第50話

 あれから 1 週間後。

 私は、港湾都市クレセントの船着き場に居た。

 片手には、最低限の荷物を入れた旅行カバン。

 そうして、向かい側には、アリスさんやトリルさん、アルにアッシュが居た。

 みんな、私を見送りに来てくれた。

 私は、図書館テレリアを出ることにした。

 世界中にある、もっと色々な数学を学びたいと思ったからだ。

 まず手始めとして、折り紙を勉強しようと思った。

 折角学ぶなら、折り紙の起源に行って学びたい。

 そう思い、トリルさんに言って、東国行きの船に乗せてもらえることになっていた。

 今日はその出発日だった。


「なんか、みんな揃って見送られると、恥ずかしいな」

「あのジオが図書館テレリアを出るんだ。責任者として見送りぐらいはしてやるさ」

「ボクも、適当に旅をするつもりだから、もう会えないかもしれないしね」

「困ったらいつでも商会ヘルメスをお頼り下さい」

「……」


 アッシュだけは、不機嫌そうに口を「へ」の字に曲げて、何も言わなかった。

 なんか、愛嬌があって、それはそれで面白かった。

 キセがいない。それが気になった。

 でも、居たら居たで別れが辛い。

 だから何も聞かずに行くつもりだった。

 そんな様子を察してか、アッシュは言った。


「キセなら、お前と離れるのが嫌だって。駄々をこねてな。面倒だから置いて来た」

「そうか。まぁ、そうか」


 少し寂しい。すごく寂しい。

 でも、それも含めて。

 別れも含めて、旅だ。

 そんな風に思っていると、蒸気船が時間を告げるように蒸気を吹き出した。


「それじゃあ、行ってくるよ」


 そういって船にのった。

 船は穏やかに出港する。

 みんなが見なくなくなるまで、船の上で手を振った。


「――さて」


 先の長い旅になる。

 まずは、ゆっくり。

 折り紙でも折ろう。

 外で優しい風を受けながら、私はツルを折った。

 今回の旅に出るに際して、みんなに折ったをツルを渡していた。

 だから、最後の1羽は、私のために。

 そうしてできた折り紙の鶴は、なかなかの出来だった。


「あ、それ、ツルですね」


 不意に声をかけられた。

 帽子を目深に被った、私より少し小さな人だった。


「ボクも持っているんですよ」


 そういってその人は、綺麗に折られたツルを取り出した。

 そのツルは、やけに見覚えがあるツルで――。

 私は、口をあうあうさせた。

 それを見た人は、帽子を脱いで。


「じゃじゃーん」


 陽気に、笑顔を見せた。


「キセ!」それから。

「お前、なにやってんだ。もう出港しているぞ!」

「ジオさんこそ、何を言っているんですか! 弟子が師匠についていくのは当然のことですよ」

「おま、え? まさか」

「はい。ボクも東国に行きます。ジオさんと一緒です」


 今更ながら、アッシュの「置いて来た」の意味が分かった。

 置いたのはギムナジウムではなく、この船に、だったのだ。

 全く、やられた。


「帰れ、って言っても、もう出港してるしな」


 そういって、ため息をついた。


「はい。それに、ジオさんも一人よりボクと一緒の方がいいですよ」

「なんでだよ?」

「絶対ボクの方が生活能力は高いですから」

「お前なぁ」


 その通りだよ。の部分は言葉を飲んだ。

 何を言っても始まらない。ここで大切なのは、覚悟を聞くことだ。


「辛い旅になると思うぞ」

「覚悟の上です!」


 まぁ、そういうだろうな。

 そう思いながら、キセを見た。

 キセは笑顔で。


「それに、ボクは数学を勉強できれば十分幸せなんです。

 それが、ジオさんからなら。

 それだけでもう、最高に幸せなんです」


 なんだろう。ちょっと。

 いや、すごく恥ずかしい。

 なんで言われたこっちが恥ずかしがっているんだろう。

 照れを隠すために、口を「へ」の字に曲げた。

 それから、私も覚悟を決めた。


「分かった。それじゃあ、一緒に行こう」

「はいっ」


 まぁ、なるようになるさ。

 どんな困難でも、きっとなんとかなる。

 それこそ、数学みたいに。


「じゃあ、早速」


 私は口の端をあげて言った。


「ユニット折り紙で、正二十面体を作りたいんだが――」

「面白そうですね! やりましょう!」

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