第41話 わたしだけのツーショット
「ごめんって湊ちゃん、さっきはやり過ぎたから。もうしないから! ね、ね? だから機嫌直して?」
「……二度目はないっすからね」
「あは~湊ちゃん優しいっ! 大好きっ!」
「わっ!? ちょ、ちょっと計良先輩!?」
計良先輩に揶揄われて暫く部屋の隅でいじけていたえびすさんだったけど、当の計良先輩に頭を下げられてようやく許す気になったらしい。
いちゃついてる女子勢をよそに、僕ら男組はといえば椅子に腰掛けて北先輩の淹れてくれた紅茶を飲んでいる。
「あ、もしかして先輩茶葉変えましたか?」
「……………(茶葉の缶を持ち上げる)」
「やっぱり。どこのだろ、、へぇインド産なんですね」
相変わらず北先輩は無口だけど、ここ一か月近くよく顔を合わていたおかげでボディランゲージである程度会話(?)出来るようになって大分仲良くなった気がする。あれだけ苦手に思ってたのに自分でも驚きだ。
かしましい計良先輩とえびすさんの黄色い声をBGMに、こうしてクーラーの効いた部室で飲む美味しい紅茶もまた乙だなぁ。
「う~ん。平和だ」
「さてと、じゃあ今日の本題に入ろっか」
ひとしきりえびすさんを愛でて満足したらしい計良先輩は、こほんと咳ばらいをして仕切り直すとホッチキスで止められた紙束を僕とえびすさんに差し出して来た。
「これは……?」
「コミマ当日のしおりみたいな感じかな。目通してみて」
明らかに手製臭漂うそれを受け取って開いてみると、当日のスケジュールから持ち物までこと細かに手書きされていた。
たしかに小学校の修学旅行の時に配られたしおりみたいだ。
「はえ~、すごい丁寧。これって計良先輩が作ったんですか?」
可愛いらしくて丸っこい文字だったからきっとそうだと思ったんだけど、計良先輩は首を横に振った。
「ううん、作ってくれたのは北くんだよ」
「「えっ、嘘ぉ!?」」
これには僕もえびすさんもびっくり。
どこか恥ずかしそうに見える北先輩を指でつんつんと突きながら、計良先輩が笑いながら教えてくれた。
「うふふ、二人は意外に思うかもしれないけど北くんってけっこう可愛いところあるんだよ? 甘いものとか大好きだし、
なんと、そうだったのか。
たしかに部の備品にしてはポットやカップが洒落てるし、北先輩も手慣れてるとは思っていたけど。そりゃ茶葉選びから蒸らし時間まで拘るわけだ。
人は見かけによらないとは言うけどホントその通りだなぁ。
「ま、それは良いとして話の続きね。今回コミマは8月13〜15日までの三日間開催されてて、私たちが参加する二日目は8月14日、日曜日だね。場所は有明国際展示場、ここまではいいよね?」
「「はい」」
僕とえびすさんは今回が初参加だし有明に行くの自体初めてだ。けど先輩はもう何度も参加しているからか説明する口には淀みがなかった。
「電車のチケットとお昼ご飯は用意しておくから、当日の持ち物はしおりに書いてあるのだけで大丈夫。ただ会場の中は暑くなるからこっちでも何本か用意しとくけどポ○リは予備があってもいいかもね。レシートくれたらお金後で払うから取っておいて」
「いや、そこまでして貰うのは……」
「な〜に言ってるの、お手伝いお願いしてるのはこっちなんだからこれくらいは普通だよ。それに現金な話、新戸くんとか湊ちゃんみたいな顔の良い売り子さんお願いしようと思ったら普通はもっと大変なんだから」
至れり尽くせりでちょっと申し訳ない気がしてきたのだけど、有無を言わせない計良先輩に押しきられてしまった。
「わたしはともかく秋良は今回ゲストじゃんか。甘えさせてもらえって」
「…………………(大きく頷く)」
えびすさんと北先輩にまでこう言われてしまっては(北先輩は身振りでだけど)断りづらい。
それにトレミーのサマーライブの物販とかコミマでも買いたいものもあるし、正直なところ余計な出費を抑えられるのは嬉しい。
「じゃあ……せっかくですし、ご厚意に甘えさせてもらっても?」
「どうぞ甘えて甘えて~。さて荷物の確認はこれで良いかな。次は集合場所と集合時間だけどーー」
その後も打ち合わせは続いて、今日からだいたい三週間後に控えたコミマ当日に向けてそれぞれの役割だとか、会場での動き方や注意点なんかをたっぷり30分ほどかけてレクチャーしてもらった。
「当日の流れはこんな感じかな。今まででなにか質問とかはある~?」
「僕は特には」
「ないっす」
「そう、良かった。もし何か分からないことあったら私に連絡してね」
おおまかな説明をひとしきり終えて、傍らに置いていたスマホの画面に目をやった計良先輩は少し眉をしかめた。
「いけない、もうこんな時間かぁ。ごめんね二人とも、呼んどいてなんだけどそろそろ下校しないと」
「今日ってなんかありましたっけ?」
「何って新戸くん忘れたの? 明日から夏休みじゃない」
「あ」
……そうじゃん。
今日はホントなら終業式とHRが終わったら部活動も禁止で完全下校なんだった。こうして集まってるだけでも部活動にカウントされるかどうかグレーなとこだし、ぐずぐずしてると生徒玄関が閉められちゃう。
多分校内にはもう僕ら以外にほとんど生徒は残ってないはずだ。
「なら早く帰らないとーーでも、コスプレ衣装が」
試着したコスプレ衣装はまだ着たままなわけで、流石に家までの道のりをこの中二ファッションで出歩く勇気はちょっとない。早いとこ制服に着替えないと。
でもここを使うにも狭いし男女で別れないとだし。
「私と北くんは顧問の先生のとこに寄ってかないとだし、どこか途中で空き教室見つけて着替えるから二人はここ使って~。湊ちゃん、コレ渡しとくね」
計良先輩はおもむろにポケットから何かを取り出すと、えびすさんの手の平の上に置いた。
「これって、
「後で返してくれればいいから。どうせ夏休みの間はウチはお休みだしそのまま持ってて。よぉし、北くん行こ行こ~先生に怒られちゃう」
「……………(無言で計良先輩の鞄も持つ)」
「ありがとね。あ、それと二人とも戸締まりと忘れ物はしないように気をつけるんだよ? じゃあ良い夏休みを~」
そう言い残すと、計良先輩と北先輩は慌ただしく席を立って部室を出て行ってしまった。
「あ、はい……お疲れ様、です……」
パタンと目の前で扉が閉まって、残された僕とえびすさんはどちらともなく顔を見合わせる。たぶん思ってることはおんなじだろう。
夏休み中はここからコミマまで暫く会うことはないだろうに随分あっさりなお別れだ。
友達ってわけでもないし、僕に至っては部活の先輩ってわけでもないから当然なんだけど……ここ一か月ばかし一緒に頑張ってきたのにちょっと寂しさがあるっていうか。
とはいえ下校時間も迫ってるしいつまでも感傷には浸ってられない。早く着替えないと。
こういう時はやっぱりレディーファーストってのがお決まりで、
「秋良、先に着替えろよ。わたし外出てっから」
「え、でも」
「さっきはわたしがお前待たせたろ? じゃあ次は秋良の番じゃねーと不公平だろうが。それにわたしの衣装着替えるの時間くっちゃうしな」
えびすさんは早くしろとでも言いたげにぷらぷらと手を振った。
まったく律儀っていうかなんていうか、えびすさんって絶対恋人とデートしても奢ってもらわないで毎回割り勘するタイプだよなぁ、男目線からすると助かるけどさ。
「なら先に着替えさせてもらおっかな。……一応言っとくけど、覗かないでよ?」
「は? あっは、ばぁか。男の裸なんか覗くわけないだろ」
「あ痛っ」
さっき覗いちゃった件を絡めておどけてみたら、丸めたしおりでポカっと頭を叩かれる。
そのまま部屋を後にしようと踵を返したえびすさんだけど、間仕切りを踏んづけたところでなにか思い出したように立ち止まった。
「あ、そだ。なあ秋良、ちょっとこっち向いて」
「え」
なんだろうと思って顔を上げると、パシャッと音がした。その正体はえびすさんが構えていたスマホのカメラだ。
「わっ、なに写真?」
「お~カメラ写りいいじゃん秋良。一回モデルとかやってみね?」
「やらないよ、そんなの。ていうか急にどうしたのさ」
「いやあな。せっかくだし秋良が着替える前に撮っとこうと思って。いいだろ減るもんじゃないし~♪」
なんだかえびすさんは随分ご機嫌みたいだ。スマホを胸に抱いてその場でくるくる回った。
まあ写真の一枚くらい別にいいし喜んでくれたならそれで……あ、そうだ丁度いいな。
「ねぇ、えびすさん。それ僕にも送ってくれる?」
「あん? いいけど……お前自分の写真なんかどうすんだよ。もしかしてナルシストにでも目覚めちまったのか?」
「ち、違うよ!?」
まったく勝手に人に変な疑惑をかけないでくれよ。
これにはちゃんと理由があるんだって。
「人に見せるのっ、頼まれてたから」
「人に? 誰に見せんだよ」
「あ~、その……亜梨子ちゃんだよ。コミマ来たがってたんだけど、ライブ前日でリハあるからスケジュール厳しいんだって。だからコスプレ写真撮ったら送ってーってさ」
付け加えるならひかりちゃんにも言われたし、勢いに押されるがままSNSのIDを交換しちゃったけどーーそのことまではえびすさんに教えなくていいだろう。面倒なことになりそうだし。
「……ふ~ん、そっかそっか」
その予感は的中して、亜梨子ちゃんの名前を出した途端にえびすさんの機嫌は急降下してしまった。さっきは小踊りするくらい上機嫌だったってのに。
「別にそこまで聞いてねぇけどな、私には関係ないしさ」
それでもお願いは聞いてくれたみたいで僕のズボンのポケットでピロンと着信音が鳴る。
「そ、そっか。送ってくれてありがと、あははは」
い、胃が痛い。
自分が蒔いた種なのが分かってるだけにどうも出来ないし。
こういう時は下手に刺激せずにただただ空気のように平穏にーーってうわっちょ引っ張られ、
「ハイ、チーズ」
「……うえ?」
胸倉をいきなり引っ張られて殴られるのかと身構えたけど、感じたのは胸元に飛び込んで来た柔らかな感触とシャッター音だった。
目を開いてみれば僕に抱き着いてきたえびすさんが、スマホのインカメラを向けてポーズを決めていた。
「な、何してんの?」
「ツーショット。さっき撮り忘れたから。それとな、」
えびすさんはスマホをスッスッと操作すると僕に画面を見せつけて来た。
それはスマホの待ち受け画面で、いくつもアプリが並んだ背景には今撮っただろう僕とえびすさんのコスプレツーショット写真が設定されていて。
「これはわたし用だからな。たとえ亜梨子ちゃんだろうが誰だろうが、やんねーから」
そう顔を赤らめながら笑う彼女に、僕はなにも言えなくなって口をつぐんだ。
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