく、もしやただの夢かもしれぬ…それを誰かに判じていただきたく、陰陽寮の方々にお話ししたのでございますが…」

「成果はなかったということですね」

「はい…。ならばもう安倍晴明様しかおるまいと…」

「ちなみに、御父上はなぜ亡くなったのでしょうか?」

「…鬼に、殺されました…」

「鬼にですか」

「はい…丁度足柄山に差し掛かった時のことでございました。宿場で一泊することになり、さて日暮れまで山で狩りをしようとなったのです。…その山には鬼が棲んでいるとは露知らず…私が父とは別々に狩りに興じていると、突然父の悲鳴が上がり…。駆けつけた時にはもう、息絶えていたのです。首に大きな傷を負っていました」

「ふむ…それだけでは鬼の仕業とは断定できぬと思いますが」

「同じ宿場に大層有能な修験者が逗留しておりまして…。その方が言うには、足柄山の鬼は凶暴で粗暴、頻繁に人を殺めるのだとか…。その方は鬼を討つ好機を窺っているのだと…」

「なるほど…修験者ですか。その方は他に何か言っておりましたか」

「魔除けの札を売っていただきました。父を鬼に殺されたため、鬼の妖力が私にも害を及ぼすだろうからと。肌身離さず持っております」

「その呪符を見せていただけますか?」

「…申し訳ありませんが、決して他人には見せぬよう強く言われておりまして」

「そうですか。ならば結構です」

ここまで聞き終えて、晴明は顎を摩った。

なるほど、怪しい。

鬼ではなく、修験者の方が。

しかしながら、これは晴明のただの直感である。

友成の異常な憔悴ぶりは寝不足のせいではなくどうやらその呪符が原因であろうことも。

呪符を見なくては解術のしようもなく、修験者の悪行を晒すのは困難。なにより、足柄山とは都から離れすぎている。

ならばどうするか。

しばしの思案の後、晴明は口を開いた。

「では同じ話を御父上の方にも聞いてみましょうか。何が言いたいのか、分かるかもしれません」

「あの、どういうことでしょうか」

「夢に出てくるのであれば、いつも通り就寝なさってください。私は枕元で御父上を待つとしましょう」

「それでよろしいのですか?」

「それはまだわかりませんが、幾ばくかの情報は得られるよう尽力いたします」

そんなわけで場所を橘邸に移すと、晴明は彼の寝所に香を焚き、札を友成の枕に貼った。

やがて日が落ちてから指示通りに友成は寝入る。晴明は枕の近くに座して刻一刻と過ぎる時間を待った。

そして、遂に現れる。

ぼんやりと形を成した亡霊は、声にならぬ声で友成を呼んだ。

『友成、友成!騙されてはいかん。騙されてはいかんぞ!』

必死にそう声をかけるのは友成の父親で間違いない。

耳ではなく、胸や頭に響く声に呼応するように、晴明は声を発した。

「友成殿の御父上でございますね。私、陰陽師の安倍晴明と申します」

晴明の声が届いたのか、父親が晴明の方を向く。

『おぉ…晴明殿の御名は存じております。どうか、どうか息子をお助け下さい!お助け下さい!』

「そのつもりでございますが、まずは貴方の御身に何があったか教えてくださいますか」

『私は殺されたのです!鬼なんかではなく、修験者に!』

やはり。

『修験者は鬼から守るふりをして、友成に呪いをかけました…!』

「そういうことでしたか。おおかた、体が弱り切ったところで再び祈祷と称して大金でもせしめるつもりでしょうか」

『晴明殿!友成をお助け下さい!』

「承知いたしました。あとはお任せください」

晴明がそう言うと、安心したように父親は消えたのだった。

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