ピタゴラスの折り紙

文月やっすー

図書館と折り紙

第0話 正四面体

 【問題】

  正三角形に、最初と同じ長さの線を 3 本付け足して、最初と同じ大きさの正三角形をちょうど 4 つにすることは可能か?


 その問題を読み終わった次の瞬間、近くにあった石をつかんで三角形を書き始めた。



 街の中心には広場があった。その広場には掲示板があって、誰でも張り紙をすることができるようになっている。色々な張り紙があったけれども、私が探すのはひとつだけだった。

 算数の問題!

 それさえあれば、幸せだった。

 あればすぐに解きにかかる。

 なければ、しょんぼりして帰る。

 そんな毎日で、それが楽しかった。

 その日、目に留まった問題はものすごく簡単そうだった。


 近くの石を拾って、地面に正三角形をかく。

 そこに線を 3 本付け足す。

 やってみると、思うようにいかなかった。

 最初と同じ長さの線、というのが難しかった。

 違う長さで良ければできそうなのに。

 それに、同じ大きさの正三角形をちょうど 4 つ、というのも大変だ。

 できた! そう思った形は、違う大きさの正三角形が混ざっていた。

 描いては消して、考えて描く。

 消して、描いて、描いて、描いて、消して。

 こんなにやってできないなら、もう「できない」が答えだ。

 そう思った。

 でも、きっと違う。

 できるような気がした。

 だから問題にしているはずだ。

 できると決めつけ、思い浮かんだ方法を次から次に地面に描いてためした。


           世

          界が三

         角形で埋め

        尽くされた。そ

       の中を私は線を引い

      て走った。あっちへこっ

     ちへ行ったりして。たまに転

    がったり、逆立ちして。三角形に

   色々な線を引いていた。突然に空から、


 声が聞こえてきた。


「問題、解けそう?」


 びっくりしながら顔をあげる。

 そこには年上の男の子がいた。

 回りを見渡した。

 私以外に誰もいない。

 それでも信じられなくて、自分を指差した。


「私?」

「そう。なかなかいい図形をいっぱい書いていたから」


 その人は、たぶん 3 つぐらい年上で、背の高い男の子だった。


「解けそう?」その男の子は楽しそうに、また聞いてきた。

 私は口を尖らせながら「もうちょっとで解けそう」。


 ――だから邪魔しないで。

 ――答えを知っていても、絶対に言わないで。


 そう思った。

 でも、その年上の男の子は、楽しそうに、嬉しそうに、また話しかけてきた。


「頑張って解いてほしいな。その問題、ボクが考えたんだ」


 その言葉に私は、口をあうあうさせた。


「この問題を、作ったの?」

「そうだよ」


 ――うそでしょ?

 ――算数の問題って、作れるものだったの?


 問題は作られるものだなんて、今まで考えもしていなかった。でもこの問題は、目の前の人が作った問題らしい。

 それが、なにより驚きで。

 なんでだろう。

 すごく、わくわくした。


「解くから」わたしは。

「どうやって作ったのか教えて!」不思議なことを言った。


 それでもその人は、ニコニコ顔のまま。


「うん、いいよ」そう言ってくれた。


 私はさっきより本気で、必死に考えた。

 もうちょっと。それで解けそうだった。

 その人はずっと、横で私の描く図形を、

 書いては消えていく図形を、見ていた。

 そうして気がつくと、夜になっていた。

 暗闇でだんだん図形が見えなくなって、

 やりたいのにできなくて涙が出てきた。

 その人は優しく背中をさすってくれた。


「今日は、帰ろうか」


 その人の言葉に、何も言えなかった。

 悲しくて。それでいっぱいで。

 どうしようもなくて。

 泣いていた。


 急に、大人の怒るような声がした。


「どういう状況だ?」


 ビックリして顔をあげた。

 その人は背の低い、髪の毛の跳ねた、男の人だった。

 身長は私と同じくらいなのに、大人の人だと雰囲気で分かった。


「この子が、ボクの作った問題を解いていたんです。だけど、暗くなってきて、図形が見えなくなってしまったんです」

「ああ、なるほどな。ここに明かりは無いからな」


 その人はそう言うと、掲示板の問題に目を向けた。

 それから、私が地面にかいた三角形を見た。

 辺りは暗くて地面に書かれた図は見えないはずなのに。

 その人にはちゃんと見えているようだった。


「アル! 」大人の人は、年上の人の名前を呼んだ。

図書館テレリアの知識を勝手に広めるな」

「でも、これはボクが作った問題ですよ?」

「それでもダメだ。そもそもこの形は、昨日教えたヤツをもとに作っただろ!」

「そうですけど。それがダメって規則ルールないですよね」

「今作った。だからダメだ」

「またいつもの、アリスさんのわがままが始まった」


 大人の人。アリスさんは「ダメ」と言った。

 アルさんは、諦めなかった。

 

「でも今からなら、この問題は良いですよね?」

「ダメだ。剥がせ」

「そんな、横暴ですよ」

「誰が教えた知識だ?」

「ズルいな~」アルさんは唇を尖らせた。

「せっかく良い問題なのにな~」


 仕方なさそうに、問題を剥がした。

 それを見てから、アリスさんは私を見た。


「というわけでな、お嬢ちゃん。悪いがこの問題は忘れてくれ」


 その言葉が、ショックだった。

 もう解けないの?

 答えは分からないままなの?

 言葉にならないまま、口だけがあうあうと動いた。

 でも、私以上に驚いた人がいた。

 アルさんだ。


「ちょっと! そこまでします?」

「そこまでします。そういうものです。図書館テレリア以外に、知識を広めてはダメ! こういうのはちょっとでも緩くするとすぐ形骸化するから。絶対にダメ」


 再び、私の目に涙がたまった。

 それを見たアルさんは。

 私に小声で聞いた。


「君、名前は?」

「……ジオ」

「ジオは、どうしてもこの問題を解きたい?」


 私は、精一杯の力で、泣きながらうなずいた。


「分かった。ボクに任せて」


 それから。


「アリスさん。ボクはこの娘を、ジオを図書館テレリアに推薦します」


 その言葉に、私はびっくりして顔をあげた。

 そんな私にアルさんは「嫌?」と聞いた。

 私は首を横に振った。これであの問題を解けるなら、なんでもよかった。

 アリスさんの答えは。


「ダメだ」それから。

図書館テレリアは15才以下の参加は認めてない」


「それ、今作りましたよね」

「おう、良く分かったじゃないか」

「勝手すぎます」

「トップの権限だ。わがまま言えるのが、トップの特権だ」

「もう!」


「――15です」


 その言葉が、自分の口から出たことが信じられなかった。

 誰にだってわかるウソだった。

 でも、このままだと、この問題が取り上げられることはわかっていた。

 取り上げれらたら。

 この問題の答えも、どうやって作るのかも、聞けなくなる。 

 もう、あとには引けない。


「お嬢ちゃん。それはなんでも、無理だな。もうちょっとマシな」

「ウソじゃないです。15です」

「じゃあ、証明してみろよ」


 そう言われて、声がつまった。


「……できません」

「ほらな」

「でも、15じゃないことも、証明できません」


 考えて出たことじゃなかった。

 でも、間違ったことは言っていない。

 その言葉に、アリスさんは口の端をつりあげた。


「正気か? 自分で証明できないから、相手に15じゃないことを証明してみろ、ってか。証明できなければ、15であることは、否定できないと。面白いガキじゃねぇか」


 そう言って、けらけらと笑った。


「アル! 気が変わった。図書館テレリアに入りたいのであれば、入館試験をしてやれ」


 アリスさんは、楽しそうだった。


「分かりました。であれば、試験問題はコレです」


 アルさんは、さっきはがした紙を、私に渡した。


「試験期間は3日。それまでに解いて、図書館テレリアに持ってきてね」


 そして一緒に、紙とペンをくれた。

 私は、人生で一番全力で、頷いた。


「っうん! 絶対に解いて持っていく。絶対!」


 そうして、紙とペンと、問題を抱き締めた。

 それが、私の始まりだった。

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