こちら新和第一高校マネージャー部
真栄田ウメ
第1話
「野球は終盤、4-7から逆転して決着がつくゲームが一番面白い」
昔々の、アメリカの大統領が言った台詞らしい。
小学1年生の夏。俺は、その一番面白いとされる試合を見てしまった。阪神甲子園球場のバックネット裏、テレビ中継にも思いっ切り顔が映るくらい絶好の席で。
最初は嫌々だった。というのも俺はその日、とてつもなく寝不足だったのだ。神戸にある母方の実家にたどり着いたのは、前日の夜11時半。お盆の連休初日かつ、トレーラーだかタンクローリーだかの横転事故があったせいで、とにかくひどい渋滞に巻き込まれた結果だった。何時間も車に缶詰の状態で、運転しっぱなしの父さんはもちろん、母さんも見るからにふらふらだったし、まだ7歳だった俺はもっとクタクタだった。風呂を借りてようやく布団で横になった頃には日付が変わっていた。にも関わらず、そのわずか4時間後に叩き起こされたのだ。筋金入りの高校野球マニアである、じいちゃんに。
「行くぞ、光太。とっておきのとこ、連れてったるわ」
嫌だと抗う体力も、正気かよとツッコむ気力もなかった。あの世代特有の、強引で、自分の価値観が世界の基準だと思っている節のあるじいちゃんに、小学生の俺は反対することもできず布団から引き摺り出された。
着の身着のまま、よく分からないキャップを頭に被せられて始発に乗り、『甲子園』という駅で降りた。覚束ない足取りの俺は、手を引かれながら球場までの道を歩かされた。
初めて行った甲子園球場は、コロッセオみたいに思えた。既に来ていたじいちゃんの観戦仲間らしきおじさんおばさんたちから、名前は? だの、いくつ? だのと質問責めにされているうちに、重々しい茶色の門がごうと開かれた。夢の扉の開く音に似ていた。
その日の降水確率は0%で、第一試合が始まる頃には夏のお手本のような天気になっていた。
打ったら走ること、ノーバンでキャッチしたらアウトになること、スリーアウトで攻守が交代すること。当時の俺には、その程度の野球の知識しかなかった。サッカーのほうがわかりやすくてよかったし、眠いのに朝早くから連れ出されたこともあって野球なんて嫌いだ、とさえ思っていた。
ところがどっこい。どうしたことか、その第一試合が終盤に差し掛かる頃には、俺はその、にっくき高校野球の虜になっていた。
「どうや、光太。面白いやろ? これやから高校野球はやめられん」
ビール片手にじいちゃんが得意顔で言った。かっかっか、と豪快に―― というよりは下品に、口を大きく開いて笑うじいちゃんのことが、俺はあまり好きではなかったけれども、この日このときだけは、そのデカい声も、アルコールと汗と加齢臭の混ざった匂いも気にならなかった。
逆転に次ぐ逆転、まさにシーソーゲームと呼べる白熱戦は9回裏、時が止まったかと錯覚するほど滞空時間の長いホームランで終焉を迎えた。ペンキで塗ったみたいに不自然なまでの青が広がる空へ、ゆったりゆったり吸い込まれていく白球の影は今も忘れられない。満員の甲子園球場から音が消えた瞬間を、時間が止まる瞬間を、そこから再び時がわぁっと流れ出す瞬間を。俺は今でもありありと思い出せる。
9年近く経っても尚、瞼の裏では毎日のようにそれらがリプレイされている。それほど、俺は魅了されたのだ。あの夏の、新和第一学園の試合に。
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